#2 すごく微妙で曖昧だ
「一観祢神社に行ったって本当(マジ)か?」
あれから時計が一回りした今、中学からの付き合いである浜見(はまみ)明仁(あきひと)と喫茶店でコーヒーを飲んでいる。
「ああ、行ったよ。行ったから言ったんだよ」
氷が溶けて、水滴のついたグラスが冷たくて気持ち良い。濡れた手の平はジーンズで拭く。
浜見を見ると、無言でじーっと僕を見つめている。その理由もわかっている
「……一人だよ。あいにく相手はいないし、希望する相手もいない」
「いや、後ろはいたほうがいいだろ。何しに行ったんだよ……」
また話すのかと思うと少しうんざりする。しかし、前々から付き合いのある浜見だ。
「ネタ探し」
これだけで「なるほど」と頷いてくれるのは楽だ。
「俺も誘えば良かったのに」
どうやら浜見は行きたかったらしい。成就したい相手がいるのだろうか。
「お前、学校あったろ?」
「関係ねえよ。専門って言っても医療とか公務員じゃねえんだ。大学と同じでそんなシビアじゃないんだよ。課題さえ出来れば、行くも行かぬも自由だ」
返す言葉も無い。今日は僕も休んでいるわけだから。
「最近行ってねえな、一観祢神社。テレビで紹介されてからというもの、年中混雑していて、ばあちゃんが寂しがっていたぜ。あそこは地域住民の憩いだったのにってな」
賽銭箱に並んでいたおばあさん達は地域住民だったってわけか。
「あそこって昔から恋愛成就の神社だったのか?」
素朴な質問だ。テレビで紹介されるまで、一観祢神社がなんの神社なのかさっぱり知らなかった。
「さあ? ガキのころは年一で行っておみくじを引いていたもんだが、当時は結果より引いたことに意義がある感じだったからな」
「そうだろうな。まあ、もし昔から恋愛成就だったとしても、ばあさん達には関係ないか。恋愛の神様だって腰を治す能力くらいあるかもしれないからな」
「ちげえねえな」
こんなバカな話で盛り上がれるのは浜見くらいだろう。数ヶ月に一回、こいつと友達になってよかったと思う時があるのはこのためなんだろう。
「そういえば、お前はおみくじ引いてないのか?」
「引いてないね。あんなところに一人で並ぶ鋼の勇気はない」
例えるならば、駅のホームで女性専用車両前に並ぶくらいの勇気だ。買うのは乗るくらいの勇気かもしれない。
「じゃあ、今から行ってみようぜ。二人なら並べるだろ。俺も少し興味あったし」
親指と人差し指でcの字を作り、少しを表現するが、顔のニヤつきは少しどころか……。
喫茶店を出て、刺すような日差しの中、歩くこと十五分。僕らは一観祢神社の鳥居前まで来た。
「平日だっていうのにすげえな、こりゃ」
まだ中に入っていないというのに、鳥居をバックに記念写真を撮る女性ですでに溢れていた。
「前はこんな鳥居、誰も見向きもしなかったのにな」
まるで自分のおばあさんの気持ちが移ったかのように、寂しそうに呟く浜見を見て、なんだかこっちまでこの神社自体が遠くに行ってしまったような感じになった。
「あれあれ?」
背後からする声に僕らは同時に振り返った。
「やっぱ、久波と浜見だ」と、浜見の肩をバシバシ叩く女性の姿。
……誰だっけ?
