5-16 それぞれの葛藤と疑惑

 ココは浅葱町。一応、異世界。

 相変わらず、ノートPCを広げてこっちの投稿サイト『カキヨミ』で投稿する用の短編を執筆してます。やはりこちらの世界ではネーミングが微妙に違うのね。息抜きも兼ねてアパートではなく、花月堂の店内で粘ってます。

「うーん、ここでレイカはダッシュさせて…いや、『駆け出した』で、いいかな?スバルをどうやって追いかけさせるかなあ。二人は付き合ってはいないから、同時に探しに行かせるのはつじつま合わないし、うーん。」

「達子さん、お茶のお代わりはいかが?」

「あ、すんません。長居しちゃってるのにお代わりまで気遣ってもらって。」

「いえいえ。引っ越しまでに書き切るつもりなんでしょ?できる限りサポートしますよ」

「浅葱の人って優しいなあ。じゃ、お代わりだけじゃ悪いんであんみつセットを追加で。」

 そこへタカヒト君が何かのケーキを盛ったトレーを持ってやってきた。

「たっちゃん、試作品ケーキなら無料だよ。」

来たか、変態ケーキ職人。さすがにここにまで来てゲテモノケーキは勘弁だ。ここは毅然と断ろう。

「悪いが、今はとってもあずきと寒天と緑茶の気分なんだ。ペコさん、ちゃんとお金払うから構わず“フツー”のあんみつでお願いね。」

「そ、そんなあ。」

タカヒト君はダメージ受けているとアサツキ三人娘が援護するように話しかけてきた。

「お姉さま、タカヒト様に冷たいですわね。」

「引っ越し前に何焦ってるんですかあ?」

「喧嘩でもしたん?」

「出た、アサツキかしまし娘。」

そっか、今日は土曜日だから部活帰りなの。

「なんか、形容詞が増えていらっしゃるような…。」

「そんなにかしましい?」

「普通だと思うけどな。」

 …女三人揃って姦しいとはよく言ったものだ、ってどこまで三人1セットでしゃべるんだろ?

「とにかくあれでは、タカヒト様が可哀そうですわよ。」

「引っ越し後も付き合うんでしょ?」

「遠距離になるんだっけ?」

「…遠距離どころじゃないんだけどね。引っ越し先はちょっと言えないんだ。」

アサツキ三人娘は不思議そうに顔を見合わせた。

「言えないとは何ですの??」

「何かワケありとか?」

「ま、まさか彼氏捨てていくんですか?!ひどいっすよ!」

「いや、そもそも彼氏でもないんだが。まあ、ちょいとね。」

これ以上はさすがに言えない。異世界に戻るなんてラノベ読みの世代である彼女らだって信じがたいだろう。

「へ?なんですか、そのもったいぶった言い方は?」

 三人がさらに問い詰めそうになったので、まずいかなと思った時、ペコさんがセットを持って私の前に戻ってきた。

「ほらほら、三人とも執筆の邪魔しないの。はい、あんみつセットです。」

「ありがと、ペコさん。ホント、ここのお菓子もあと少しなんだなあ。多少太ってもいいからたくさん食べておこうっと。」

「気に入ってもらえて何よりですわ。」

「たっちゃ~ん、試作品も食べ納めしていってよ。」

 またもタカヒト君がケーキを盛ったトレーを持ってやってきた。冷たくしても懲りないやっちゃなあ。もっと冷たくするか。

「いらんわい。せっかくの息抜き&執筆タイムになんで得体のしれないモノ食べなくてはならんのよ。」

「そ、そこまで冷たくしなくても。今日は普通に和風の小豆ケーキに抹茶ロールなのに。」

「そこに何かプラスアルファしてるのがタカヒト君クオリティでしょ」

「そんなあ、単に和風感を出そうと味噌としょうゆとかつおだしにシイタケ茶を少々入れただけだよ。」

「…なぜ全部一緒にするかね。とにかくいらん!」

「ええ~…。」

タカヒト君はあからさまにガッカリしているが、気にしてられない。ワタシは時間が無いのだ。

「以前は平気で召し上がっていらしたのに。どうなさったのかしら?」

「タカヒトさんも可哀そうねえ。」

「でも、さっきも断られてるのに、懲りずに突進して砕けてるとこ、タカヒトさんってM?」

「プッ」

「あははははは。タカヒト様がえ、Mって。」

「きっとドが付くMだよ~。」

「私たちの知らない世界知ってるんだ~。あ~はっはっは。」

 …アサツキ三人娘が勝手な推測してるなあ、タカヒト君はドMだったのか。ま、いいか。あんみつ食べ終えたら執筆続行だわ。

「ううう、やはり最近のたっちゃんは変だ。ケーキ拒否るわ、執筆もあんなにムキになるわ、アッキーを一回手放そうとするわ、謎の発言はするわで。絶対何か裏があるよな。

 …そういえば、引っ越し先を言わないことと、こないだの“私の世界”発言と何か関係あるのかな?」

「タカヒト君、あれこれ考える前にドM認定されてることを先になんとかした方がいいんじゃない?それに給仕は私の仕事なんだからもう戻りなさいよ。」

 そのころ、アパート残留組は。

「また、夏のフェスの掛け持ちでいなくなるんだよなあ、俺。そろそろここでの誤魔化し効かなくなるかな。って俺って、なんか最初のころより影薄くなってる気がする。」

「ニャ~」

 何やら存在意義に悩んでる者1名。

「引っ越ししてしまうなんて、キョウさん。私に何も相談してくれないなんて~。

 あ、梅雨明けしたからまた留守がちになるから、沢山会いに行かないと!

 …でも、なんで夏にいつもいないんだろ?」

 疑問を持った者がここにも1名。

 …ココは浅葱町。一応、異世界。少しずつ何かが動きだしているのにワタシは気付かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る