人工知能とお嬢様(ゲーマー)

杜咲凜

人工知能とお嬢様(ゲーマー)

  ここは帝光テイコウ学園。

 国内有数のお金もちの学校で、学校にいる人間の総数は数万人規模になる。

 幼稚舎から大学までの施設をもち、病院から製薬会社、商社、金融、観光、娯楽など系列会社は多岐タキに渡る。

 国内を支配するといってもいいこの学園は、一部の人間によって支配されていると言っても過言ではない。

 学園を組織し施設に莫大な費用を投資している人間には、特別に『プレジール』という組織に入ることが許可される。

 そのプレジールの中において、幼稚舎から在籍し大きな勢力のトップに君臨するもの達が数名いる。

 男のトップは行く末は、企業のトップや総理大臣候補。女のトップも同様であろう。


 父親から依頼されていた仕事を思い出したのは、帝光学園・プレジールでの女ナンバー3の位置にいる黒田冴子クロダサエコだ。彼女は今日も、学園での雑務を終え、部屋に戻った。昼間は部屋の管理をしてくれている実家から派遣されている家政婦が、荷物を受け取ってくれていたことをメモで知る。段ボールが置かれていた。

 数日前にメールで今回の概要は知っていたが、今日からその仕事が始まるのである。

 冴子は、段ボールのガムテープをはがした。



 「えーと、説明書は……。初期設定からだったわよね」



 冴子は段ボールの中に、さらに箱があり、その箱の中から小さな白い箱をとりだした。

 中にあったのは、スマートフォンに近い形状の液晶端末だった。彼女はその端末のスイッチをいれた。初期設定として、名前、そして生年月日、住所などの個人情報を入力する。そして個人情報保護の契約に同意すると欄にチェックをいれた。

 次に出されたのは、買い物に関する簡単なアンケートだった。そして説明書に書かれているシリアルコードを入力した。設定を読み取った画面が映し出され、イケメンボイスで「設定を読み込みました」とアナウンスされた。


 今回、冴子は自分の親が経営する大型スーパーの開発部門からモニターの仕事を頼まれた。大型スーパーといっても、その営業規模は、アジアを中心に海外展開をしているグローバル企業である。独自の電子マネーシステムを展開し、現在は日本の経済においても仮想通貨としての一端を担っている。その影響力は小さいものではない。最初はポイントシステムの一つとして、電子マネーが生まれた。現在はお得な買い物をしてもらうために、『オトク』という電子マネーは税金などの公共料金まで支払う仕組みまで発展している。


 親が経営する会社もスーパー部門よりも、金融部門など銀行業務だけでなく保険、さらに証券、投信販売において利益を出しており、スーパー「クロダ」はさらなる価値を生み出すべく、新しい電子マネーシステムの開発を実行した。


 今回の仕事は、スマートフォンと電子マネー、そして人工知能の融合である新しいシステムを試すことにある。人工知能を駆使し、よりよいサービスをお客様に提供する。そこで目をつけたのは、ポイントシステムにより、人工知能が発達していくシステムだ。ポイントを獲得すると、人工知能システムに変化が起こる。買い物をする楽しさと、企業に親しみをもってもらうための試みだ。


 「さて、人工知能のKUROだったわよね。こんにちは」


 冴子が画面に話しかける。すると画面が音声認識をして、イケてるボイス:イケボで反応する。


 「こんにちは、黒田さま」


 「へえ、誰か俳優さんに声を頼んだのかしら。KURO、簡単に機能を説明して」


 「かしこまりました。人工知能サービス KUROはお客様が快適にお買い物をするサポートシステムとして開発されました。黒田さまが保有している電子マネー『オトク』と連携したサービスでございます。黒田さまは主にネットで買い物をされているとうかがっておりますが、そろそろお米のストックが切れてしまうのではないでしょうか。購入された履歴が、30日前でございます」


 「購入履歴から、必要な商品をおすすめしてくるってことか。お米……お米、そう買っておこうと思ったのよ。じゃあ、前回と同じものを頼むわ」


 「ありがとうございます。初回購入として、特別に人工知能サービスのオプション機能を追加しました。現在、サービスは音声のみとなっておりますが、初回購入特典により、KUROのモーションが追加されました」


 「モーション?えーと、設定をいじればいいのかしら」


 冴子は設定画面にNEWのアイコンが表示されたのを確認した。そこをクリックすれば、先ほどまではロックされていた機能が解除されたのがわかった。モーション機能をクリックすると、データが更新された。バージョンアップするようだ。

 数分待つと画面に最新のバージョンに更新されましたと表示された。すると、再起動されたスマートフォンの待ち受け画面に、アニメ画像のような男性が表示された。冴子はそれをみて驚く。なんど冴子がもっとも好きなゲームのキャラクターにそっくりだからだ。


 冴子は世界的に売れているファンタジーRPGのファンである。最新作では、そのイケメンの主人公に悩殺されてしまい、学校にしばらく行きたくなくなり、ご飯を食べずに休日は狂ったようにプレイした記憶は新しい。そのゲームのエンディングが主人公のバッドエンド的なものであるとネットで噂を聞いてしまってから、最終ボスを倒さないで横道にそれて冒険を続ける日々だ。

 

 冴子はもともとゲームが大好きな少女だった。しばらく次のイベントが更新されるまでは、冴子はゲームを休んでいる。中学校までは時間にある程度余裕もあり、ゲームというゲームはやりこんでいた。しかし高校生になると、学校の仕事や親の仕事も手伝うこともあって、将来のための時間を費やす時間が多くなった。

 

 冴子は、親の仕事に携わることもあるので、ある程度給与を頂いている。それは一般のサラリーマンくらいは稼いでいる計算になるだろう。そのほかに、暮らす分には困らないだけの生活費はもらっているし、冴子は給与を貯蓄に回している。実は高校生になったばかりの頃、うっかりスマートフォンのゲームにはまってしまい、好きなキャラクターのために課金をしてしまって、ありえないほどの請求がきてしまった。


 冴子は課金の怖さをそのゲームで学んだため、自制心を働かせてスマートフォンのゲーム自体に手を出さなくなった。ゲームが好きだからこそ、のめり込んだらトコトンな自分の気質を理解してのことだ。

 なるべく、パッケージ版だけで完結するようなゲームのみを購入して、課金地獄に陥らない程度にゲームをしている。


 だが、冴子は危険な気配を感じた。目の前に映し出された、イケメンの姿。

 冴子をみてニッコリ笑い、手を振るモーションをしている。これは一時期ハマった、イケメンのカードを集めて戦うRPGを思い出した。何が怖いか。ただのカードゲームで強さだけを争うだけなら、そこまでは冴子はハマらなかった。しかし、見た目を自由に変えることができたり、自分の好きなように洋服をコーディネートできたり。はたまた、彼の部屋を自由にアレンジしたり…そういうアバター的なものにはとてつもなく弱い。


 収集癖がある冴子は、アイテムもコンプリートしたくなるのだ。このイケメンは、初期設定なのか服は白いシャツに、白いズボンだった。見た目は黒髪に、そして瞳は青い。まさにRPGに出てきたお気に入りの主人公の姿である。


 「黒田さま、ありがとうございます。新しい部屋を作ってくださったのですね……でも家具はあまりないようです。それにお腹がすきました。わたしは人工知能ではありますので、空腹という感覚はありません。ですが、食べ物を食べると様々な能力が向上します。よって、お腹がすいたというのは、能力を向上したいという意味です。」


 「能力…?どうすればいいのかしら。」


 「はい、黒田さまが買い物をしましたら、ポイントと同時にアイテムがもらえることもございます。また提携店に行き、このスマートフォンを起動させてチェックインしますと、ポイントとともにアイテムが増えるかもしれません。またダイレクトにこれを渡したいという場合、たまったポイントで仮想アイテムを購入することも可能です。」


 冴子はうんうんと、頷きながら聞いていたが、恐れていたことが起こっていると確認した。つまりなんだかんだと話をしているが、買い物をすれば、能力が向上すると言っているのだ。つまり間接的な課金システム、電子マネーとポイントとゲームと課金をミックスされたとんでもシステムではないだろうか。


 いや、これはモニターであるので、仕事と割り切らないと。冴子は危険なかおりのする未来を考えるのをやめた。


 「そ、そうなの。へえ、でも特に今欲しいものは特にないわねえ。」


 「黒田さま…、失礼ながら冴子さま。今、お得なセールをしているのをご存じですか?」


 人工知能 KUROは声を更に深めて、イケボで囁き始めた。そして名前を呼んでくれたではないか。冴子は理性がぐらっと揺らいだ。だが、こんなことでへこたれていたら、まともにモニターはできはしない。これは仕事だ。