「如月(きさらぎ)じゃん。久しぶりだな」
浜見の言葉でようやく思い出す。というより、認識した。
「如月って中学の時一緒だった?」
「何、久波は気がつかなかったの?」
如月歩美(あゆみ)。あまり話した記憶は無いが、中学の同級生だ。
……女って変わるものだな。
「何年ぶり?」
如月は指を折りながら逆算を始めた。
「五年くらいだろ」
中核卒業以来なので、逆算するほどでもなく、先に答えてやった。
「えー、成人式で会ったじゃん。話してないけど。それより、あんたらまだつるんでいるんだ。仲良しで何よりだ」
今度は僕の肩をバンバン叩く如月。そういえば、成人式にいたような気がする。僕らはすぐ帰ったけど。
「――ところで」如月が何か問おうとするが、
「待て、それ以上聞くな」と浜見が止めた。
「――察するんだ」
浜見が溜めを作りゆっくり言うと如月は「わっ、わかった」とその気迫に押されたのか、黙り込んだ。
少し空気が悪くなったので、僕から話を切り出すことにする。
「如月は? 見るとこ一人だけど、待ち合わせ?」
そういえば、僕は如月を見て一人であるはずがないと思った。一人でこんな場所に来るはずがないと。そう考えると、昨日の僕は鋼の勇気を無意識に発動していたのかもしれない。
「違うよ。私、今ここでバイトして――」
「バイト!?」
なぜか異常に食いつく浜見。
「そうだけど……」
「それじゃあ、あれか、巫女服なんか来ておみくじ売ったりしてんのか! ええっ!」
そこか。巫女服に食いついたのか。
「うっ、うん。まあ」
「神社万歳!」
ついにいかれた浜見を無視して僕はカメラに写らないように鳥居を抜けた。
「おい! 無視か。そんなことより、どうして巫女のことを言わなかった?」
追い掛けて尚巫女にこだわる浜見の肩に手を置く。
「恥ずかしいからやめろ」
周囲を見るように促す。至るところから昨日以上の痛い視線を浴びていた。
「これだけ人気になったら巫女のバイトくらい雇うからね。家から遠くないし、楽しそうだったしさ」
如月の話を聞きながら三人で歩いていたのだが、他の巫女が如月に声をかけるたび、僕は緊張してならなかった。
別にいけないわけではないが、昨日も来ているが故、誰かに見られていて、もしかしたら覚えられているかもしれないからだ。
しかし、その心配は過剰だったようで、巫女には何か違う違和感を抱きながら、無事参殿までたどり着いた。
「私、着替えて来るね。見たかったらここにいなさいね。あっ、着替えじゃないから」
そう言い残し、如月は関係者以外立入禁止の場所に姿を消した。
「意外だったな。如月がバイトしているなんて」
僕が何気なく言うと、浜見は「えっ、ああ、そうだな」となんだか煮え切れない返答をしてきた。
「どうしたんだよ? 如月の巫女姿でも想像してんのか?」
冷やかしたつもりだが、浜見はがっくり肩を落とした。
「あいつ、なかなか可愛いじゃん。実は中学の時、ちょっと好きだったけど、結局言わず仕舞いで卒業しちまった。んで、高校入ったらイケメンと付き合い出したって風の噂で聞いてよ。諦めたってわけだ」
初耳だった。中学からつるんでいたが、恋愛の話なんてめったにしなかったし。ちょっと好きというのは浜見なりの強がりなんだろう。
「で、再発したわけか?」
「わかんねえ。あいつもだいぶ変わっちまったからな。それに今だってまだ付き合って――」
なんだか可哀相になってきたので、少し助け舟を出してやることにする。
「縁結びの神社で巫女のバイトしているんだぞ。今はいねえよ。多分今フリーっていうのがバイトの条件になっているはずだ。巫女が幸せオーラ出しておみくじ売っていたら客も喜ばねえだろ。女ってそういう直感みたいのがすごいんだよ。多分」
もちろん全部嘘なわけだが、女の人にそういう直感があるかないかは僕にはわからないことだ。
「でもよ、逆もあるんじゃないか? 縁結びの神社で巫女しているくせに彼氏いないの? って感じになるだろ、普通は」
たっ、確かに……。意外と冷静じゃないか。ダメだ、言葉に詰まっては不安を煽るだけだ。何か言葉をかけなくては――。
「じゃ、じゃあ聞けばいいんじゃないか?」
咄嗟に出た台詞が強行突破とは、我ながら頭の回転が悪いことを自覚させられた。
そもそも、聞いたら確実に答えは返って来る。いるならそれでアウトだし、いないにしても答えがイエスとは限らない。負ける勝負とまでは言わないが、負ける確率が高いゲームを仕掛けるわけにはいかない。ゲームは言葉が悪いか。そもそも、如月とは数年ぶりに会ったのだから、再発した気持ちも一過性のものかもしれないじゃないか。僕に浜見の気持ちはわからない――わからないけど……面白そうじゃん!
