5-10 逡巡するワタシ
確か、「文芸
…あった。締め切りが3ヶ月後、発表が7ヶ月後。なんてこったい!浅葱を去るタイミングギリギリだ。他にも応募できそうなものを探してもいいが、複数のプロットを同時進行するほど器用ではないからこれ1本に絞るしかないだろう。
そういえば、ケイさんはどうするのだろう?元の世界でも活動はしているし、ツアーだってある。ワタシよりはるかに元の世界で結果は出しているけど、反面浅葱ではハンデとなっている。
そう考えるとワタシの方が恵まれてるのかな?
「その通り。たっちゃんの方が恵まれてるな、そういう意味ではな。」
「け、ケイさんエスパーですか?!考えてることに相槌をうつなんて!」
「…独り言を言ってる自覚持てよ。おれ、またツアーでいなくなるからスケジュール立て直さないとな。最後のひと月はココに居られるようにするよ。」
って、ワタシはまた独り言を言ってたか、いかんいかん。
「ケイさんはこの世界でどういう成果を残すの?」
「そうだな…滞在期間の短さを考えるとココで認められてメジャーデビューするといろいろ面倒だし。単独でライブを開催して客を自力で集めることにしようと思う。あとはインディーズでCD出すか。」
「…以外とあんまり進展してなかったんですね。」
まあ、確かにここではお菓子ばっかり食べてた気がする。このお菓子大好きオヤジがと罵倒していたっけなあ。
「元の世界でも、売れるまでには結構かかったぞ。苦しくて壁食ったりな。」
「か、壁…ですか。もはや食材ではないですな。」
「まあ、ココにはあちこちにアサツキが生えてるしな。壁には手を出さずに済む。」
…ってことは街中に生えてるアサツキにしょっちゅう手を出しているな、こりゃ。って、妻子を養ってるんでしょ!アサツキに手を出すほど困窮してんですか、アンタは!?
「さ、明日から忙しくなるな。今夜は遅くなってしまったから早く寝ようぜ。寝袋はあるし、そっちの鍵付きの部屋使っていいぜ。」
「わかった、バリケード築いて寝るわ。」
「人の話、聞いてる?」
昼と夜でこんなに急転直下するなんて。異世界が身近にありすぎて反って馴染みすぎていた日々。浅葱町のおかしくも優しい面々。アサツキだらけのトリッキーな街。なんかズレてる突飛な街。
ワタシの世界とのズレが楽しくて、異世界という非日常がだんだん日常になっていった日々。タマも拾って、浅葱猫ゆえに騒動起こしたなあ…。
…本当にタマを置いていかなくてはならないだろうか。ケイさんの言う通り浅葱さんの家なら引き取ってくれるだろう。行方不明の大伯父を探した借りはあるからね。
でも、それだけで悩んでいるのではない。いろんなコトがぐるぐる頭の中を回ってしまい、かえって寝付けない。
結局、その晩は眠れなかった。こんな時はあそこに限る。
「カラン♪」
ペコさんが明るく挨拶をしてくる。
「いらっしゃいませ~。あらご兄妹二人お揃いですか?」
「火山口のように熱くて濃いコーヒー付きのモーニングセットを一つ。」
「ワタシも鬼のように濃くて、地獄の釜並みに煮えたぎったコーヒー付きのモーニングレディースセットを一つ。」
ペコさんはワタシ達の注文にドン引きしているのがわかる。浅葱なら通常モードだと思うのだが。
「…うちのコーヒーはそんなに人外のモノを作ってませんよ。お二人ともタカヒトさんの感性にやられてません?」
「いえ、ちょっと小説の執筆に精を出したら寝不足に。」
「俺は曲が閃きまくって書いてたら、いつのまにか夜明けに」
「はあ…二人とも頑張ってますね。じゃあ、何かサービスしますね。」
「ああ~眠みぃ。しかし、花月堂ってお菓子だけじゃなかったんだね。」
「ああ、最近は『朝ごはんになるバームクーヘン』とか置いてるからモーニングもある。」
「さてと、これからの指針を決めますかね。ワタシは「
「俺は曲作りとCD製作とライブへの準備と。あと浅葱の荷物の片付けだな。」
「タマは連れて行きたいんだけどな。」
ワタシは諦め切れずに、タマを連れて行きたいと願って口に出す。
「しかし、アッキーの故郷はここだぜ。」
「でも、外国から輸入されて日本で育つ猫だっているし。アサツキ無しでも途中までは育てていたし。」
「しかし、アッキーの無類のアサツキ好きは見てわかるだろ?俺たちの世…街にはあまりないぜ。好物が食べられないなんてかわいそうじゃないか。」
「うううう…嫌だよぉ。子猫のときから拾って面倒みたのに捨てるなんて。」
「捨てるんじゃなくて、浅葱さんに引き取ってもらうんだって。」
二人でワーワー協議しているところへ、ペコさんがトレーを持って現れた。
「お待たせしました~火山口のように熱くて地獄の釜並みのコーヒー付きのモーニングセットお二つで~す。」
「何もそのまんまの形容詞にしなくても。」
「まあ、まずは食おうぜ。話は後でもできる。」
「はいはい、いただきま…。ペコさん、モーニングセットなのになんでデザートが付いてるの?」
「しかも、なんか見たコトあるようなデザートだよな…。」
「ああ、それはタカヒト君からのサービスです。」
その時、タカヒト君が朝からテンション高そうにいつもの満面の笑みでやってきた。
「やあ、おはよう!たっちゃんにキョウ。珍しいね~朝から来るなんて!張り切って特別に試作品を作ったから食べてよ。モーニングに合うデザートを考えてたんだ。」
「モーニング…。確かに朝ごはんの素材だけどさ。」
「辛子明太子ソースのプリンなんてあさっての方に向いてないか?タカヒトらしいが。」
二人して固まっていると、ペコさんがそっと耳打ちをして謝ってきた。
「ごめんなさいね、ホントはフルーツゼリー付けようとしたんだけど。タカヒト君が急遽張り切っちゃって「コレ!」と押し切ってしまって。」
…ココは浅葱町。一応、異世界。
明太子プリンの複雑怪奇な味がこの街での最終活動への始まりを告げるサインだった。
「嫌だよう…始まりのサインがこんな味なんて。」
「俺だってカッコ良くブラックコーヒーの苦味で始めたかったわい。」
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