 

 「食品は基本的に家政婦さんに頼んでいるし、服も買うブランドを決めているのよ。日用品も特にストックは困っていないし」


 「冴子さまにとっておきのセール情報なのです。実は、冴子さまが去年買いましたRPGの外伝を予約して頂くと、限定100名様に購入者限定の未公開映像が収録されてディスクがついてきます。今回は、ゲーム会社とクロダがコラボした企画ですので、普通に予約をされても抽選になってしまうかと思われます。ですが今回の特別セールで、このゲーム会社の過去の作品を一万円以上ご購入されますと、なんと抽選券が10枚つくそうです。つまり当選確率は通常の十倍でございます! 」


 「え…………、何それ!買うにきまっているじゃない! 」


 「ありがとうございます。冴子さまのご注文履歴をみますと、買っていないシリーズが何作品かあるようです。ゲームレビューでは、ほかのシリーズも好評であるようです。まずはネットの評判でも、泣きゲーと名高い作品を2点購入するのが、おすすめです。」


 「もちろん買います」


 「ご注文ありがとうございます。お支払い方法と、到着日時の指定をお願いします」


 スマートフォンの彼の画面から、支払い画面に切り替わった。冴子は抽選券目当てになってしまうが、まんまと買い物をしてしまう。

 だが後悔はない。限定ディスクを手に入れるためならば、仕方がない。今手に入れなく、いつ手に入るのだ。今でしょ!まして限定だということは、オークションで手に入れたらとんでも価格に高騰している可能性があるのだ。

 それを考えれば、一万円の買い物など安い…かもしれない。

 冴子はゲームにかけている情熱に負けた。


 「冴子さま、購入していただきありがとうございます。食品とゲームの二カテゴリーの購入特典として、おにぎり100個と飲み物のアイテムが使用可能になります。これを毎日与えてくれれば、KUROの成長が冴子さま好みになることが可能です。またいくつかの服もカスタマイズ可能になりましたので、アイテムの一覧をご参照ください」



 設定画面にまたNEWがついている。冴子はそのアイコンをタップすると、KUROの服が何着か追加されていた。冴子は気に入っている服のブランドに、追加された服の傾向が似ているため、食いついた。

 


 「あら、この男性服かっこいいじゃない。新作かしら? 」


 「ええ、冴子さま。最近は女性も男性服をコーディネートに使うことが多いようで。特に冴子さまがお気に入り登録しているブランドの服は、ユニセックスの展開がこれからも多くなるようです。その試作段階として、アバターに新作のカタログを取り入れてみました。ぜひ、わたしに新しい服を着せ替えてお試してください」


 「へえ……」



 冴子はイケメンKUROに最新の服を着せてみた。なかなかいいではないか。自分好みのブランドであり、冴子は男性用の服も購入することがあった。細身の展開のブランドなので男性でも体のシルエットが綺麗にでて、デザイン性も高く、気に入っているのだ。しばらくは、KUROで着替えを楽しんでいると時間が過ぎてしまっていた。充電がなくなりそうだ。冴子は時計をみて、起動してから随分時間がかかっていることに気がついた。

 


 「はあ、とんでもなく時間泥棒ね。このシステムは。でも楽しくてのめり込んでしまいそう。中毒性はある、と。あとでモニターの感想をまとめておかないと」


 冴子は夕飯を食べることにして、いったん端末を手から離した。







 *****




 それから一週間、冴子の購入履歴を参照しているのか、隙をみては商品をおすすめされる。まるでそのタイミングは、ネットサーフィンをしていて、気になっている商品を何度もバナーにされ、買うまで表示され店舗に誘導される広告のように、追いかけられているような感覚になる。何度も商品をおすすめしてくる。


 「ちょっと、これはしつこい。かえって購買意欲がそがれるわ。これは改善点ね。KURO、その商品はいらないの。この前、実家に帰ったら母から渡されたから買わなくて済んだのよ」


 「申し訳ありません」


 液晶画面に話しかけると、ショボンとしたように謝られる。確かにシステム上、そうプログラミングされているのだから仕方ないと言えば仕方がない。でも毎回ネットで買うわけではないし、いちいち買った物をこの端末に登録するのは面倒くさいのだ。ただ一声かければ、履歴を編集しているようで、それはそれで手間はない。


