鏡の世界
私は想像の世界を旅しているうちに、世界は無数に存在するのかもしれない。と思えるようになった。例えば、鏡に映るものは別世界なのかもしれない。なんて中二病じみた考えをしてみても意外と面白いものだ。今回の旅はそんな鏡の世界のお話。
ここは何処なのだろうか。鬱蒼とした森の中、私は目を覚ます。辺りには人の気配はおろか、動物の気配すらない。ここには私一人しかいないのではないだろうか。と思わせる程に静まり返っている。風が吹けば木々が揺れ、葉の擦れる音がする。歩けば落ち葉が音を立てる。私の鼓動の音がする。
私の周りはいつも誰かがいた。いつも騒がしかった。いつも何か新しい刺激があった。今はどうだろう。誰もいない。風に揺れる草木の音しかない。目ぼしい刺激もない。正直なところ、退屈だ。森を抜ければ何かあるはず。私がいくら歩いても出口は見当たらない。それどころか、元いた場所に戻ってしまう。まるで牢獄に閉じ込められたような気分だ。何としてでも私はここを抜けてみせよう。先程の退屈、ということは撤回しよう。実に面白い。現実味のない現象が起きるているんだ。最高の
おかしい、ズレが生じているせいか上手く交差せず、点が二つになる。なるほど、境目ではなく境界があるのか。随分と親切なことだ。私は交差した点から線を引いて境界を割り出すことに成功し、境界に沿って歩き続け、遂に森を抜けた。
森を抜けた先には古城があった。今は誰も使っていないのだろうか? それともあの森を作り上げた何者かが待っているのだろうか。先ずは進まないことには何も分からない。
私は古城の中へと進んでいく。中に入ると、どこまでも続く階段がある。何が起きてもいいように一段目に大きく傷をつける。階段を登ると、左右対称、同じ形と傷が二つ続いている。次は階段に傷をつけながら下っていく。境目を超えると、入り口には鏡が貼られている。私は足元から小さな石ころを拾うと、鏡に目掛けて投げつける。
鏡は割れ、もう一方の鏡が姿を現した。私はもう一方は割らず、鏡の向こうにある出口に向かう。入り口とは左右対称の形をした出口を抜けると、そこは城の外ではなく、大広間のように広い場所に出た。
驚いたな……まさかこんな場所に出るとは、ここも何かが仕掛けられているだろう。
「おや、待っていたよ」
私と瓜二つな男が手を振っている。なるほど、鏡に映る私ということか。
「私を待っていたのかい? ところで、貴方は?」
「リアン・ウェイカーだ」
「奇遇だね。私の名前もリアン・ウェイカーだ。それに、君と私はよく似ている。まるで同じ人間が二人いるようにね」
「奇遇だね。私も同じことを考えていたよ」
「鏡に映る自分と考えていいのかな?」
「さあね、私ではなく、貴方の方かもしれないよ」
「それもそうだね。私が自身で考えて行動していると思っているだけで、私はただ鏡に映る自分と同じ行動をしているだけなのかもしれない」
「本当に貴方は私と同じだと思っているのかい?」
「どうだと思う? 私なら私の考えていることが分かる筈だよ。少し、ゲームをしようか」
「私のことだ。どうせ半信半疑なんだろう?」
「当たりだ。やはり貴方と私は同じなのかもしれないね」
正しくは50点と言ったところか。私は君を信用していないと言えば嘘になる程度だ。殆ど君を信用してはいない。君が私かどうかなんてすぐに分かることだ。だが、もう少しだけ泳がせておこう。君がボロを出せばいいのだが。
「では、次は私の番だ。私の利き手はどちらだと思う?」
「答えは両利きだ。しかし、右の方が筋力が弱いため、左を主に使う」
「当たりだ。貴方は私のことをよく知っているようだ」
「では、私の番だね。私は今、この状況がとても楽しい。だが、君はどうだ? 楽しいかい?」
「もちろん楽しいさ。私と貴方が話すなんてことは普通ではありえないからね。嬉しいよ」
「そうかい? それはいい。私も鏡の自分と話せて楽しいよ」
君は少しボロを出したようだね。私は楽しいが、嬉しくはない。君も私を泳がせているのかな? 悪いが、私は釣られたりはしない。君が食いつくまで私は動かないつもりだ。
「私は、貴方には何かを考えていることくらい、わかってますよ?」
「ほほう、私の考えが分かると?」
さあ、言って見せよ、「私は鏡を持っている」と。「鏡を使って正体を暴こうとしている」と。
「貴方は、本当に愚かだ。私がボロを出すと思っているようだ。残念だが、貴方の手元に鏡はない。私の正体を暴き出す手段も持ち合わせてはいない。そうだろう?」
ほう、気づいてはいたようだ。だが、ここまで話してしまったんだ。私も君も愚か者だよ。例え手元に鏡がなかろうが、暴く手段など幾らだってあるさ。
「ああ、私は鏡を持っていない。しかし、貴方はどうして私が鏡のことを考えていると思った? それは鏡を使えば正体を暴けるということでいいのかな?」
「おや、それはどうだろう。試すことも出来ないが」
「それもそうだ。試すことが出来なければどうだっていい」
「本当に、私はおかしなことを言う。次は私の番だな」
君はコインを投げる。どちらの手に入っているか? とでも聞くつもりか。こんな状況でゲームを続けるとは、平静を装っているのか?
「どちらの手に入っているか、分かるだろう?」
「答えは、どちらにも入ってないよ」
コイントスをするなら、私はそうするだろう。
「やはり貴方には見抜かれてしまったようだ」
おそらく、コインではなく、別の目的があるんだろう。
「さて、と。次は私の番かな」
「どんな問題が来るのかな?」
私は何も話さない。君からボロを出させるにはこれしかない。ひたすら黙る。
「問題は考えていないのかな?」
私は首を横に振るだけで何も言うつもりはない。もちろん、何も言わずとも分かるだろう? 簡単な問題だけでは君もつまらんだろう。
「なるほど、私に問題を話せと言うのか。私らしい嫌がらせだ」
さあ、言ってごらん? 私の考えが読めるか?
「考えてすらいない問題を解けとは悪趣味にも程があるじゃないか」
「ハズレだ。大ハズレだ。私が問題を考えていない? 私を馬鹿にするのも大概にしてくれ。私は君のように用心深い人間ではない。深読みしすぎたのが裏目に出たようだね。もう一度問おう。君は誰だ? それが私の問題だ」
「お手上げだ。流石、と言ったところか。私は鏡の魔女。名前はない」
目の前にいるもう一人の私、鏡の魔女は消え、辺り一面銀色の世界が広がる。
「どうだい、私の世界は。鏡の世界も悪くないだろう? 君の世界に私は行くことができない。しかし、君をここへ連れて来ることはできる。君には不思議な場所に見えるだろう? これが私の世界、鏡の世界だ」
私の目の前に銀色の髪の少女が現れる。
「君は、いつもここで一人だったのかい?」
「何だ? もしかして、この姿を見て同情でもしたのか? 私にとって姿に意味などない。この姿だって所詮は虚像だ。それに、私は鏡だ。何かが映ることで意味を成す。そうだろう? 鏡にありえないものが映ってはいけないのだ。鏡に心は不要。私は真実を映す鏡、誰かが必要とする限り、私は真実を映しつづけよう」
鏡の魔女が手を前に突き出すと、無数の鏡の破片が浮かび上がる。
「今度は何をするんだい?」
「言っただろう? 私と君とでは住む世界が違うんだ。帰れ」
冷たく言い放つ鏡の魔女。
「帰れ、か。私は帰る前に少しだけやっておきたいことがあるんだ。いいかな?」
鏡の破片は無数の銀狼へ姿を変え、私を取り囲む。
