5-22 打ち上げ、そしてズッコケ

「では、キョウのライブ成功祝い及びキョウとたっちゃんの…元の世界での健勝を願って乾杯!」

「「「かんぱ~い!」」」

 浅葱家のホールで急遽打ち上げ兼送別会を開催していた。

 事情を知ってもう会えないとわかった人達の飛び入り参加が増えたため、当初の会場が手狭になったのを知った浅葱さんが手を差し伸べてくれたのだ。料理も専属のコックがふるってくれるという。本当に金持ちは違…いや浅葱さんにはお世話になりっぱなしだ。

 恐縮しているのがわかったのか、浅葱さんが話しかけてきた。

「達子さんたちには本当にお世話になりました。浅葱家の長年の悲願達成に貢献してもらえました。これでも恩返しには足りないくらいです。」

「おれはあんまり関わってないけどなあ。」

「いえ、あなたが行き来して活動してくれたおかげで達子さんを引き寄せてくれたんですよ。だからあなたにも感謝しています。」

「そう言われると面映ゆいな。この町に通ってたのも気分転換というか、下積み時代の心を忘れないようにというものもあったんだけどな。」

 ああ、本当にできた人だなあ。浅葱さんって。これだけいい人なのに彼女いないのかしらね。早くいい人見つかるといいな。

 そんなことを思いながらビールを飲んでると信次郎おじいさんがやってきた。

「本当に感謝していますぞ、達子さんにキョウさん。父の心残りも兄とのわだかまりも解決してくれた。わしも安心してあの世に行けるというもんじゃ。天国は異世界と繋がっているといいのだがな。」

「信次郎おじいさん。敬一郎さんと同じこと言わないでくださいよ。」

「ああ、兄さんも同じこと言ってたか。長く離れていても兄弟じゃな。」

「あちらの世界ではワタシが敬一郎さんの友人としてサポートしますから安心してくださいね。」

「うむ。まあ、心残りといえば達子さんを総一郎の愛人にできなかったことじゃなあ。」

「おじいさまっ!!」

 最後まで相変わらずな祖父と孫だね。

「キョウ~。今日のライブ本当によかったぜ。もっと早く本気出せばこちらでも売れたのにもったいないよ。しかし、ラストナンバーは本当に心に沁みたぜ。」

 サトシさんもかなり感極まったようで顔をくしゃしゃにしている。

「しょうがないよ、元の世界でも『ケイはやればできる子、でもやらない子』って言われるくらいぐだぐだだもん。だからこの町に来られたんだけど。」

「おい、その言葉どういう意味だよ。」

 あ、ケイさんには変人のみがこの町に来られる法則は言ってなかったな。最後まで黙っておこう。

「まあまあ。でも、キョウ達の最近のがんばりを見てたら、おれも頑張らなくてはって思えたよ。正直、放送10分で殺され役ばっかで嫌気さしてたからさ。でも、頑張って…。」

「「って?」」

「ラストシーンの崖で告白後に非業の死を遂げる犯人役まで引っ張れるようにするよ。」

「って結局死んでるんじゃないすか、サトシさん。」

「ははは、それもそうだな。とにかく上を目指すさ。それから二人に記念品。俺が出た映画やドラマのDVD何枚か持ってきた。殺され役でない奴も入れたから。あっちでも俺を忘れないでくれよ。」

「サトシ…」

「サトシさん…」

 しみじみしているとアサツキ三人娘が割って入ってきた。ケイさんもワタシも今日は主役だからいろんな人に引っ張られて忙しい。

「お姉様、本当にお別れなんですね。これ、記念の寄せ書きです。」

「アネゴならタカヒトさんを任せられると思ったんですけど~。」

「タカヒトさん、マジ健気過ぎて泣けるんだけど~。」

 あ、アサツキ三人娘はもしや、酔っぱらってる?でも未成年だからジュースでは?

