5-8 定められた期限

「旧浅葱邸の取り壊しって…一体どういうことですか?!」

 思わず食事中なのを忘れてワタシは立ち上がって叫んでしまった。総一郎さんが説明を始める。

「実は先日、町から各所にある浅葱家ゆかりの建物の耐震検査をしたところ、あの旧浅葱邸は震度6以上の揺れには耐えられず、さらに内部の腐食が進んでいたため修理にかなりの費用がかかるとの報告が来ました。予算と安全管理の面から取り壊しが町議で決定したそうです。」

 そ、そんな!呆然としていると総一郎さんは話を続けた。

「浅葱家としては反対したのですが、いつ倒壊するのかわからない、犠牲が出てからでは遅いと言われては同意せざるを得ませんでした。」

 信次郎さんも残念そうに話を継ぐ。

「わしもせっかく兄さんと連絡が取れるようになったのだから反対したのだが、なんせ異世界の兄のことは公にはできないし、信じてはもらえまい。強くは反対できなかったのじゃ。」

「で、でも移築とかはするのでしょう?」

 せめて建物が残れば、こちらに来れるかもしれない。と言うか、そうじゃないと困る。

「それが…。」

 総一郎さんはとても言いにくそうにしている。

「今まで旧浅葱邸だけ放置に近い状態にしていたのが裏目に出たのじゃ。」

 信次郎さんが言葉を継いで話しはじめた。

「誰が来てもいいように、年中開放、新館に比べて寂れさせて人目につきにくいようにしてきたのがいけなかったのじゃ。

 その結果、手入れが行き届き人が頻繁に通っている新館とは対照的に旧館は老朽化が進んでしまった。

 それに寂れさせた影響もあって、町の中の重要文化財のランクも旧館だけDと低い。維持費がかさんで財政の苦しい町にとっては、入館者数が低くて経費がかさむ旧館取り壊しは経費削減の格好の機会なのだよ。」

「え…では…。」

「新館は補修するそうだが、旧館は再建をしない、公園などの緑地にする予定らしい。」

「そ、そんな…。」

 旧館はワタシの世界とこの世界を繋ぐ通路のようなもの。それが失われるということはワタシやケイさんはもうこの街へ来ることができなくなる?!皆とも会えない!?敬一郎さんはどうなる?!

 ワタシが呆然としていると、総一郎さんが話を続けた。

「精一杯抵抗してみましたし、浅葱家が買い戻す事も検討しました。しかし、交渉が挫折してしまい、取り壊し予定日を延ばすことしかできませんでした。本当に申し訳ありません。」

 動揺しているワタシに気を利かせたのか、食後の飲み物とは別に紅茶が運ばれきた。震える手で紅茶を飲み、それから少し深呼吸をして落ち着きを取り戻した後にワタシは尋ねた。

「…いつ、取り壊されるのですか?」

「秋の観光シーズンが終わる頃にそれぞれ閉鎖して修復・取り壊しが行われます。期限は11月30日。ギリギリ延ばしてもらいこの日になりました。」

「…すまない、達子さん。非常に心苦しいのだが、兄にこの事実を知らせてくれないかの。」

「…はい。」

 …あと7ヶ月。ワタシは一体どうすればいいのだろう。まずはケイさんに知らせないと、一刻も早く。

 相談だけではない。浅葱に来られなくなるというとても重たい事実がワタシにのしかかり、その重みを分散させたかった。

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