「これはダメってことかな?」
威嚇する銀狼達。これも虚像か? 試す価値がありそうだ。帰れと言われて帰る私ではない。
「さあ、かかって来いワンちゃん達。私は逃げも隠れもしないぞ?」
私は銀狼を挑発する。鏡の魔女は私を試しているのだろう。
「お前は命知らずなのだな。それに、面白い考えだ。では、これはどうだ?」
銀狼は消え、鏡の魔女の背後から大きな波が押し寄せて来る。飲み込まれたらひとたまりもないだろう。
「私に同じ手が効くと思うか?」
「同じ手だと思うか?」
「違うのか?」
「ブラフにも気づかんとはね」
鏡の魔女は右手に複数枚の鏡の破片を持っていた。
「君の瞳の奥から少しだけ君の記憶を見させて貰ったよ。実に面白い旅をしてきたみたいだね」
まるで世界が鏡の破片に閉じ込められたかのように写っている。
「素敵だ。君の記憶、君の見てきたもの。全て私の見たことのないものばかりだ。ところで、この男は何だ?」
鏡の魔女が指差す鏡には海賊船で出会った男、レイヴンが映っていた。
「これに何かあるのか?」
「ああ、この鏡だけとても禍々しい気を発しているのだ」
「禍々しい?」
「ああ。此奴は何者なのだ?」
「それは私から話させていただこう。鏡の魔女よ」
私が口を開こうとすると、鏡の破片から声が聞こえてくる。
「何者だ!」
「おやおや、この程度で取り乱すとは情けない」
鏡の破片からレイヴンが姿を表す。この様子ではおそらく鏡の魔女が鏡から出した訳ではないようだ。
「おや、これはリアンさんではありませんか。貴方もここに来ておられたのですね。それにしても鏡の世界とは美しいですね。辺り一面銀色の世界とはまた面白い」
レイヴンはおどけたような動きをする。
「これはリアンさんの記憶ですか? 旅を楽しんでいますか?」
レイヴンが鏡の破片を見ると私に問いかけてくる。レイヴンはどこまで知っているんだ? 彼は私と同じような存在なのか?
「放っておけば貴様、私の話が聞こえなかったのか? お前は何者だ?」
「これは失礼、私はレイヴンと申します。以後、お見知りおきを」
「ふん、カラスがいい気になるなよ?」
鏡の魔女がレイヴンの周囲に鏡の破片を浮かべる。
「おやおや、威勢が良いのですね。一般兵が私に剣を向けるか」
レイヴンには兵隊が見えているようだが、私にはただの鏡の破片にしか見えない。
「動くなよ? 動けばどうなるか分かるだろう?」
鏡の魔女はレイヴンに牽制する。
「所詮は虚像にすぎないでしょう? それとも、鏡の破片で私を刺しますか?」
「さあな、あまり私を舐めるなよ?」
鏡の魔女は左手に鏡の破片を持っていた。なるほど、鏡の魔女はレイヴンの記憶を抜き取ることしか考えていなかったのだ。
「おや、私の記憶を抜き取ろうとしていたようですね」
「残念だ。お前の正体を暴いてやろうと思ったのだがな」
「それで、私のことはわかりましたか?」
「さっぱり分からん。だが、お前も此奴も本来、ここに居てはならない存在だということは分かる。今すぐに帰れ」
「貴方でもわからないか……それでは私はこれにて」
レイヴンは黒い本を開き、姿を消した。
「何をしている? お前も帰るといい。鏡の先に私はいるからな。いつでも会いに来るといい」
「そうですか。それでは、私が鏡を見る時にまた会いましょう」
鏡の先には世界があるのかもしれない。無数の世界、人によって映る世界は違う。それは入ることのできないもう一つの世界。望むものがそこにはあるのかもしれない。そんなことを考えながら私は鏡の世界を後にした。
Library 赤石かばね @sikabane112
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