5-17 追及の手はどこまでも
ココは浅葱町。一応、異世界。
そろそろ、夏のフェスやらツアーやらでケイさんが一旦引き揚げていくので、本日はお留守番兼お掃除番をする準備しています。
「…で、こっちには置いていく機材があるからきちんと掃除を頼む。リーフレットや雑誌、CDは元の世界のも混ざってるから目につかないところに収納してくれ。
それから、食べ物は賞味期限近ければ食べちゃっていいから。」
「ってことは…ふふふ。」
「ニャ~♪」
ワタシがほくそ笑み、タマも連動するかのように嬉しそうに鳴く。だが、察したケイさんは一言、無情な追加をした。
「あ、ぱりっこせんべいならば、さっき俺が全部食べたからな。」
「チッ。」
「ニッ。」
「なんでアッキーまで舌打ちしてるんだよ。ネコは人間のせんべいは食えないだろ。それに、たっちゃん、せんべいくらいたまには自分で買えよ。」
「はいはい。あ~あ、ワタシも合間にライブに行こうかな~。浅葱に来てからはケイさんのライブは数回くらいしか行ってないや」
「えー、もっと来いよ。」
ケイさんは不満げに言うが、ワタシは浅葱に来れる時間が限られている。ケイさんのライブはまた行く機会があるが、浅葱はもうすぐ通えなくなる。まあ、そのまま言うのもなんだから意地悪言うことにした。
「え~ならば関係者パスちょうだいよ。たまには特等席で見たい。」
「ニャン♪」
「そうくるか。残念だが、関係者パスが残ってるのはそのリーフレットの日程じゃ、俺の地元、つまり長岡でのフェスしかない。猫はさすがに関係者の飼い猫でも入れないぞ。」
「チッ。」
「ニッ。」
「だからなんでネコが舌打ちしてるんだよ。」
『ぴんぽ~ん♪』
「ああ、またお約束のチャイムか。まあ、今日は創作してないから札出してないし、仕方ない。」
ワタシがドアを開けるとみっちゃんがずかずかと入ってきた。念のため、立ち入り禁止の貼り紙をしておこう。新たに客が来ても支度の邪魔だ。
「キョウさ~ん。あら?旅支度?」
「ああ、定例の夏の放浪をな。」
なるほど、夏フェスの時はそう言っているのか。ちゃんと覚えておこうって、来年は無いんだよな。
「キョウさんって売出し中の割には、いつも夏にふらっといなくなるわよね。」
「まあ、旅が趣味だから、兄さんは。」
「でも、ご実家へ帰るとかいう割にはのんびりしていない?ご両親が大変ならいったん帰って親孝行したら?」
ぎくっ!な、何か怪しまれているような?みっちゃんも女だ。女の勘を働かせているのかもしれない。
「それに駆け出しの身にしてはよく旅行行っているよね?お金あるの?」
「え?い、いや俺は安くあげてるから。」
「び、貧乏旅行、バックパッカーというものですよ。」
みっちゃんは支度している荷物を眺めながら追及を続ける。
「ふ~ん、こんなに楽器や機材持って?」
「「(やべえ)」」
なんだか、夏なのにひんやりした空気が駆け抜け、冷や汗が落ちてくる。ワタシはとりあえずフォローを続けた。十八番の出任せはどこまで出るか。
「そ、そりゃあ、ストリートやって路銀稼ぐのにギターはないと。」
「って、おい、路銀っていつの時代の言葉だよ。」
ワタシ達のやりとりに対してもみっちゃんは懐疑的な目を向けてくる。
「ふうう~~ん。」
あかん、疑いが晴れていないのは間違いない。よし!非常手段を取るか。私はタマに小声でつぶやいた。
「タマ、あのおねーさんにじゃれついたら、おやつのアサツキジャーキーを2割増しにしてやる。」
「ウニャ~~~!!」
ワタシのささやきを聞いた瞬間、タマがすごい瞬発力でみっちゃんに飛びかかっていった。
「きゃ~~!?」
「すげえ、アサツキが絡むと全速力でじゃれるな。さすが浅葱猫だ。」
猫嫌いを克服したとはいえ、全力でじゃれてくるのにはまだ慣れてないらしいみっちゃんはあっという間に逃げ出した。
「ふう、なんとかごまかした。タマ、でかした。」
「ニャ~ン♪」
「アッキーがいて本当によかった。それにしても、最近なんだか皆の態度が変だな。もしかしたらバレ始めてるのかもしれない。」
「いずれにしても秋まではあと少し。なんとか留守を守るわ。」
ワタシが胸を張って答えるが、ケイさんは冷ややかな目をしている。
「そう言いながら浅葱さんにはバレてたくせに。」
「あ、あれはあれで、け、結果的には双方に良かったんであって、あ、浅葱さん達の悲願達成したのだし。」
「本当に気をつけろよ、結果を出す前に浅葱に来られなくなるのは悲しいからな。」
「わかった、秘密は厳守するよ。じゃあ、このCDとかリーフレットも片づけておいておこう。」
「そうだな、いろいろ管理も注意しないと。元の世界の物も引き揚げたり、鍵付きの箱にしまわないとな。それから浅葱さんにも根回ししておけよ。」
「うん、ケイさんもなるべく早く戻ってきてね。」
一方、廊下では。
「♪今日も~貼り紙~♪俺は締め出し~♪あああ~廊下で立ち尽くす俺、ぬるくなるケーキ、絵にもならないかっこ悪さ~。って変な歌ができてしまったな。」
タカヒト君がドアの前で立ち尽くしているとドアが勢い良く開き、みっちゃんが飛び出してきた。
「え?!お、おわっ!みっちゃんかよ」
「じ、地獄の
「いや、ネコだから普通は襲うじゃなくてじゃれるだから。って“ばんびょう”ってなんだよ、それ。」
「あ~愛のイラスト差し入れしそびれた~。なんだか旅行行くとかいって大荷物だったなあ。ご両親が大変なのにいいのかしら?」
みっちゃんが悔しがると、タカヒト君も手をあてて考え込む。
「そういえばいつも夏にはいなくなるな。たっちゃんが来るようになってからはあの子が留守番してたけど。」
「急に活発になった創作活動に今回の不審な動き、なんかあるのかな。」
タカヒト君はさらに思い出したように推測を続ける。
「こないだのたっちゃんのセリフ…教えてもらえない引っ越し先…あれらは関係あるのか?」
みっちゃんが気が付いたように右手の紙を眺めた。
「そういえば、どさくさにまぎれてこのリーフレット持ってきちゃったけど、新潟県って“長岡市”って地名ないよね?」
「“ケイ”??写真はキョウだけど、なんだこりゃ?」
…ココは浅葱町。一応、異世界。
似てるとはいえ、異世界。地名が違う地域がいくつかあること、そしてリーフレットが一枚無くなったことにはワタシ達はまだ気付かなかった。
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