#3 なるほど。恋より使命ね

 参道を少し外れると、道らしき道は無く、まるで田舎の森に迷い込んだような、見渡すかぎり木々に囲まれている場所に出たというか入った。

 力が抜けたのか、そびえ立つ木を背に寄り掛かり、腰を落とした。

 静かだった。まるで木々が自分の鼓動を聞かせるかのように、自分の気持ちに正直になれと言わんばかりに無音だった。

 目を閉じると早くなった自分の鼓動と、自分の気持ちがはっきりわかった。

「あのまま言われたら――」

「好きになっていたんじゃない?」

 驚きのあまり、木から背がずれ、後ろに倒れそうになった。

「もったいないわね」

 立っていたのは一観祢鈴だった。

「神の遣いが盗み聞きかよ」

 どこで聞いていたのか知らないが、状況を知っていることから見てまず間違いない。

「さっき、如月さんが嬉しそうにおみくじを見せてきてね。結果も経緯も聞いたから、そいつとくっつけてやろうと思って『それは運命よ』って、少しアドバイスしたんだけど、まさか相手があんただったとはね。久波君」

 如月に運命を垂らしこんだのはこいつか。

「――それにしても、もったいないわね。彼女、相当いい子よ」

 お前に言われなくても、

「知っているよ」

「そう。なら、久波君には相当可愛い彼女さんでもいるのかしら?」

 言い方がいちいち刺がある。いかにも皮肉ですと言っているかのようだ。

「あいにく」

 いません。と言う前に「でしょうね」と返された。

 弄ばれているような気がしてならない。

「そういう一観祢さんは人にアドバイスが出来るほど素晴らしい恋をしているんでしょうね」

「あいにく」

「でしょうね」

 一瞬だが、眉を上げた。仕返し成功。

「私は恋を知らないし、知る必要もないと思っているわ。それが私の運命だから」

 言っている意味がさっぱりわからない。

「どういうこと?」

 こういう時は素直に聞くのが一番だ。

「あなたの言った通り、私は神の遣い。私は私の使命を果たすだけ」

「なるほど。恋より使命ね」

 恋をしている暇なんかないってことか。

「違うわ。使命だから恋をしないだけよ。巫女っていうのは前提として未婚。それも処女であること。今はこんな状況だから、そんなしきたり関係なくバイト募集もしているけど、私には一観祢の名がある。他の子と違って、それは守らなければならない使命なのよ」

 意志が固いというか、女の子の口から処女という言葉がなんの恥じらいも無く出る時点で、一観祢にはそれだけの使命感があることがわかる。

「――だから、私に恋はいらない。でも、バイトの子は自由だと思っているわ。如月さんが好きな人とどうこうしようが、私には関係ない。一観祢には関係ない。まあ、清楚で淑やかさを失わなければだけど、あの子は大丈夫。だったら応援もするわ」

 ありがた迷惑とはこういうことを言うのか。

「――まあ、あなたが相手って知っていれば話は別だったけど」

 そんな要(い)らない一言を吐いて、一観祢は背を向けた。

「ちょっと待った」

 さっきの話を聞いて、僕は一つ疑問に思ったことがある。それは聞かなければならないことだと思った。

「何よ?」

 不機嫌そうに振り返る。

「本当はどうなんだ?」

「何がよ?」

「恋をしたいのか、したくないのか」

「さっきも言ったでしょう! したいとかしたくないとかそういうのじゃなくて、私は恋を知らなくていいと思っているのよ!」

 荒ぶる声を聞いて、それが嘘だと思った。

そもそも、恋というのは学ぶべきものではないと思う。

「お前……知っているな?」

 確信はない。でも、そんな気がした。それだけなのに、言わずにはいられなかった。

「あなたに何がわかるの?」

 冷たい視線をこちらに向け、真っ赤な袴を蹴るように急ぎ足で一観祢は去って行った。

「走りにくそうだな」

 如月や他の巫女と比べて、遠めから見ると一観祢の袴の裾が長いのは一目瞭然だった。

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