5-21 ケイさん、最初で最後のライブ

 ココは浅葱町。一応、異世界。

 今日は朝から忙しかった。朝早くいったんS市に戻り、敬一郎さんからの最後の手紙交換と贈り物を預かり、浅葱家に届けた。

 信次郎おじいさんは最後まで感謝していた。そして連絡が取れなくなることを嘆いていたが、これも天命と受け止めていた。やはり兄弟だ、心構えがよく似ている。

 そして、ライブハウスへ行きケイさんのライブスタッフとして当日券やCDの売り子に徹していた。

「はいはい、当日券いかがっすか~。CDもまだまだありますよ~。」

呼び掛けているとアサツキ三人娘がやってきた。

「こんにちは、お姉様。」

「アネゴ、ライブに来ましたよ~。」

「アネゴ、視聴用と記念用と配布用にCD三枚くれ。」

 おや、ちゃんとCD買ってくれるなんていい子たちだねえ。売りさばいているとシキブ姉さんがやってきて本を差し出しながら言った。

「来てやったわよ、フリーター妹、いえ異世界公務員。最新号の葱花そうか持ってきたわよ。」

「何い!け、結果は?!」

 シキブ姉さんから慌てて本をひったくるように取り、ページをめくった。

「佳作 『アサツキの森の不思議な話』田中達子」

 ちょっとガックリときた。佳作かあ、さすがに大賞は虫が良すぎたか。

「まさかいきなり大賞狙いはないでしょ。」

「は、はい。まあそうですが。」

シキブ姉さんにはいつも見透かされてたな。

「いいじゃないの、芸術の町である程度認められたのだから、元の世界でもきっと認められるわよ。」

「ってシキブ姉さん、なぜ正体を知ってるんすか?」

「そこのかしまし三人娘が教えてくれたの。だから旧浅葱邸を調べてたのね。」

「アサツキ三人娘がばらしたのか。いい子の称号剥奪だな。」

「まあ、大半の人はフィクションと思うから大丈夫だと思うけど。じゃ、仕事中だからこれで戻るからお別れ。異世界へ帰っても元気でね。応援してるわよ。」

 そういってシキブ姉さんは帰って行った。置いていった雑誌も図書館スタンプは無いし、ワタシへのプレゼントとしてわざわざ来てくれたのだ。本当に浅葱の人達は優しい。

「よう、なかなかの入りだな。やっぱキョウの歌はいいもんな。もっと早くから本気出せばよかったのに。あ、これは差し入れのチョコエクレア。キョウ達と分けてくれ。」

 タカヒト君がケーキの箱を持参して到着した。ケーキ屋はうまく切り上げられたようだ

「タカヒト君いらっしゃい。ケイさん…あ、元の世界での呼び名ね。元の世界でも「ケイはやればできる子、でもやらない子」という迷言があるくらいだからね。本気出してるのあんまり見たことないや。」

「それから打ち上げというか、送別会は場所を変更して浅葱さんの家でやることになったから。」

「はい?昨日の紙には居酒屋とあったけど?」

「アサミちゃん達が参加希望して人数が増えてしまって。狭くなってしまうし、未成年は保護者同伴でも8時までしか居酒屋にいられないから困ってたら浅葱さんが場所提供してくれることになったんだ。キャンセル料も負担してくれるって。」

浅葱さんがこんなところまで世話を焼いてくれたのか!

「あの人には最後までお世話になりっぱなしだなあ。」

「まあ、そういうことだから、ライブ頑張れよ。」

 あ、タカヒト君…。声をかける間もなくあっという間に観客達に紛れてしまった。ワタシと顔を合わせるのが気まずいのかもしれない。

「健気ですわ。タカヒト様。」

「まあ、アネゴのことを追いかけることが事実上できないとわかりましたからね。」

「結ばれない二人…くうっ、マジ泣けるわ。」

 アサツキ三人娘がなんかストーリーを作ってるがスルーしよう。

「ほらほら、余計なこと言わない!もうすぐ開演よ。スタンディングだからいい場所キープしなさい!」

 そうしてバタバタしているうちにライブが始まった。

 曲は元の世界で発表済みのものと浅葱で作ったものと半々だった。浅葱での曲はワタシだけが知っているという恩恵に預かれると思いきや、いずれは元の世界でも発表するという。ちょっと残念。

 普段のおちゃらけた態度とは裏腹に奇麗で儚い曲が次々と歌われていく。

 やっぱ、ケイさんは本気出すと違うなあ。

「今日は来てくださってありがとうございます。今回が初のライブですが、事情があって最後のライブともなります。

 確か、借金があって夜逃げしようとするが、失敗して俺はタコ部屋に詰め込まれるんだったよな?」

 タカヒト君の周りで爆笑が起こる。やっぱりケイさんだ、おちゃらける所はおちゃらけてる。

「まあ、今日で活動に区切りを付けますが、ナガオカ・キョウというアーティストがいたということを忘れないでいてもらえたら嬉しいです。」

 拍手が沸き起こる。切ないトークだ。本当にみんなに覚えていてもらいたい。

「では最後の曲を聴いてください。この町でお世話になったすべての人に捧げます。『忘れないよ』です。」

 そうして最後の曲を聞きながら浅葱での思い出を巡らせていた。この歌は前に浅葱のアパートで一足先に聴かせてもらった曲で大好きな曲だ。アコースティックで聞くと素敵な歌だな、ケイさん。異世界の小さなライブハウスでもかっこいい。不思議な縁だったけど、ただの1ファンだった自分がこうして身近に関われて本当によかった。

 浅葱でも、もっと活動して売れて欲しかったな…。

「ううう、キョウさ~ん。やっぱ妻子いても好きだけど、もう会えないなんて。」

 あの声はみっちゃんだ。まあ、あと少しだしほっとこ。

 そうして大盛況のうちに浅葱で最初にして最後のケイさんのライブが終わった。拍手とアンコールがいつまでも鳴り止まなかった。


 本当に時が止まって欲しかった。

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