第3章~浅葱邸の謎を追え!~

3-1 浅葱邸の謎を追え!いや、その前に逃亡だ!

 ココは浅葱町。異世界の街である。

 異世界と言っても魔法やドラゴンやスライム、オークやゴブリンなどはいないし、文化や経済もワタシが普段暮らしている町とほぼ同じ、平成の日本だ。まあ、早い話が異世界モノ王道はこちらには無い。大体、異世界=中世ヨーロッパで魔法やドラゴンが出て転生した俺様チートだTUEEE!なんて安直な異世界ばかりではなく、一つくらい平成日本の異世界があってもいい。…いや、正直に白状すれば最初は魔法が無くて、ちょっとがっかりしたけどさ。浅葱ここの異世界らしさというとアサツキだらけなのと、変わった人が多いところだろうか。最初は戸惑ったが、3ヶ月も通ってるとさすがに慣れてきた…はずだ。

 話を戻すと、既にこの世界を行き来していたアーティストのケイさんこと長岡京ナガオカケイさんの仕事部屋を間借りしてこの世界では「物書きのタマゴという名前のフリーター」として通している。

 同じく異世界で自分の歌がどこまで通用するかを試しているケイさんとは「腕試し仲間」と言ったところだ。

 主に週末を利用して元の世界のある建物を通過して浅葱町異世界へ来てワタシはせっせと執筆活動をしているのである…ん?

「ケイさん、この町ではあの建物は文化財の浅葱翁のアトリエでしたよね?うちらの世界ではあの建物はどんな扱いになってるんでしょ?」

 ワタシは原稿用紙を書いていた手を止め、ケイさんに尋ねた。

「あ~、そういえば、あんまり考えたコトなかったな。」

 彼はこちらに背を向けたままギターをいじりながら答えた。彼は今度、CDをこちらの世界で自主制作で出すことになり曲を作ってる最中だ。あちこちにメモや楽譜が散らばっている。

「え~、考えたことないってそんなアバウトな。」

「人のこと言えないだろ、今まで気づかなかったのはお互い様なんだから。」

 こちらを振り向きもせずに彼はギター以外にもアンプなどいろいろいじり続けている。

「そりゃあ、そうなんだけど。」

 ワタシは痛いところを突かれて言葉に詰まってしまった。確かにずっと考えてなかった。

「ちょっと話しかけないでもらえる?忙しいんだから。」

 そういってケイさんはギターをちょっと手にしたかと思うと、ゲームのコントローラに持ち替えた。

「忙しいって、さっきから見てればギターよりゲーム機いじってる時間の方が長いんですけど。」

 ワタシは冷ややかに突っ込む。よく見るとケイさんのそばにはギターや楽譜だけでにくゲーム機及びソフトが多数。ギターをちょっといじったかと思えば、いつの間にかコントローラーを手に取り、ギターではなく電子音が響いてる。比率としてはギターが3、ゲームが7と言ったところか。

「そうだよ、後少しでラスボスが倒せるんだから。浅葱こっちのゲームはかみさんにバレるとめんどいから家に持ち帰れないし、あとお菓子食べなきゃならないからすんげー忙しいんだよ。」

 突っ込みどころ満載の忙しさだな、おい。

「ど~いう忙しさですかっ!週末しか来れないワタシの方がよっぽど忙しいわい。」

 ぶつぶつと不満を流すと彼は反論してきた。

「そういうたっちゃんこそ、原稿用紙より資料と称する本や雑誌に向かってる時間が多くない?」

 さらに痛いところを突いてくるな、この人。確かに逃避ばかりしているが、ゲームばかりしている奴に言われたくない。

「う…。ええい、スケジュール変更!ケイさんの忙しさを一つ取り除きますっ!!」

 そう高らかに宣言し、ゲーム機のそばにあるおせんべいの袋を破く。

『バリバリッ!』

「ああ~俺のパリっこせんべいアサツキ味噌味が~!!」

 彼の嘆きが聞こえるが、それでもコントローラを離さない。ある意味ゲーマーの鏡だ。

「いちいち商品名をフルネームで言わんでよろしいっ!!ったく締切に間に合うんすかね。」

「いいんだよ、締切は2~3日遅れても。向こうもわかってるし…って、あ~~!やられた~~!」

 なんかやかましいが、気にせずにワタシはせんべいをかじりながら、資料を調べ続けた。

 この町に来たての頃、少し調べたものの、浅葱邸については他のことに気をとられてきちんと調べていなかったのだ。この町の歴史やあの建物を少し本腰を入れて調べてみようと思い立ったのは、小説の舞台にしようと閃いたからだった。

「図書館に行ってくるか。学芸員のシキブ姉さんも歴史に詳しいし何か得られるかな。それにしてもこのアサツキ味噌せんべい、なかなか美味しい 。」

 なんだかんだでワタシもアサツキモノに慣れつつあるな。まあ、元の世界のネギ味噌とほぼ同じなんだけどさ。

「ああ、全部食べるなよ。それ、人気あってなかなか手に入らないのに。浅葱町こっちでしか売ってないんだから」

 ゲームをしながらケイさんは嘆いてるが、ワタシは構わずせんべいを食べ続ける。

「やかましい、お菓子大好きオヤジめ。それに毎回毎回、来るたんびにタカヒト君の怪しいケーキで糖分過多になってんのだから、少しくらい塩分が欲しいのっ!」


『♪ぴんぽ~ん』

 気のせいか、不吉な響きのチャイムだ。このパターンは…。予想通りの声がインターフォンから聞こえてきた。

『ちーっす。タカヒトだけど、たっちゃん居る?試作品のイカの塩辛タルトを試して欲しいんだけど。』

 なんつータイミングで来るんだ、あの男。しかも、えげつない食べ物の名前も聞こえてきたが、気のせいだと思いたい。

「ほら、たっちゃん。望んでた塩分だぞ、どうした?」

 ええい、かくなる上は逃走だ!

「…べ、ベランダから抜け出すからケイさん、ごまかしといてください。ここが一階で良かった。」

 そう言い終わらないうちにワタシは、ベランダのサンダルをつっかけてひらりと飛び降りた。さ、あとはダッシュだ。羽織るものはないが、10月でも今日は日差しが強めだからなんとかなる。

「ちょっと待て~~!パリっこせんべい持ってくな~!返せ~!!」

 後ろから悲痛な叫びが聞こえるが気のせいだろう。

 こうしてワタシの浅葱町の歴史探索が始まった。期待と希望でワクワクと足取りは進む。

 …手にはせんべいと袋、足はベランダのサンダル履きという怪しいカッコであるが、まあ気にしないでおこう。

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