第5章~さらば浅葱町~
5-1 ワタシ、食べ物の恨みを抱く
ココは浅葱町。一応、異世界。
今日も元気に執筆活動している。しかし、最近はアパートがやかましくなってきたのが悩みでもある。
「キョウさ~ん♥️」
「作曲のジャマだから出て行ってくれないか?」
『ぴんぽ~ん』
「たっちゃん、居る~?アサツキケーキ持ってきたよ~。」
「ニャ~」
どっからどう見ても、他の住人のたまり場と化しているなあ。ややうんざりしたワタシは逃避することにした。
「兄さん、ちょっと図書館へ行って来るわ。資料漁ってくる。」
ケイさんはそれで察したようで恨みがましい目をワタシに向けてきた。
「逃げたな。」
へっへっへ、バレちゃあしょうがない。勝ち誇ったようにワタシは邪悪なスマイルをケイさんに向けた。
「楽器は図書館じゃムリだもんね~。」
「よし!じゃ、俺も駅前でストリートライブしてくる。さ、二人共出かけるから、帰った帰った!」
「そ、そんな~せっかく早番であがったのに~。」
タカヒト君は嘆いているが、みっちゃんは動じない。
「じゃあ、キョウさんと駅前に一緒に行くわ。観客ゼロより一人いた方がサクラにもなるでしょ。」
「げ…。」
ケイさん、自滅するの巻。
「見事な自爆振りですなあ、兄さん。じゃ行って来ます。タマは散歩でも行っておいで。ココなら街中のアサツキかじってもいいし。」
「ニャン♪」
そうしてタマを外に出した。この辺りは田舎だから外へ放すことについてはうるさくない。
どうにか、脱出成功。さてと、図書館に行く前に甘いものでも食べようかな。花月堂なら今はタカヒト君はいないし、あそこのお菓子は普通のものなら美味しいし。
なんだかんだ言ってこの奇妙な異世界に通い始めてもうすぐ9か月。我ながらよく馴染んだなあ、やはり変人なのだという自覚もせざるを得ないが。
改めて説明すると図書館へ行く途中の商店街に美味しいお菓子屋がある。それが「花月堂」だ。和菓子と洋菓子がそろえてあり、イートインコーナーもある。お菓子だけではなく、お茶やコーヒーにもこだわりがあるのでよく雑誌にも載っているらしい。そして、ご存知変態ケーキ職人タカヒト君の勤め先でもある。
店長からは厳しい指導を受けているので、店内では創作ケーキは作ってないようだ。正確には無料で出すらしいが、それも店長によってあんまりなモノは却下されているらしい。それゆえかタカヒト君の評判はいろんな意味で高い。
…真実を知らないのは幸せなコトだ、うん。
『カラン♪』
「いらっしゃいませ~。ご注文は?」
店内に入ると店員さん兼ウェイトレスさんが笑顔を向けてくる。
「えーと、ホットコーヒーとチョコレートケーキのセットをください。」
ふう、安らぎのひと時だなあ。さて、少しでも執筆するかとカバンからペンと原稿用紙を出した時だった。
「あ、あの人!!」
どこから声がしたがワタシのこと?
「タカヒトさんに会いにいらしたのかしら。」
「バッカじゃん、今日はタカヒトさんは早番で居ないのにね。」
「クスクスクス…。」
居ないから来たというか、まさにタカヒト君から逃亡してきたんだが、失礼な会話だな。一体誰なんだよ。声は後ろからするなと振り向いたら、いつかの女子高生軍団が居た。
「あっ、いつぞやのアサツキ三人娘。」
思わずワタシは叫んでしまったが、そこには私設タカヒト君ファンクラブのアサミちゃん、ツグミちゃん、キリちゃんが居た。この3人は近くの
ちなみに「アサツキ三人娘」とは名前の一部を繋げるとそうなるからで、別にどっかのキャラみたくアサツキを持って振っているワケではない。
でも、アサツキだらけのこの世界では探せば居そうだな。
「な、なんですの!そのアサツキ三人娘っていう形容詞は!」
「浅葱に住んでるからってアサツキ呼ばわりするの、失礼だし。」
「タカヒトさんの彼女だからってデカい顔するんじゃねーよ!」
そう、この3人組はワタシを勝手に「タカヒト君の彼女」と思いこんで敵視している。初対面のときも散々絡まれてエラい目に遭った。しかし、浅葱町住人にしては珍しくアサツキに反発して…いやよく見ると、彼女達の皿はアサツキシュークリームが載っていた。
それはタカヒト君が創作したケーキの中で、珍しく採用されて花月堂の定番となりつつあるお菓子だ。そういえば、ワタシが初めて食べたのもそれだった。
「アサツキに反発している割にはアサツキシューって矛盾してまっせ。女子高生の皆様。」
だめだ、思ったことを口にしてしまうから突っ込みを入れてしまった。やはりと言うべきか、火に油どころかガソリンを注いでしまった。
「な!タカヒトさんの力作を侮辱なさるのは許しませんことよ!」
なんでケーキをけなしていることになるんだ?
「人が何食べようか、自由じゃない。」
「タカヒトさんの彼女だからってデカい顔するんじゃねーよ!」
…あかん、何言ってもムダだ。騒ぎを聞き付けたらしい先ほどのウェイトレスさんが困ったようにやってきた。
「あの、お客様。揉め事は困りますが…。」
いや、ワタシが困っているんだってば。
「好きでもめてるんじゃないですよ。そうだ、ワタシが喫煙席に移ればいいですか?」「あ、はい。それでしたら。」
この店の喫煙席はガラスで仕切られて別室になっている。女子高生は入る場所ではないからとりあえず避難はできる。
ふう、アサツキ三人娘の攻撃も遮断されたし、これでOKだな。
…しかし、喫煙席はその名の通りタバコの匂いで充満していた。喫煙しない者にとっては不快極まりない。
コーヒーの香りもケーキの味も台無しだ。静寂の代償とはいえ、なんでまずくなったモノを食べる羽目になったんだ。
…ココは浅葱町。一応、異世界。
「アサツキ三人娘、許すまじ。」
ワタシが彼女らに敵愾心を燃やし始めた日でもあった。食べ物の恨みは怖いんだぞ、覚えておけ。
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