2-7 ワタシ、アサツキを受け入れる?

 図書館へ着くとシキブ姉さんはお休みらしく不在だった。改めて見回すと図書館の職員も一目で変わっているとわかる人が多い。アサツキをイメージしたと思われるシュシュをしたお姉さんや、動きが妙にリズミカルなおじさんなど目立つ。そうでなくてもコスチューム…もとい制服でもないのに服装が浅葱色の人も多い。

 …突っ込み入れるには今日はエネルギー使い過ぎた。この町の人間ではないから貸出カードもないし、今日の新聞を読んでパン屋で頼まれていたご飯を買うかな…。そうだ、また記事にアサツキが出ると構えて読まないとならないな。

『アサツキ泥棒にご注意!海外から出稼ぎに来たブランドアサツキ窃盗団を警戒』

 …なんだよ、アサツキだけの窃盗団って。海外からのって、いや、犯人は絶対に内部浅葱町の人間犯行でしょ。

 はっ!いかんいかん、ちゃんと普通に政治経済なんかでも…。

『アサツキ普及対策にアサツキ助成金を検討へ』

 いや。助成金なんぞ無くても町中にアサツキ植えまくりですやん。

『アサ…。』

 うわああ、今度はなんだっ!

『アサミ・マリカ新作の舞台…』

 あ、なんだ芸能人の記事か。いかん、アサの字だけで過剰反応している。早めに引き上げてパン屋へ行こう。


 商店街の中ほどにあるパン屋「Asa’s bakery」へ立ち寄ってみた。きっと店名のAsaもアサツキのアサのような気がする。い、いやきっと店主が浅見さんとか朝田さんに違いない。気を取り直して、まずケイさんに頼まれた朝ごはん用の食パンを…。

『アサツキ食パン 6枚 ¥324』

『イギリスブレッド(アサツキ) 6枚 ¥432』

 …やっぱアサツキか。もうここまで来ると諦めて受け入れよう。ケイさんの分だけアサツキ系パンで固めてしまえとやけっぱちになって買い物をしていく。

 アサツキ焼きそばパンとアサツキコロッケバーガーにアサツキコロネと何種類かチョイスする。余ったらおやつにでもお昼にでもしてもらえ。男の人がどのくらい食べるのかわからないので、かなり多目になってしまった。

 行きよりもさらにぐったりしてワタシはアパートへ戻る。

「ただいまでございます。仰せのパン@アサツキモノを購入して参りました。」

「どうだった?」

「…ワタシの分はアサツキモノは避けました。こっちがワタシ、こっちがケイさんの分です。」

「どれどれ、ちょっと多いな。やるよ、ほら。」

 ニヤニヤしながら彼はアサツキ焼きそばパンやアサツキコッペパンをワタシのレジ袋に詰めていく。

「うわあああ!もうアサツキは勘弁してえ!」

「んなこと言ってると浅葱でやっていけないぞ。」

 そうやってドタバタしているうちに夕焼けチャイムが鳴り、既に夕方5時になってる事に気づいたので今日は帰ることにした。

「じゃあ、もう夕方だし、浅葱邸も閉館しちゃうからこれで直帰しますね。また来週に来ますんで、皆には誤魔化しといてください。今度、兄妹の設定を細かく詰めましょう。」

「あそこは開館とか閉館はあってないようなもんだぞ。通用口はいつも開いてるし。」

 えー、なんてアバウトな管理なんだ、浅葱邸。いや、浅葱町の管理がいい加減なのか。

「いや、アバウトだからこうして気楽に行き来できるんじゃないか。」

 それもそうだなと、ワタシは納得した。

「そっか。まあ、今日はこれで帰りますわ。お疲れ様でした。」

「アサツキパンは持ってけよ。」

 …ちっ、忘れたふりしようと思ったのにダメだったか。

 外に出ると夕焼けが見えるが、西の空に雨雲が見える。こちらの梅雨の晴れ間が終わることを予告しているようだ。ふう、こうして見ると浅葱町ものんびりして緑が多くていい町なんだけどな。…

 でも、緑は緑でもアサツキの緑だから、やっぱ変な世界だ。

 ああ、もう引っこ抜いて今夜の冷奴の薬味にして、なおかつ味噌汁に浮かべてしまおうかしら。持って帰れば食費浮きそうだし。いや、パンだから味噌汁や冷奴は…和洋折衷もありだな。

 そんなセコいことを考えながら歩いているとみっちゃんと会った。意外と狭い街だが、旧浅葱邸に行くには商店街を通るし、アパートから近いため彼女も買い物中なのかもしれない。

「あら?どこ行くの?」

 元の世界に帰る、なんて言えない。ワタシはちょっと間をおいて答えた。

「ええと、兄さんに説得されて、いったん家に帰ります。」

 みっちゃんは顔が心なしか嬉しそうになった。わかりやすい人だ。

「そう、帰るの。やっぱり、親子ゲンカはよくないですものね。」

「でも、父さんに内緒で小説を執筆したいんでこれからも週末はアパートに寄りますが。」

「チッ、二人きりになれないからキョウさんに近づけないじゃないの。」

 …女ながら女って恐ろしいどす。

「え~と、まあ、だからあのアパートの『駆け出しクリエイター』の準会員ですね、ワタシ。」

「え?ああ、そうね。よろしくね」

「こちらこそ。」

 …ココは浅葱町。一応、異世界。トリッキーな住人が多いこの世界、裏を返せはネタが豊富な街なんだなとポジティブシンキングに行こうと思うワタシなのでした。

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