3-2 ワタシ、早速行き詰まる
そうやってケイさんから奪ったせんべいを食べながら歩いて、ストックが尽きた頃、図書館に着いた。相変わらず花壇にはアサツキが植えてある。やっぱ引っこ抜いて今夜の豆腐料理の薬味にしようかしらね。
館内のカウンターには相変わらずシキブ姉さんがいて、こちらに気づいて声をかけてきた。あだ名の由来は名札の
「あ~ら、フリーター兄妹の妹の方。今日は兄貴はいないのね。どしたの?」
この世界ではケイさんのアパートに堂々と入り浸れるように彼とは異母兄弟というコトにしている。って言うか、ここまで情報が伝わっていることに田舎ネットワークが怖いと思えてくる。
「相変わらず実もフタもない言い方ですな、シキブ姉さん。小説のネタに浅葱邸を調べようと思って。」
「だからシキブじゃなくて
「え~と、確かあの建物は旧館のアトリエと聞いてるけど?」
「旧館とはまた寂れた地味な物を題材にするわねえ。もしかしてミステリ物を書くの?」
「え?」
なんでそう思ったのだろう?シキブ姐さんはワタシの答えを待たずに続けた。
「あそこは神隠しが起こった曰く付きの館なのよ。」
「…そ、そうなんですか。」
まさか、その神隠しの真相を知っているとは言えない。
「逆に異世界から来た人という話もあるけど。」
ワタシはギクリとした。まさか彼女も目の前にいるフリーター女が異世界の人間とは思っちゃいないだろう。
「と、言っても昭和の初期の話だから、華族と偽ってパーティに潜り込んだ人がばれたときに誤魔化したという説が有力なんだけどね。庶民とばれるより異世界の住民と言う神経が判らないけど。」
うーん、自分のこと言われてるようなむずむずした気分だ。
「異世界の人間と言うことで、煙にまこうとしたのではないですかね?多分、その時代は低い身分の者とバレたらどんな扱い受けるかわかりませんし。」
「ま、ほぼ同じ時期に神隠し事件もあったからいろんな説があるわ。神隠しもおばあさんから村の子供、浅葱翁の一族とか様々。だからこれらは眉唾物とも言えるわね。」
ありゃりゃ、あっさりとフィクションと片付けられてしまった。
「そ、そうですか。そういえばあの旧迎賓館っていつでもオープンしてますね。普通は夕方くらいに閉館してカギがかかりそうだけど。」
とりあえず神隠しは置いといて他の疑問点も尋ねてみよう。
「そりゃあ、本館と違って大した建物じゃないから寂れているのよ。だからあそこは無人で無料なのよ。文化財と言ってもいちいち閉めてられないわよ。気が向いたら閉まるみたいだけど。」
なんかルーズだなあ。この世界はルーズが標準なのかもしれないからあまり突っ込み入れない方がいいのかな。
「なんかぐだぐだですねえ。まあ、いろいろ浅葱邸に関する本を閲覧していきますね。」
そしていくつかの本と新聞の縮尺版など資料をあさり、それらの本を持って閲覧席へ着いたのだった。
「浅葱邸…やっぱメインの館と新迎賓館ばかりで旧の方はあまり載ってないな。」
なんてことだ、のっけからつまづいてしまった。
何冊かざっと読んでみたが、『昭和初期に神隠しが起こったと言われるがはっきりしない。』くらいしか書かれてないし、どうしようかなあ。
ワタシが固まっていると資料整理にきたシキブ姐さんに話しかけられた。
「あら、やっぱり煮詰まってるわね。」
「はい、建物についての記載は簡単にしか載ってませんねえ。小説には使えないのかしら。」
ワタシが弱音を吐くとシキブ姐さんは、そうだろうなという表情になった。やはり手掛かりゼロかしら。
「まあ、建物ばかりではなく、浅葱翁こと浅葱英一郎の伝記でも読んだら?再来週は『浅葱祭り』だし。」
不意に新しい言葉にワタシは繰り返して聞いてしまった。
「浅葱祭り?」
「そう。この町の名士である浅葱翁の命日が11月なの。その月に、彼を偲んでイベントが開かれるのよ。パネル展示や絵や詩のコンテスト、アサツキ煮ぼうとうの販売とかいろいろあるわ。」
「へえ~。ほうとうってカボチャと味噌のやつが有名だけど、ここにもあるんだ。」
そう言った途端、シキブ姉さんの表情が険しく変わった。
「は?あの町のものと一緒にしないで。ほうとうと言えば
しまった、こちらの世界でもほうとう戦争が勃発してるのか。
「ああ、ごめんなさい。それで浅葱祭りや浅葱翁についてざっくり教えてください。」
ワタシの問いかけにハッと正気に戻ったシキブ姉さんは司書らしく、冷静に説明を始めた。
「町を発展させただけではなく、芸術家でもあった浅葱翁は芸術には私財を惜しまなかったのよ。
本来なら曰くつきの旧館も取り壊されなかったのは、浅葱翁がアトリエにしていて大事にしていたからなの。」
その割りにはあの建物の管理がぐだぐだですが、そこは突っ込んではいけなさそうだ。ふうむ、こうなったら浅葱翁について何か読むかな。急がば回れだ。館内のパソコンでまずは検索してみよう。
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