「いえ、これはアサツキシロップでございますの。」

「シロップを炭酸で割ったものだから未成年でもOKです。」

「ロックで割ってもいいんですよ。」

 ああ、なるほど…って本当にシロップなのか?

「はいはい静粛に、静粛に。女の子にはデザートいかが?」

 タカヒト君がケーキを持ってやってきた。「今度はなんのゲテモノだ。変態ケーキ職人。」

「いや、店長とペコさんのアドバイスでたっちゃん希望のチョコケーキとチーズケーキを。ほら、ちゃんとクリームでバラもデコレーションしたんだ。」

「ほら、健気にお姉様の好きなものをわざわざ作っていらしたのですよ。」

「最後くらいはけなさずに食べてくださいよ。」

「タカヒトさん、Mでも最後くらいは誉めてもらいたいんすよ。」

「待て、いつ俺がMになった。まあ、とにかく食べてよ。締めにふさわしいケーキと思って腕によりをかけたんだ。」

 それほど言うならば、どれどれ。食べてみるか。

 む!こ、この極上の香りに味は…!

「そうなんだ。フランスから取り寄せたチョコに花月堂特製のリキュールで仕上げたケーキさ。」

「普段からこういうケーキ作ってれば三ツ星パティシエなのに。」

「コストかかるから特別な時に特別な人にしか作らないさ。」

 タカヒト君がこのセリフを言った瞬間、会場の空気が変わった。

「あら?この展開はもしかしたらもしかすると…?」

「退いた方がよさげ?」

「でもこっそり会話が聞けるポジションに行こうぜ。」

「俺も気になるぞ。」

「ケイ、お前も気になるか?」

「ちょっと自分も気になります。」

「わしもじゃ。」

 いつの間にか、自分とタカヒト君以外の人間が離れていったこと、そしてさりげなくそっぽを向いて聞き耳立てられた事にワタシは気付かなかった。

「そっか、特別仕立てか。」

「えっと、あの、あっちの世界でも小説、がんばれよ。」

「うん、ありがと。大賞は無理だったけど、浅葱である程度認められたし、実力というか立ち位置わかって良かったよ。」

「うん、それから、えっと…。」

「何?タカヒト君?言いたいことあるの?」

「(がんばってくださいませ、タカヒト様)」

「(私達も応援してます)」

「(もう一息っすよ!)」

「(いくつになってもワクワクするな~。結婚してからはこういうことから遠ざかってるからな。)」

「(俺、なんか恋愛ドラマの仕事欲しくなってきた)」

「(どうなるんでしょうねえ。)」

「(青春じゃのう。)」

 何かひそひそ声ばかりだが、皆どうしたのだろう?

「ワタシもタカヒト君に言いたかったことあるんだ。」

「(まあ、お姉様からの発言!)」

「(タカヒトさん、がんばれ!)」

「(アネゴにせめて気持ちだけでも通じれば)」

「うちの猫、アッキーじゃなくてタマだからね。みんな勝手に呼んでるけどさ。」

「あ、え?そっか、そうなんだ。」

 会場全体がずっこける音がしたような気がするが考え過ぎだろう。

「これは、かなり絶望的ですわね。」

「なんかかわいそう過ぎる」

「でもさ、タカヒトさんはこれである意味、諦められるんじゃね?」

「散々おれのこと変人だの言ってたが、あいつも相当なもんだな。」

「タカヒト…相手が悪かったな。」

「ちょっとタカヒトさんに同情しますね。」

 …ココは浅葱町。最後の夜はこうして更けていくのでした。

 ちなみにみっちゃんは…。

「ううう、キョウさ~ん!こうなったらやけ酒にやけ食いね。ここのシェフさんいい腕してるわ~。」

「これも青春の1ページじゃよ。まあ、飲みなさい。」

「ありがとうございます~。」

 なぜかみっちゃんとおじいさんは意気投合して酒盛りしていた。

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