いろいろ考えたが、最後の好奇心は僕の理屈では覆らない。
「でもよ――」
「うっせえ。行くしかしかないだろ。ここで会ったも何かの縁だ。何かとは言わずと知れている。ここは縁を結ぶ神社だぞ。お前が失敗したら、縁切れたじゃねえかってあの女のとこ攻め込んでやろうぜ」
「……あの女って誰のとこ攻め込むんだよ」
あっ……テンション上がって面倒なことを言ってしまった。
僕が言ったあの女というのは、他ならぬ一観祢神社の娘、巫女である一観祢鈴のことだったが、浜見にはまだ話していない。
話しが拗れるのはやっかいなので、「如月だよ」と苦し紛(まぎ)れの返答をした。
「俺が失敗してもあいつのせいじゃねえよ」
これで交わせるとは思わなかったが、浜見のやつ、冷静なのか判断力もないのか、きっちりしてほしい。
でも、『俺が失敗しても』っていうことは言う気はあるのかもしれない。
確かに面白いが、これ以上、僕が何か言うべきではないのかもしれないな。
「まあ、結論はまだ早いだろ。如月がここでバイトしているんだったら、いつでも会えるし、それにここのおみくじは当たるんだろ? それ見てからでも遅くないだろ」
「そうだな。おみくじの結果に運命を定めるのも有りだな」
もし失敗しても、自分のせいでなく、おみくじのせいに出来るとでも考えているのだろう。
「人生賭けているな」
「それはここにいるやつらも同じだろ」
浜見が微笑するのを見て、少しほっとした。余裕が出てきている。
とりあえず賽銭箱に五円玉を投げつけるようにして御縁を祈っていると、巫女姿に着替えた如月が戻ってきた。
他の巫女より、少しだけ袴の丈が短いように見える。
確かに、可愛いかもしれない。
「何お願いしていたの?」
今にして見ると、悩殺(のうさつ)とも見える如月の上目遣いに浜見は同様を隠しきれず、「なんでもねえよ」と声を荒げた。
如月は五つあるおみくじ売場のうち、一番右の巫女さんと交代した。それを見て、僕らはそこに並ぶ。そこだけ他の売場より列が少し長いような気がしたが、気にしない。
「俺、確信した。あいつが好きだわ」
並んでいる最中、浜見はそう呟いた。
今確信されると、巫女姿が好きだと言われているような気もしたが、どうであれ、それが浜見の本心なら、突っ込むべきではないと思った。
「そっか。正直、前のあいつをあんまり覚えてないけど、今のあいつはかなり良いやつだと思うよ」
「ああ、俺もそう思う。後は良いおみくじを引くだけだな」
浜見の言葉に思わず苦笑いをしてしまう。
こいつ、おみくじをなんだと思っているのか……目だけでわかる。完全に大吉を『狙って』いやがる。
「次の方どうぞー」
あと数人で僕らの順番というところで如月の声もはっきり聞こえるようになった。ただ、その呼び方は間違っていると思うんだが。
声がはっきりしてからは、意外と早かった。まあ、ガラガラ掻(か)き混ぜて棒抜いて番号読んで紙貰うだけだし。
こういうと、当たるとか当たらない以前におみくじが運であることを再確認出来る。
十回引いてすべて同じ結果になるなんてまず有り得ない。でも、十回引くことに意味はない。
結果を求めて引くおみくじに意味があるのかも定かではない。
おみくじが他の占いと違うところは、解説が無いところだと思う。書いてあることがすべてであり、結果の解釈は自分次第だ。
ならば、結果がどうあれ、それをプラスに取るか、マイナスに見るかも自分次第。考え方によっては凶が出ても前を向くことが出来る。それこそ偽(いつわ)り無いポジティブ人間にしか出来ない芸当になるが。
そうこう考えているうちに僕らの番がやって来た。
「お待たせ」
微笑む如月に浜見が少し後ろに下がった。こっちにまで緊張が伝わって来る。
「さすがに忙しそうだね」
浜見が下がったので、如月に百円玉を渡しながら言った。
「いつものことだよ。難しい仕事じゃないし。それに色んな人が来て面白いよ。ここには沢山の表情があるからね」
沢山の表情、か。
それを聞いて昨日、一観祢鈴に言われたことを思い出した。
『あんたが何を書きたいか知らないけど、ここに来ている人達じゃ多分参考にならないわよ』
こんなにも沢山の人がいて、ここで働いている如月さえ、沢山の表情を見てきている。神社の娘である一観祢がなぜあそこまで言ったのか。益々気になった。
「引かないの?」
おみくじを僕の方に差し出したまま、如月が首を傾げた。
「……いいや。僕の百円、やるよ。如月が引いてみろよ」