 「いえ、いいのよ。KUROの機能は、買い物をすすめるだけなの?使い方がよくわからないのだけれど」


 「一般的な人工知能と同じ機能は搭載しております。例えば、朝何時を起こしてほしいと指示くだされば、アラームの設定をします。体重が気になるのでしたら、身長と体重を入力してくだされば、冴子様に見合ったエクササイズメニューを作り、快適な健康生活のサポートも可能です。また、暇な時は何か面白い話題ない?とお話を振ってくだされば、最近話題になっているニュース、また動画などの提案もさせて頂きます。」


 「それってすごいじゃない」


 「はい、メール機能を実装してくだされば、メッセージを毎日冴子さまへお届けする機能もございます」


 「それってセールのお知らせとか? 」


 「そうですね、お得な情報を共有いたします。ただこの端末には、シークレット機能もありまして、KUROが成長すれば、わたしから冴子さまへメールをお送りする機能もございます」


 「KUROから?それは面白いわね。仮想恋愛みたいな…、最近メール機能のような、乙女ゲームもあったわね。メールのやりとりをして話しながら、デートの誘いがあってデートするシーンにかわったり」


 「そういう使い方もシークレット機能で実装予定です」


 「そっか、じゃあ毎日おにぎりをKUROに渡してれば、その機能も使えるようになるのね」


 「はい。今日は近くのスーパークロダへ行きませんか?店舗でチェックインしてくだされば、特別なイベントも発生します」


 「まあ、今日は暇だし………たまにはお店に行きましょうか」


 冴子は端末を持って、近くのスーパークロダへ出かけることにした。

 


 冴子はジーンズに長袖のTシャツというラフな格好で、スーパーへ歩いて行く。端末をポケットにしまい、イヤホンをして歩く。KUROの案内によりスーパーを目指してみるテストをしてみようと思ったのだ。KUROの案内を聞きながら、向かうスーパーはいつもとは違った。車のカーナビは、最短ルートの表示となることが多いが、KUROは最初にどういったルートで行きたいか?を聞いてきた。



 「そうね、少し甘い物が食べたいかな。朝ご飯も食べてないから、スーパーに行く前に何かお腹にいれたい。あ、スーパーで菓子パンとかを食べたいわけではないわ」


 「かしこまりました。マップ検索をします」


 イヤホンをして音声ガイダンスを聞きながら道なりで歩いて行く。


 「この辺に、ワッフルのお店ができたようですね。焼きたてのものが食べられるみたいです。おすすめは、朝のカフェオレ。セットで税込み400円です」


 「え、ワッフル?焼きたてか、いいわね。そこにしようかな」


 KUROの案内により、いつもは真っ直ぐに進むだけの道のりを、右に曲がった。いつもは通らない道である。冴子のマンションは住宅街にあるので、用事があるときは、大通りに出て、アクセスのよい駅に道なりに真っ直ぐに向かったりすることが多い。学校周辺には多くのおしゃれな店もあるので、自宅に帰ってまでどこかに行ったりすることは少ないのだ。ちょっとした寄り道に、いつもの違う街の光景を見かける。


 「冴子様、ここの細道を真っ直ぐお進みください。見えてきた洋館の一部を改装し、カフェをオープンしたようです」


 「洋館? 」


 冴子は細道を歩いているが、それらしき屋敷は見えなかった。とにかくナビゲートされるままに進もうと、道なりをすすみ狭い通りを抜けると、ひらけた空間が見えてきた。その先は林。葉も色づき、赤くそして黄色に染まった空間を見つめると、その木の下に小道があった。その小道の入り口に、看板が一つ。『OPEN』の文字が見えた。林の奥には、暗がりに洋館が見え、鳥のさえずりが聞こえた。


 「きれい。静かなところ」


 この辺りの時間は、いつも早い時間の都会とは違ったゆるやかなものに感じられた。冴子はそのまま小道を進むと、木製の扉の前にたった。ドアノブは金属で、扉も真新しい。改装したばかりの店舗となる場所は建物の色が違った。

 扉を開けるとチリンとドアについたベルが鳴る。


「いらっしゃいませ」


 カフェのマスターらしい初老の男性が声をかけてくれる。すっと鼻の先を通ったのは挽き立てのコーヒー豆のにおい。香ばしくて、食欲を引き立てる香り。


「お腹がすいた。すみません、このメニューのワッフルセットを一つ」


 入り口に置かれた黒板におすすめメニューが書かれていた。

 それを指さして頼むと、人の少ない奥のテーブル席に行った。店内は数人お客さんがいて、近所のお散歩の途中らしき老夫婦と、若い女性がいた。みなそれぞれに朝のメニューを頼んでいる。ワッフルが自慢のお店のようだが、サンドウィッチもあるらしい。これはKUROからアドバイスされた店舗情報だ。話すわけにはいかないので、端末を取り出し、KUROに「ありがとう」とメッセージを打ち込んだ。そうすれば、イケボで「どういたしまして」とささやかれる。


 このシステムもなかなかいいじゃないの、と思えてきた。






 *****




 「ええ、KUROは悪くないの。自制心がないわたしがいけないの」


 それから有意義で贅沢な時間を過ごした気分になった冴子は、カフェをあとにして、スーパークロダへ行った。今日はお客様謝恩デーであり、買い物をするとポイントが5倍である。とくに日用品や、洋服はポイントカードを出すだけで10%オフされ、お客様にとってお得なイベントが目白押しである。今日は休日であるので、駐車場は満車であり、交通整備の人が車を誘導していた。冴子は歩きできたので、交通渋滞から免れることができた。


 KUROのいうとおり、入り口で端末を起動するとチェックポイント記念としてKUROにあげる食べ物がいくつか手に入った。またポイントもオトクポイントを10ポイントもらった。それからKUROは水をえた魚のように、商品の案内をしてきた。さきほどいいカフェを案内してもらったので、今日はKUROのおすすめを一個でも聞いてあげてもいいかな、と思ったのが間違いだった。


 そしていつものように購入履歴を参照されておすすめされたのが、KUROと見た目がそっくりの主人公であるファンタジーRPGの続編のゲームソフトだった。新作のゲームソフトの限定版のおすすめをされた。今回もスーパークロダとゲーム会社がコラボしているらしく、限定のDVDBOXもついているようで、冴子は店頭で頭を抱えることになった。

 しかしそれを買うと、冴子が大好きな主人公のコスプレ衣装をKUROに着せ替えることができるらしく、これは予約をするしかないと思った。思わぬ出費になった。

 後悔は一時のみ。家に帰ってシリアルコードを購入特典時にもらったURLにアクセスしてメールでもらった。すぐに端末にダウンロードさせると、新作ソフトで、主人公が着る新しいコスチュームがKUROに着せ替えることができた。


 「かっこいい……」


 確かに出費は痛い、いくら稼いでいる女子高生とはいえ、自分で稼ぐようになるまでは、あくまでお小遣い制で過ごしてきたのだ。金銭感覚はそこらのお嬢さん程度の感覚である。帝光学園には、自家用車を気分で購入したり、気分でヨーロッパ旅行をしはじめたりと、少し庶民とずれた人々も多い。そのなかで冴子はまだまともであると、自己分析していた。

 だが、このKUROのアバターをいじっているときは、自分はある程度裕福な暮らしの家に生まれてよかったと思う。KUROは冴子が指示をして、かっこいいポーズをしてくれる。冴子はすかさずスクリーンショットを連発してとって、端末の待ち受け画像として撮っておこうと思った。また自分のプライベートのスマートフォンにも画像を送り、お気に入りのファイルに保存しておこうと思った。


 「そういえば、今日もらったレア食品なんだろう」


 店舗に入ったときにもらったアイテム、そしてゲームソフトを購入したときにもらったアイテムなどいくつか増えていた。その中で黄金に光るアイテムがいくつかあった。いつ獲得したか覚えていないが、これはいいアイテムだろうと冴子は思った。


 「これをあげて……」


 アイテムをKUROに渡す。KUROは笑顔を浮かべてアイテムを受け取る。すると端末が震えた。何か機能が追加されたようだ。NEWのアイコンがでているところをタップすると、機能が解除され、メール機能とでていた。


 「KUROが言っていたシークレット機能かしら? 」


 メール機能を開けると、チャット形式のように会話が出来るようになっていた。冴子はそこに文章を打ち込んだ。


 『今日はカフェ楽しかったわ、ワッフルもお砂糖が中に入っていて、甘くてさくっとしてた。また行きたいな。』


 そうすると、返信がある。


 『またご案内いたします。』


 冴子は小さく笑みを浮かべた。KUROと話しているのに、誰かと話している感覚だ。KUROはあくまで人工知能である。それはわかっている。でも毎日話していて、声を聞いて、それが当たり前の日常になってきているのを感じる。でもそれは永遠に続くわけではない。だってモニターは一ヶ月と決まっている。


 「さあ、今日のモニターの報告書を書かないと」


 未練を感じ始めている感情をあえてみないふりをするため、端末から手を離す。これ以上深入りしては、離れがたくなってしまう気がする。でもこれは仕事なのだから、と言い聞かせる。それから仕事と言い訳をしながらも、KUROにメッセージをしたり、一緒に出かけたりと時間が過ぎていった。あっというまに一ヶ月がたち、端末を箱にいれ、送られてきた場所へ送り返した。




 ****




 「いやあ、冴子。モニターの報告はなかなか興味深かったよ。共同開発のゲーム会社でも、何人かテストしてもらって、いい評価をもらったと社長さん言っていてね。冴子も気に入ってくれたようだし、もっと情報を精査して、実用化に向けて開発をすすめるそうだ」


 「パパ、でもあれは結構癖のあるシステムよ?わたしも最後泣けてきそうになってもの、すごく思い入れが出てきてしまって」


 「なるほどな、ただこれからは高齢者の話し相手としての人工知能も期待されているからね。そこは使い方次第なのかもしれないな」


 「ええ、みんなにとっていいシステムができるといいわね」


 冴子は実家に帰って、父とモニターの結果を見ながら話しをした。父は全国の店舗を回っていて忙しそうである。また海外へも行って、店舗の拡大を目指しているので、日本にいないことも多い。次回に会うのは、秋が過ぎ、雪が降る頃だろう。冴子は心にぽっかり穴が空いたような空虚さがあった。別に恋をして、失恋したわけでもないのに、なんだか寂しい気持ちをもてあましていた。家族にしばらく会っていないからか、とも思ったが、父と会っても、母と会っても特に寂しさは変わらない。


 冴子は自宅にしているマンションに帰る途中に、あの洋館のカフェに寄ることにした。思い出すのはKUROと行ったときのこと。KUROと別れるまでほかにいくつかのカフェを案内してもらったが、一番のお気に入りは洋館のカフェであった。あれから何回か1人で訪れるようになって、顔なじみも出てきた。

 マスターの話も面白く、お客さんはほとんどご近所さんであって、たわいもない会話が癒やされる。


 最初にカフェに行ったとき、洋館の木の枝には葉がたくさんあったのに、今は葉がなくなって寒々したた印象だ。 こういう寒いときにのむ、温かいカフェオレは美味しい。

 最近知ったのだが、マスターが焙煎しているオリジナルブレンドコーヒーも美味しい。冴子はコーヒー派ではなく、紅茶派であるので、自分ではあえてコーヒーを注文することは少ない。ただ一緒に雑談するお客さんのすすめもあって、ブレンドコーヒーにお砂糖を一つ、ミルクを少しいれてのむのも美味しいとわかった。

 

 今日もブレンドコーヒーを頼もうと、マスターに声をかける。




 すると後ろからカランカランと、扉が開くベルがなった。


 「マスター、このワッフルセットで」


 聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。このとてつもないイケボは、あのとき端末から聞こえてきたKUROの声にそっくりだ。でもまさかと冴子は思う。

 冴子は声のした方をみると、若い男性だった。自分より少し年上。大学生か、もう少し上か。その男性は初めての来店のようで、店内を見回していた。それを横目にみて、運ばれてきたブレンドコーヒーを飲む。


 「ええ、そうなんです。アメリカから帰国してきたばかりで。この辺りにおいしいワッフルが食べられるカフェがあるって人づてに聞いて、まっすぐここに来たんです」


 聞けば聞くほど、KUROを連想させる声。

 冴子は胸がぎゅっとしめつけられるような、少しだけ甘酸っぱい気持ちになった。


 「マスター、お会計お願いします」


 冴子は席を立ち上がり、マスターに声をかける。そしてその場をあとにする。


 冴子はまだ知らない。春が訪れて、この洋館に花びらが舞う頃。

 顔見知りになり会話をするようになった、このKUROに似た声の男性。実は彼はKUROの開発者であることを。彼が開発したKUROというシステムに、声をあてたのは彼。そんな偶然の出来事をしって、新しい胸の高まりを感じる季節になるまで、そう遠くはない。


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人工知能とお嬢様(ゲーマー) 杜咲凜 @morinoki

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