#4 でも権利と義務は違う
「簡単に言うと、私たちは巫女服。一観祢さんは巫女装束。私たちが着ているのは偽物で、うー、づめたい。一観祢さんの着ている装束が本物なの。あの神社、そういうとこ緩いんだよね。だから良いんだけど」
如月は冷たくなったオレンジジュースを一口含みながらそう説明してくれた。
場所は一観祢神社の鳥居向かいにあるファミレス。僕と浜見、如月の三人で早めの夕食。
浜見のほうは何やら気まずそうにストローを噛んでいる。
結局のところ、浜見の告白は微妙な結果に終わった。最初は断られたが、僕が仲介して友達からということで一段落した。
如月が僕のことをどう思っているかはわからない。それこそ知らなくていいことだ。
最初に昨日、一観祢に会ったことと、一観祢のことを聞きたいと言った時、如月は驚いたが、それ以上に突っ掛かってきた浜見のおかげでその時の如月の顔を見なくて済んだのは救いだった。
「随分緩いんだな。神社ってもっと難いイメージがあったが」
「昔はそうだったみたいだけど、参拝客も増えてからはそういうところフランクになったみたいだよ。年齢層に合わせたんじゃない?」
縁結びを売りにしていく分、堅苦しいしきたりを払って、若者に馴染み深くさせたかったということか。
正直、前に彼氏のいた如月が処女だとは思えないし。
そう考えると、顔を見るのも一苦労なのが男の性というやつか。
「何? 私の顔になんか付いてる?」
「さっき食っていたミートソースが口元に」
もちろん嘘なわけだが、解せんな理由で見ていたという選択肢を排除(はいじょ)する。
慌てて何も付いていない口元に紙ナプキンを当てて、確認せずに丸める。
「で、一観祢だけど」
「お前、さっきからそいつのことばっかりじゃね?」
すっかり原形を無くしたストローをテーブルの端に置き、浜見が重い口を開く。
「確かに」
明らかに不機嫌そうな如月もストローを噛みはじめた。
「いや、まあ、何と言うか」
何と言うこともない。ただ『なぜか』気になっているだけだった。
如月は眉を細めて言った。
「好きなの?」
如月の問い掛けに浜見も僕の返答を待つばかりで、瞬き一つせず、凝視してくる。
これは逃げられない。
答えなくてはならない。でも何を? 好きかどうかだ。どうなんだ?
「そういうわけじゃないけど」
言ってから気がついた。僕は今、見えを張った。
なぜか、というのは好きということを考えていなかった結果だろう。
恋を知らないのは僕の方だった。
「嘘つけよ。好きでもない女のことをそんなに聞くわけないだろう」
今まで救いとなっていた浜見の食いつきが今に至ってはうるさくて仕方ない。
「一観祢さんは難しいかもね」
少し笑いながら言う如月の言葉にどんな意図があるかわからない。
そもそも、如月を意識するがあまり、一観祢に対してのそういう想いを拒(こば)んでいたのかもしれない。
「難しいって?」
僕は考えることを止めた。如月を意識しないことにした。その結果、僕と如月にどういう溝が出来ようが構わないと思った。
最後に考えたのは、僕と浜見の関係。ここに来て如月と溝を作ると僕と仲の良い浜見も如月は敬遠するだろう。
それでも――僕は固い友情を信じ、知らない愛情を知ろうと思う。
「そうだねえ。一言で言うと、一観祢さんは異性に興味がないのかな。恋バナとかしても一向に乗って来ないし、何せ本物の巫女だからね。この意味わかる?」
昨日までの僕ならわからなかったが、一観祢と話した今ならはっきりわかる。
「ああ、あいつは巫女だからな」
僕の言葉に浜見が「だからなんだよ」と口を挟む。
そんな浜見を置き去りにして、如月は続ける。
「今、そんなしきたり気にしていたら何も出来ないのにね。私からしたら、巫女としては立派だけど、人間として、ましてや女としては使命を果たしていないような?」
「そこまで言うことないだろう」
「でもこれくらい言わないとね。人間が生まれる過程において、初めは恋なんだよ」
納得せざるを得ないが、言葉にされると理解しがたい。
「――恋から人は生まれる。人から恋は生まれる。この二つで世界は形成されているんだよ」
妙な世界観に圧倒されてばかりはいられないし、否定しなければならないかもしれないが、残念ながら如月の人と恋の循環理論を打破する術は思いつかなかったが、それでも一応言っておく。
「それだけじゃないだろ。確かに人は恋をする権利を持っている。でも権利と義務は違う」
恋は強制ではない。恋がなくても個人の世界は形成される。それは一観祢も例外ではない。
一観祢を擁護しているわけではなく、今までの自分を正当化しているだけにも思える。
「それはそうよ。でも、感情っていうのは知識で身につくものじゃないでしょ。恋は愛と違って自由なのに、せっかく持っている権利すら棒に振るにはどうかしらね」
まあ、一観祢さんは家庭の事情もあるでしょうけど。と如月は付け加えた、
本当に家庭の事情だけだろうか? それだけのためにあそこまで使命を没頭出来るのだろうか?
それはすぐに違うと思った。だって、一観祢は知っているはずだ。
誰かを好きになること。誰かに恋をすること。
それが人生にとって、素晴らしいことなのか。そんなのはその人にしかわからない。
結果がどうであろうと、如月なら素晴らしいことと言うだろう。しかし、それこそ個人の世界観だ。
「なら、どうして一観祢がその権利すら棒に振っているのか知りたい。家庭の事情なんて言わせない。きっと何かあるはずだ」
如月はもう一度言った。「一観祢さんは難しいよ?」
「わかっているよ」
それだけ言うと、如月はため息を吐き、暇そうに肩肘をついていた浜見を見た。
「さっきの話だけど――」
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