2-6 とりあえず、現実逃避
「うううう、初日からこんなに波乱続きなんて。つ、疲れる。」
精神安定剤代わりのカルシウム錠剤をかじり、緑茶を飲みながらワタシはぼやいた。確か、緑茶はテアニンという物質が入っていて、精神安定にいいとかなんとか。
「飲むというより、カルシウム剤をラムネみたくかじってないか?」
「だって、たくさん飲まなきゃやってられん。カルシウムサプリだから食品だしい。緑茶は飲料だしぃ。ええい、お茶をもっと摂取させろぉ!」
そう言いながら、ワタシはお茶っぱを取り替えて新しいお茶をセルフで入れていた。
「かなり、やさぐれてるな。ま、慣れなければそうかもな。」
サトシさんはあのまま警察に引っ張られていった。ただ、警官が「なんだ、また君か。」と言ってたのがひっかかる。
「またお説教2時間コースだな、アイツ。」
ケイさんもセルフで緑茶を入れ直しながら、付け足した。
「“また”って常習犯ですかいっ!なんなんですかっ!あの人っ!」
思わずずっこけてしまい、ワタシは力一杯反論してしまった。
「アイツは横着なのか、よく着替えないで帰ってくるんだよ。」
「普通は衣装ってその場で返すんじゃないの?でも、常習犯ってコトは殺される役ばっかなのね。」
「まあ、まだまだ駆け出しの役者だからな。ホラー映画の撮影の時は頭に斧が刺さったままだったな。その時は周りはドッキリと思って反って騒ぎにはならなかったけど。」
…もはや突っ込む気にもなれない。
「いつだったか、殉職した刑事役の格好のまま帰ってきたときは、ほら、ナイフが刺さって『なんじゃこりゃー!!』とやった俳優、誰だっけな、そいつのマネばっかしてやかましくて…。そういや、オレもMVで殺される役の時はそれをしたら怒られたな。」
「………サトシさん、芸能界より警察界で有名になるほうが早そうな人ですね。」
「さて、そろそろ両方の世界共通の新曲を作るかな。」
そういうとケイさんははギターをいじり始めた。なんかこのトリッキーで変な住人が多いこの世界で飄々と活動している彼もただ者ではないなあ。
ワタシはどうしよう?小説の構想くらいは練りたかったんだけど、いろんなコトが重なってもう疲れた。ギターの音も気になっちゃうし、とりあえずさっき買った本でも読もうか、出掛けてみるか。
…その前にワタシはこの異世界で果たしてやっていけるのだろうか?
いかん、せっかくのチャンスなのに。初日からこんなネガティブでは。やはり外の空気を吸おう。
そう考えたワタシは図書館へ行くことにした。
「ちょっと図書館へ行ってきますね。このポケット地図を借りますね。」
このアパートには固定電話が置いてあり、電話機のそばにタウンページとポケット地図が置いてある。きっとケイさんも最初の頃の探索に使ったのであろう、ふせんが貼られており、書き込みがたくさんされていた。
地図を見るとこのアパートからは図書館へは徒歩10分くらいっぽい。旧浅葱邸や商店街も近いから立地はいい方だ。ただし、駅からはバスを利用しないといけないからサラリーマン的には不便な場所ようだ。
そう言えば、サトシさんも『バスも利用したけど。』と言ってたな。だから家賃が安くて駆け出しの人が集まるのかな。
「じゃ、行ってきますね。」
「おう、帰りにパン屋にでも寄って適当に明日の朝飯を買ってきてくれ。」
「…やはりアサツキパンなんか置いてあるんですかね?」
「それは見てのお楽しみだ。」
またあのニヤニヤ笑いだ。ってことはあるのだな。
そうしてワタシはアパートを出て歩き始めた。花壇にはアサツキが植えてあるが、電柱の広告もよく見ると浅葱色だ。よく考えれば浅葱って色の名前でもあるのよね。はあ、歩けばアサツキに当たるくらい濃い町だが、変わった人も多い町だ。
しかし、この時、この「変わった人」というキーワードが自分にも降りかかるとは思ってもいなかった。
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