5-19 みんなでドッタンバッタン大(自主規制)

 ココは浅葱町。一応、異世界。

 ようやく夏フェスなどのイベントをこなしてケイさんが戻ってきた。

「頼んでいたことはできたみたいだな。」

「うん、CDとライブのチケットは順調に売れたし、あとはライブにむけて準備するだけだよ。」

「タカヒト達はうまくまいたか?」

「多分、ね。浅葱さんにも協力してもらったよ。ワタシも執筆終わったし、雑用でよければ手伝うよ。」

 それからはワタシが有給休暇を取り、なるべく浅葱にいられるようにして準備を手伝った。こういう時、休みが取りやすい公務員は便利だ。タカヒト君達の動向は心配だったがとりあえず何事もなく過ぎていった。


 そうしていよいよ明日はケイさんの浅葱でのライブ。アパートで最後の準備を入念にしているケイさんにアサツキティーとアサツキアイスを差し入れて一息ついていた。

「このアサツキアイスも食べ納めだな。」

「ふう、いろいろ準備したし、チケットもかなり売れたし、いい感じだね。引っ越しの荷物の処理も浅葱さんのおかげでかなりスムーズに行ったし。布団もレンタルにしてくれたし、返却手続とアパート解約は浅葱さんが代行してくれるって。」

「ああ、 本当に浅葱さんには助けられたな。これで浅葱での活動に一区切りつけるし、結果は出せたかな。」

 ケイさんはセットリストを眺めながらしみじみとつぶやく。こんなやり取りもあと少しだ。異世界ここへのアクセスが閉ざされたらワタシはまた1ファンに戻る。それも寂しいが仕方ない。

「まだライブしてないでしょ、気が早いよ。まあ、私も明日のネギ坊主、もとい葱花の発表で区切りつくわ。もし、大賞になってたとしてもワタシは受け取れないから代理に浅葱さんが受け取るようにお願いしたし。」

「おいおい、いきなり大賞狙いかよ。大きく出たなあ。ま、こうして浅葱の思い出ができるんだなあ。」

「そうだねえ。もうここに通えないのが寂しいけど、不可能になるもんね。でもいい思い出だよ。」

「ニャー…」

 秋の夜長の静寂っていいものだ…と思ったのはここまでだった。

「「ちょっと待ったああ!」」

 唐突にタカヒト君とみっちゃんが部屋にやってきて静寂が破られた。おかしいな、玄関は鍵をかけたはず…。ワタシは首を傾げて混乱していたが、ケイさんがやってきた方向の向こうを見据えながら冷静に言った。

「もしかして二人ともベランダから侵入したか?」

「そうだよ、正面は締め出しくらってるからさ。でも、二人の普通ではないいろんなことに気づいて非常事態だから入ってきたんだ!」

 タカヒト君が興奮気味に叫ぶように告げる。

「ひ、非常事態?」

 ワタシがリフレインするとケイさんもリフレインした。

「気づいた…?」

「ニャ…?」

「そうだよ、春から二人とも挙動がおかしかったからいろいろ探らせてもらったよ。引っ越し先は元の世界云々とか言って教えてくれないし。悪いけど、これも見せてもらったよ。」

 そういうと彼はケイさんのライブのリーフレットを取りだした。「ケイ」と元の世界の活動名にこちらの世界には存在しない「新潟県長岡市」の地名がくっきり印刷されている。

 まずい!いつか紛失していたものだ。ワタシは腹の中がひんやりするのを感じた。それに『元の世界』なんていつ聞かれたんだろう?じわじわと心臓が早打ちになっていくのを感じた。

「教えてくれない転居先、まるで後がないかのような創作活動、大事にしているアッキーを浅葱さんに預けようとしたこと、そしてこのリーフレット。」

 流暢にタカヒト君はまとめ始める。みっちゃんも固唾をのんで見守っている。

 ああ、バレてしまったのか。ごめん、ケイさん、と彼の方を見ると同じようにあきらめの顔になっている。タマも不安そうな顔している。

「ニャ~…。」

 もはや、これまでか…。観念しよう。

 ガックリしているワタシ達にタカヒト君は続けた。

「で、いくら借りたんだ?」

「「はい?」」

「だからいくら借りたんだよ。」

 借りたって何?ケイさんも言っていることが飲み込めずにタカヒト君に聞く。

「タカヒト、何の話だ?」

「とぼけるなよ、お前ら、借金抱えて夜逃げするつもりだったんだろ?

 だから、こんなありもしない地名を入れるようなお粗末なリーフレット作ってケイなんて変な名前でコミックバンド作ろうとしたり、たっちゃんも焦って雑誌投稿して賞金で借金の穴埋めしようとしたり、アッキーを預けて身辺整理図ろうとするし。

 引越先すら言えないってことは、それこそキョウはタコ部屋かマグロ漁船乗せられて、たっちゃんは風俗に売られそうになってるんだろ?それで夜逃げ準備をしていたと。

 俺、全額は肩代わりできないけど、借金の返済に協力するよ。」

「だから夏の旅とかで大荷物だったのは機材売って借金返済に充てようとしてたのよね!私もイラストをフリマに出して少しだけど資金調達したから!」

 …ワタシ達はどっから突っ込んでいいのかわからなかった。どうやったらここまで勘違いできるのだろう?

「話は聞いた!」

 サトシさんがベランダの窓をどっかの刑事ドラマよろしくスパーンと開けて乱入してきた。ってまた血糊付きのカッコですかい。

「そんなに困ってたなんて、少ないギャラだけど、持ってきたよ!」

「い。いやサトシさん、血糊付きのお札ってなんだか怖いんですが。」

「お姉様~!同じくお話は全て伺いました~!」

「そんなに、そんなに困っていたなんて!」

「とりあえず、中等部の制服と体操着をオークションに出したよ!浅葱女子あさじょの制服は高値で売れるぜ!」

「あ、アサツキ三人娘まで、制服売るなんてグレーゾーンなことを。って、みんなベランダにスタンバイしてたんかい。」

 今や2DKには8人の男女が入り乱れて、いろいろ喚いている。ケイさんは頭を抱えて頭痛薬を取りに行き、タマはやる気なさそうにあとについていった。ワタシも眩暈がしてきたので、あとを付いていってケイさんと一緒に薬を飲んで深呼吸してケイさんに呼び掛けた。

「ケイさん、行きますか」

「やるか?」

「やるっきゃないでしょ。」

「じゃあ、行くか。」

「ニャン」

戻るとタカヒト君が感慨深げに頷いている。

「みんな駆けつけてくれたんだぜ、いい奴らだよな。さ、正直に言えよ。どこからいくら借りたんだ?」

「「じゃかあしい!!この勘違い妄想超特急が~~~!!!」」

「フギャー」

 ワタシはぬるくなったアサツキティー、ケイさんは溶けかかったアサツキアイスを盛大にタカヒト君にぶちまけ、タマが盛大にひっかいたのはその2秒後だった。

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