何故か引く気になれなかった。ここで引いてしまったら、『いずれわかる』と言われたこともわからなくなってしまうような気がした。
「え、でも」
「いいよ。それより」
僕は横にずれて浜見を前に出すため、少し背中を押す。
「こいつに良いの引かせてやってくれ」
浜見を待たずに拝殿の広場から昨日腰を降ろした参道のベンチまで戻った。
昨日より時間も遅いため、拝礼(はいれい)を終えたお年寄りの方が数人ベンチで足を休めていた。
休むつもりで来たわけではない。ここに来れば、もう一度会えるような気がしたからだ。
でも、いなかった。当然と言えば当然だ。それでも少し待ってみることにした。
「よかったらどうぞ」
ベンチの横に立つ僕を見兼ねたのか、おばあさんが座っている位置をずらし、僕が座れるスペースを作ってくれた。
「あっ、どうもありがとうございます」
ご厚意(こうい)に甘えて、ベンチに腰を降ろす。
「待ち合わせ?」
おばあさんが気さくに声をかけてきたが、「ええ、約束はしていないんですけど」などと、どうにも曖昧な返答になってしまう。
「そうかい」
掠れた声で言いながら、おばあさんが優しく微笑んだので、こちらも笑顔を送った。
しばらくして、ジーンズのポケットがブルブルと揺れた。ポケットの携帯電話を取り出すと、浜見の名が表示されていた。
無視しようかと思ったが、さすがにそれは悪いので、通話ボタンを押す。
「はいよ」
『何処にいるんだよ?』
「参道のベンチ」
『了解』――プツッ。
と、これだけで通話は終了。程なくして浜見が姿を見せる。
「で、結果は?」
「まだ見てない。とりあえず如月が五時上がりだという情報は得た」
「それ知ってどうするんだ?」
「待っている」
結果がどうあれ、何らかの行動は起こすつもりらしい。
「そうか。頑張れよ」
「お前も残っているんだよ」
「え?」
「当然だろ。ダメだった時誰が俺を慰めるんだよ。それにこんなところで俺を一人にしないでほしいね」
昨日一人で来た僕に謝れ。と言いたかったが、それは飲み込む。
「わかったよ」
「はい、決まり。じゃあ――」
浜見は右手に持ったおみくじを開きはじめた。
「う、うぅ」
なんかうめき声がする。もしかして泣いているのか?
「おい、どう――」
「おぉ!」
うめきが歓喜に変わった。
「見ろよ。大吉だよ、大吉。俺って天才かもしれない。土壇場(どたんば)でサヨナラホームランだぜ、おい」
いやいや、如月に相手がいないかもわからないこの状況では、まだ同点にもなっていない。そもそも試合が組まれていない。挑戦権を得る権利もまだ持っていないのに、バッターのモチベーションがピークに達している。
「ちょっと落ち着け」
「ん、んん?」
僕の言葉が入ってこないようだ。なんという集中力。浜見は文章の方を舐めるように目で追う。
読めば読むほど、おみくじに頭を垂らしてく浜見を見て、思わず結果を覗き込む。
「えっと、恋愛は……ことを置くことも重要。辛さを抱くもまた恋の醍醐味」
これだけ? なんか思っていたより微妙なおみくじだな。しかもかれで大吉とは。縁結びの神様は随分辛口のようだ。
大吉や凶というより、わかりやすくて明確な文章の書いてあるおみくじが本当の大吉なのではないか。
「どうするよ? 辛抱も恋らしいぞ。いやあ、切ないね、全く」
「この結果、微妙じゃないか?」
「すごく微妙で曖昧だ」
「いやいや、俺は三年間置いた。それに、辛さも味わった、更に大吉。これは正しく神のお告げ」
両手を絡め、天を仰ぐ浜見を見て、なんだかすごいやつだと素直に感心してしまった。
僕だったら、この文章でここまで考えられない。微妙で曖昧な結果をプラスに考え、自分自身に最善な解釈に持っていった。そもそも、大吉と書かれているから大吉なだけで、内容からしてみれば、どう見ても小吉くらいにしか思えない。
結局のところ、凶だろうが、吉だろうが、それは解釈の問題なのだ。それを今の浜見が結論づけてくれた。
時間が立つのを早いと感じるか、遅いと感じるかは気の持ちようだ。
楽しければ時が経つのは早いし、つまらなければ遅い。僕の場合、言うまでもなく後者なわけだが、浜見はどうなんだろうか? 気さくに話してはいるが、次第に緊張してくる様子が伺えた。
その様子を見るのが、なんとなく楽しくなっていき、僕はいつの間にか前者に変わっていた。
時は五時を回り、人も拝殿から参道に流れてきた。
「もう終わったんじゃないか?」
ベンチに座ったまま、俯く浜見に声をかけると、目のすわった顔をあげた。
「やっぱ緊張すんな」
