5-14 ワタシ、伝令を務める

 ココはS市。ワタシの住んでる元の世界。

 気が重い課題がもう一つ残っているので、そちらを片付けに行くことにした。

 目的地にたどり着き、いつものようにチャイムを鳴らす。慣れているはずなのに今日は心臓がバクバクとする。

「はいはい。あら田中さんですか。」

「はい、敬…栄太郎さんいらっしゃいますか?」

「どうぞ、どうぞ。待ってましたよ。」

 この町の影の町内会長としていた石垣栄太郎さん。彼の正体は異世界では名士の跡取りでもあった浅葱敬一郎。父である浅葱町の名士、浅葱英一郎との衝突でワタシの世界に飛び出し、理由は定かではないが帰れなくなってしまっていた。

 ワタシが正体に気付き、探し当てたものの敬一郎さんは高齢であることや、こちらの世界に家族など生活基盤があるため、浅葱に帰ることは望んでいない。以前、手をひいてあの建物を通ったら浅葱には着かず、元の世界のままだったことがある。

 そんな事情があるため、ワタシが浅葱家とのメッセンジャー役を担っている。

 もちろん、同居している息子である町内会長一家はそんな事情や正体などは知らない。

「いやあ、田中さんが来てから父は穏やかになりましたよ。あんなに頑固で友人の一人もいなかったのに。これも田中さんという茶飲み友達ができたからですかねえ。」

「は、はあ。いろいろアサツキの栽培とか教わってますし。」

「じゃあ、今連れてきますので待っててください。今、かみさんにお茶を持ってこさせます。」

 そうして運ばれたお茶菓子は会長の奥さん手作りのアサツキ入り水羊羹だ。

「お義父さんはアサツキが好きでねえ。なんでもアサツキ入りにさせて、私に作らせるのよ。口に合わなかったら残していいですからね」

「…いえ、アサツキには慣れてますからお構いなく。」

「あら、お義父さん以外にもこんなもの好きな方いるのかしら?」

「えへん」

 夫人の後ろから大きなせき払いが聞こえてきた。会長に支えられてきた影の会長、敬一郎さんだ。いや、こちらでは栄太郎さん。

「あ、あらお義父さん。じゃ、私はこれで。」

 夫人と会長がそそくさと部屋を出ていくと、私は敬一郎さんと向き合った。

「ども、信次郎さんからの手紙と写真です。あとで動画も再生しますからね。」

「おお、いつも済まないの。弟や又甥達は元気そうじゃな。」

「はい…。」

「それから田中さん所の浅葱猫、えーとアッキーじゃったかな?この数日見かけないがどうしたんだ?」

「…。」

「あ、悪い事を聞いたかな?病気になってしまったのか?」

 ワタシは口を開けず、沈黙が続く。外はどんよりとした天気で薄暗い。それが余計に重苦しさを増している。

「…ごめんなさい、敬一郎さん。今日は辛いお知らせを持ってきたんです。」

 そうして、浅葱邸が秋に取り壊しになること、タマは故郷の浅葱町に残した方が幸せではないかと考え、浅葱家に託したことなどを話した。

「せっかく、せっかく、こうして浅葱さん達と知り合えて、敬一郎さんと連絡取れるようになったのに…。事情が事情だけにどうしようもないから悲しくて…。」

「それもまた天命じゃ。形あるものはいつかは滅する。」

「ですが…。」

「わしは帰れなくなり、浅葱敬一郎の名前も捨て、絵も描けなくなった人間だ。もう二度と浅葱の名前を聞くことも無く天寿を全うすると思っていた。

 しかし、最後の最後でこうして父のその後を知ることができて、弟達と連絡が取れて長年のしこりが取れてわしは幸せじゃよ。田中さんには本当に感謝しておる。」

 やはり激動の人生を送っただけあって、敬一郎さんは達観している。

「敬一郎さん…。」

「田中さんもその残された期間で、あちらで小説を発表するのだろう?浅葱に通ってるケイという青年共々力を尽しなさい。わしがいなくなった後にかなり芸術振興に力を入れているようだから、存分に発揮できるはずだ。」

「ありがとうございます。浅葱へ行けなくなるという話で敬一郎さんをいかに励ますかばかり考えていたのに、逆に励まされてしまいました。」

「わしも高齢だ、いずれはあの世から迎えがくるしな。天国は異世界と共通であって欲しいものだ、父上に会えれば良いのだが。」

「そ、そんな事言わないでください。信次郎さんから浅葱家は代々長寿の家系と聞いてますよ。」

「ははは、年寄りの独り言じゃよ。それからアッキーの件じゃが、わしの記憶が正しければ浅葱猫は少し変わっていたはずじゃが。」

「はい、もうアサツキ食べまくりですので、我が家にはアサツキを常備してあります。」

 そう答えると敬一郎さんは少し首を傾げるように言った。

「いや、それだけではなく、確かもっと、こう…。習性も普通のネコと違ったような。うーむ、浅葱家に預けてきたのが、なんかひっかかるんだが。」

「確かに叱ったりすると理解してるような素振りしますし、返事もしますね。普通のネコは言うこと聞かないと言いますし。で、習性ですか???」

「まあ、また浅葱町に行った時にわかるじゃろうて。」

 なんだろう?総一郎さんも似たようなことを口走っていたな?やっぱり浅葱一族だ、言い回しまで似ている。

 …ココはS市。ワタシの住んでいる元の世界。

 こうして、敬一郎さんに打ち明けることができたのでした。

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