第3話 なんて言うか、本当にゴミクズだな!
えー、なんだよあれ? 超怖いよー。
「え、じゃあなに? あの人あれで感謝してたってこと?」
一切変わらない表情のくせして? なにそれ面白い。
ええい、わけがわからなくなってきた。
そもそも、ご主人様には感謝という言葉が似合わないのだ。愛想がなく、動く気力もなく、偉ぶった態度で毎日を無為に過ごしながら、私の仲良くしようというアプローチを突っぱねている方が、よっぽどご主人様には似合っている。
あの灰色の毎日を過ごす中で、ご主人様が私に感謝を向けていたタイミングがあったのかと想像すると、それが仮に塵のひとつにも値しないほどであったとしても、
「……おえ」
私は沸き起こる不快感を抑えることが出来なかった。
感謝されることに慣れていないということではない。むしろ、ご主人様が感謝することに慣れていないほどである。見ればわかる。
ただ、受け入れられないのだ。
感謝されないことに慣れてしまって、ご主人様が感謝しないことに慣れてしまって、
「あり得ない、なぁ……」
心があの人の言葉を否定していた。
まあ、損得勘定は心でするものではないので、ご主人様のお言葉には存分に甘えさせて貰うけど。私のお菓子、沢山食べてもらうんだ。
と、言うわけで、
「ウェディングケーキ作ってみました! 一緒に食べましょう!」
「…………」
「いやあ、一度で良いから食べてみたかってんですよね。って」
ご主人様は半年ほど前と同じように、なにも言わずにCOLORを操作し始める。
「ちょっとちょっと、なにしてるんですか、甘いのくらい我慢して下さいよ。私への感謝ですよ、感謝」
「こんなことで感謝になるとは思えないがな」
そう言い訳しながら、ご主人様はCOLORを操作し続ける。そうまでして甘いものを味わいたくないか。
「それと、勘違いしているようだが、普段俺は味覚を遮断している」
「……はい?」
なんだって?
「俺は今から甘いものを食べようとしているということだ」
ちょっと……なに言ってるかわからないですね……。
「おい、これはどうやって食べれば良い? お前がこれを食べているところを俺はみたことがない。先に食べてみてくれ」
「やけに食い意地張ってますね!? いや、悪くないですけど……」
「そうか、それなら良かった」
いや、良くもない。
今の話が本当なら、普段は味覚を切り離しているという話が本当なら、
「えっと、私の料理を食べる時もですか?」
「ああ。参考にさせてもらっている」
そっちじゃない。
「私の料理を食べる時も、味覚を切り離してるのかって聞いてるんです!」
「ああ。栄養補給に味は要らないからな。ちなみに、嗅覚も遮断している」
ちなみにじゃねえよ。
これはもう、愛想がないとか不遜とか、そう言う問題じゃない。
この人は、世間を知らなさ過ぎる。
「ご主人様、そこに座ってください」
ウェディングケーキを一旦脇にやり、私はご主人様を近くの椅子に座らせる。
「良いですか? 食事というのは、昔から神聖な行為なんです」
「そうなのか? 知らなかった」
私の持論なのだから、知らなくて当然だ。
「自分が食べる料理に関わった全ての命に感謝して、それらの命に恥じないように生きることを誓って、それが食事というものなんです」
「そういうものなのか」
「それがどうですか! あなたはなんの感謝もなく、それどころか料理を侮辱までしてるじゃないですか!」
思わず、声が大きくなる。
「甘いものが嫌いだからって、ケーキを食べる時には味覚を切り離してるのかなって、それならまだしょうがないって許せました!」
何故だか、声が震える。
「それなのに、あなたって人は……! えっと、その……!」
声にならない感情が、言葉が、胸の中で出口を探すように暴れまわり、
「はあ……」
やがて溜め息となって私の口から流れ出た。
「……あなたがそういう人間なんだっていうのはわかりました」
ご主人にもかなりの原因はあるが、同時に、これは私の理解不足が招いた結果でもある。普段からなに考えているのかわからないこの人が、まともな価値観を持っていると思い込んでいた私にも非はあると思う。
だから、
「誓約です。遮断しているもの全部なくしてください」
「なんだと?」
「なにも遮断しないでくださいって言ってるんです。味覚も、嗅覚も、あと他にあったらそれも全部」
せめて、この世界に触れる機会を持って欲しい。
「せめて、私が贈りたいものくらい、受け取ってくださいよ」
現実世界を嘘と偽りで彩る、
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