「大丈夫だろ。多分。で、待ち合わせ場所は?」
僕の言葉に浜見は「あっ」と左手で口を覆う。
すべてを物語る言動だった。
「お前、弾くぞ」
弾くとは現代用語でおでこをピンするというすなわちデコピンするぞ、という隠語だ。間違っても流行るわけがない、僕だけの。
「……探すか」
うっし、と両手を膝に当てて立ち上がる浜見を見て、ため息を吐(は)き、「頑張れ」と見送ろうとしたが、「ほら、行くぞ」と背中をばしっと叩かれた。
「じゃあ、僕はここで見張っているから、お前は辺りを探してこいよ。見つけたら電話する」
我ながらナイスなアイディアで浜見を見送り、一応目を動かし如月を探すが、何せ人が多いので、本気にはなれない。
十分くらいして、携帯を見ていると、細い指が僕の目と携帯の間に入り、視界を遮った。
声には出なかったが、ホラー映画でゾンビが出てきたかのように肩がびくっとしてしまい、顔をあげてみると、私服に戻った如月が立っていた。
待ってみるものだな。
「お疲れさん」
驚いていませんよ、と言わんばかりに冷静を装う。
「まだいたんだ」
そう思うのも無理はない。あれから既に三時間あまり経過している。ことを探られるのが嫌だったので、無理矢理話を反らす。
「三時間って短くない?」
バイトにしては随分短いと思ったのは事実だ。
「今日は急遽呼ばれた感じだからね。たまたま学校も午前だけだったし、それより――」
がさごそとポケットを探り、一枚の紙を僕に向けた。そして、丁寧に折り畳まれた紙を開いていく。
「久波のお金で引いたおみくじ。結果はなんと大吉だよ。人のお金で引くのも何だったけど、嬉しかった」
大きく大吉と書かれた紙を見て、ここのおみくじは大吉しか入っていないのではないかと思ってしまう。
「良かったな。で、内容は?」
どれどれ、と開かれたおみくじを凝視する。
「待ち人来(きた)るって。しかも、最近再会した人の可能性が高いらしいよ」
見る前に、自分で答えた。
「へー」と平然と感心してみたものの、内心は上がりに上がったテンションを押さえ付けるのに必死だった。
待ち人を気にするということは、彼氏はいない。しかも再会ということで、先ほど再会したばかりの浜見のことも脳裏に浮かんだかもしれない。何しろ、これを引く数分前に会っているのだから。
「でね、久波」
急にもじもじしだした如月。
ドキッとした。その仕種にも問題あるが、再会したのは何も浜見だけではない。
この後の台詞を聞いてもいいのか? 期待しているのか?
「ん?」
こんな時、少しクールを気取ってしまう自分に恥(は)じらいすら思う。
「運命って信じる?」
運命とは人生は天の命によって基づくという思想であり、巡り会わせ。
天の命なんて信じたことはないが、状況が状況だ。もし、ここで信じないと答えれば、如月は笑ってごまかすだろう。しかし、おみくじを否定したことになる。それは浜見のチャンスを奪うということにもなる。
神様、否、天はまさかの代打に僕を指名してきたのか。ここでサヨナラホームランを打ってもチームメイト、すなわち浜見はホームベースでハイタッチを拒否してくるだろう。
「信じ……ないな」
勝利より友情を選んだ結果、直球ど真ん中の青春を見逃しすることにした。
「私は信じたいかも」
人生は思い通りにいかない。それはいかなる小さな出来事でも。天の命ってなんなんだ。
いやいや、天の命を考えたらそれは運命を信じることになってしまう。
「その信じたい運命って何なの?」
考えるより早く口が動いてしまった。後悔先に立たず。
「いや、ね。このおみくじ引けたの久波のおかげだし、見た時に最初に思い浮かんだのは……」
恥ずかしそうに顔を伏せる如月の姿は僕の思考を完璧に狂わせていた。
「だっ、誰だ」
「おーい」
ほど近い声に思わず瞳孔が開いた。
この雰囲気の中、浜見が早足で近づいて来る。
「いねえよ……っているじゃねえか!」
微妙なノリツッコミを無視して、立ち上がる。
「浜見が話あるって。僕はちょっと席を外すよ」
逃げるようにその場から離れようとするが思うように足が動かない。
言葉とは裏腹に、あの後の台詞を聞きたいという僕の気持ちが足を重くしていたのだろう。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
今の僕は、愛情より友情を優先すべきなんだ。
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