5-20 真実は唐突に
「それで、その証明をするために呼ばれたんですか?」
浅葱さんはちょっと困ったように周りをを見渡して言った。
あの騒ぎの中、ワタシとケイさんが皆に全てを話した。皆、借金説を信じてヒートアップしていたからだ。
自分達が異世界の人間であること、異世界でそれぞれの腕を試したかったことや元の世界での職業。証拠品としてケイさんのCD、インタビューが載っている雑誌、ワタシの役所の身分証、こちらの世界にはあり得ないメーカーのスマホにタブレット。
それでも、真実を飲み込めない彼らに最後の切り札として浅葱さんに来てもらったのだった。
「あの秘密は一族と達子さん達以外は知られないようにしてきたんですが、こんなに知られてしまったんですか…。」
明らかに浅葱さんは困惑している。
「ごめんなさい、こちらもいろいろと頭に血が昇ってしまって。」
「代々の秘密を水の泡にしてしまってすみません。」
浅葱さんは大きくため息を付きながら、諦めたように言った。
「仕方ありませんね。まあ、旧館は間もなく取り壊しになるし、浅葱側からは達子さんの世界に行けた人間は今の所は大伯父のみですし。証拠が無くなる以上証明もできない。仮にここから噂が広まっても秘密の流出の心配はないと思います。」
ワタシ達とのやりとりを聞いて、やっと真実が飲み込めたらしい一同は呆然としていた。
「二人が異世界の人間だったとは…。」
「道理で似てない兄妹だと思ったわ。」
「ケイは道理で駆け出しにしてはうまかったはずだよ。」
「とりあえず、わたくし達は背徳ギリギリの行為をしなくて済むのですね。」
「よ、良かった。オークションは取り下げしよ。」
「さすがに制服売るのはマズイよな。」
…なんかズレてるが、まあ、理解してもらえただけ良しとしよう。ワタシは皆に聞こえるようにできるだけ穏やかに告げた。
「だから、この世界で活動の証を残したくて焦ってたのよ。ケイさんは既に元の世界で結果を出している。でも、私はしがない公務員。副業禁止だし、芸術の町と言われる浅葱で小説の腕を試すには十分な環境だった。実際にこちらは元の世界には無い本や小説が沢山あって勉強になったもの。」
「そっか、だから俺のケーキをスルーしていたのも、異世界の人間だからいつか帰ってしまうから思いに応えられなくて…。」
「いや、単に食べて集中力落としたくなかっただけ。」
「そ、そんな!あっさりと否定しなくても!」
「異世界の人だから、キョウさんは私の愛を受けられなくて…。」
「いや、最初から相手にしてないから。って元の世界に妻子いるし。」
「なんですって~~!騙したのね!」
「い、いや、騙すも何も最初から相手にしてないってば。」
やはりというべきか、みっちゃんはヒステリックに怒りだした。このタイプは火がつくと手に負えない。
「はいはい、抑えて抑えて。皆、明日はライブだからとりあえず帰っ…。」
そんなワタシの制止も空しくみっちゃんはヒートアップしていく。もう、明日はライブなのに勘弁してくれ。
「それにたっちゃんとはやはり他人だったじゃないの!やはりそういう仲だったのじゃないの?!」
まあ、そこを指摘されると耳が痛い、元々出任せが独り歩きしたとはいえ。と言ってもそこで何かがあればワタシはとっくに彼氏できるなり結婚なりしているよ。彼氏無し歴更新中なのも何がいけないんだろなあ。
「いや、あれは戸籍上の女ではあるが、女の形をした生き物。あれはそういう対象にはならん。」
ケイさんの否定のしかたも、なんかエライ言われようだな。女扱いされないこと多いから慣れたけど。
「そんな言い訳誰が…!」
「バカ野郎ッ!いい加減にしろ!」
唐突にタカヒト君がみっちゃんに平手をくらわした。皆がポカンとしているとタカヒト君が続けた。
「例え相手に恋人や妻子が居ても相手の幸せを考えて、見返りを求めず尽すなり身を引くのが本当の愛だろう!」
「た、タカヒト君…。」
「それなのにお前は自分の欲望しか押し付けてない!」
あのタカヒト君がまともなことを言っている。あまりの展開に何といっていいのかわからなかった。どうしよう、天変地異が起きたら。
「ニャー」
張りつめた空気の中、タマが鳴いた。その声に皆、はっと我に帰った。
いかんいかん、こんな時間だ。正気に戻ったワタシはとりあえず、夜遅いこともあるし、未成年もいるし、いろいろ修羅場は勘弁なので皆には帰ってもらった。
ようやく静けさが戻り、タマが寝床に入って寝息を立てる中、残った浅葱さんと話した。
「バレてしまいましたね。予定より早く元の世界に帰りますか?」
「いえ、まだ雑誌の発表が明日だし、予定通りに引き払うつもりです。兄さ…ケイさんもライブが残っているし。」
「そうだよ、明日だよ!もう寝なくちゃ!」
慌てていると、帰ったはずのタカヒト君が戻ってきた。
「あ、そうか。ケイは明日、浅葱で初ライブなんだな。いろいろ励ますつもりで来たんだが、なんか訳分かんない展開になって済まなかったな。」
なぜ、戻ってきた、変態ケーキ職人。
「あ、いや。明日の差し入れ、リクエスト聞こうかと思って。」
「ならば差し入れはチョコケーキね。」
「おい、それはたっちゃんの好物だろ。」
「いいじゃん、ケイさんはお菓子はなんでもいけるんでしょ。ま、片手に持てるチョコエクレアなんていいわね。」
「わかった、チョコエクレアだな。それから打ち上げのお知らせも置いてくよ。だけど、本当に送別会にもなっちゃうんだな。明後日が旧浅葱邸の取り壊し日だもんな…その時までに元の世界に帰るんだろ…。よし!打ち上げ張り切るよ!明日のライブ、仕事早く切り上げていくからな。頑張れよ!」
そう言ってタカヒト君は帰って行った。
浅葱さんはそんな彼の後ろ姿を見ながらつぶやいた。
「なんだか健気ですね、彼。方向は間違ったけど、達子さんを想ってのことだったんでしょうね。そして、唐突に突き付けられた真実と永遠の別れという事実を必死に受け入れようとしている。さっきのミチヨさんへのセリフも本当は自分自身に言い聞かせていたのでしょう。」
「…。」
「なんだったらたっちゃん、浅葱に残るか?」
残ると言いたい、だけど、それは…。
「さすがにそれは無理だよ。元の世界には親兄弟がいる。いきなり娘が失踪してしまったら年老いた両親には辛いだろうし。」
「そっか、そうだよな。悪い、いい加減なことを言ってしまって。」
「では、私もそろそろ帰ります。明日のライブ、楽しみにしていますよ。二人とも後悔のないようにしてくださいね。」
「浅葱さん、ありがとうございます。そして夜分にすみませんでした。」
ココは浅葱町。一応、異世界。
この世界にいられるのもあと少し。ちょっとごたついたけど、明日、うまくいくといいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます