4-18 ワタシ、盛大にブチ切れる

 やっとこさ女子高生達から解放されてアパートに帰ったのは夕暮れ時だった。

「ただいま~。なんか女子高生3人組に絡まれて大変だった。ワタシはタカヒト君の彼女らしいよ。」

 ぐったりしながらもバスケットを開け、タマを出す。心なしかタマも疲れているように思える

「ニャー」

「おお、よしよし。タマも巻き込まれたからなあ。もっと早く帰れたらよかったんだが、バスケットに長いことカンヅメにしてごめんよ。」

 エサもそこそこにタマはそのまま座布団の上で眠ってしまった。

「こっちはもっと大変だったわい。」

「ふう、落ち着かないねえ。」

 ケイさんは恨み言を言ってるが、とりあえず聞こえなかったふりをしてワタシはとぼけた。

「ところでタカヒトの彼女ってなんだ?」

「ワタシが聞きたいわい。彼女だなんて義理チョコすらやってないのにさ。女子高生のファンクラブから今どきの言葉で散々罵倒されてねえ。誤解と言っても聞きやしないんで、こう言ってやったわ。」

「なんて?」

「『真実を知らないのは幸せねえ。』と。そしたら余計に彼女達を刺激したみたい」

「そりゃあ、刺激しまくりだろ。ノロケとも取れる発言だわな。」

「うううう。あの破壊的なセンスのケーキを食べたコトあるなら、あんなファンクラブできないと思うんだが。知らないって幸せだよなあ。」

「そういや、本日の試作品のゴーヤパイ、置いていったぞ。後で感想聞かせてくれって。」

 テーブルを見るとちゃんとパイが置いてある。いつぞやのケールケーキに匹敵するくらいゴーヤの緑色が毒々しい。そして傍らにはゴーヤ茶まで置いてあり、さらに「このお茶と合うと思うから是非一緒に食べてね」とタカヒト君からのメモがある。

「この世界はゲテモノケーキと同じ素材の茶を飲むのが流行ってんのかぁぁぁ~!!」

「異世界だから常識がちょっと違うんだろ。」

 異世界の常識というより、タカヒト君の常識が違うと思う。

「ううう、小説も進めなきゃならないってのに。ああ、ファンクラブの人達に分けたい。でも、芸能人って訳じゃないからああやって群れるならアタックすりゃいいのに。」

「いや、それはできない。」

「え?どういうコト?」

 ワタシは不思議に思ってケイさんに聞いた。

「オレもインディーズ時代に似たようなのが結構いたんだ。ま、今でも追っかけとかいるが。彼女らは横一列社会だから手を出してこないんだ。」

「横1列??」

「追っかけ達の社会は暗黙のルールがあってな。

 ある一定の距離以上は近づいてこない。もし破って俺に近づいたり話しかけたりすると、他のグループからにらまれて追っかけができなくなる。

 今の話から3人一緒にいたんだろ?3人の中で同じような暗黙ルールがあると見たな。だからたっちゃんに絡んでも、誰かがタカヒトに近づくのは他の2人が許さないはずだ。」

 なんていう不条理、なんていう幼い論理。ワタシはあきれてしまった。

「なんてまあ、よくわからん世界だ。さて、パイをいただきますかね。疲労回復にはゴーヤというからピッタリかも。ははははは…。」

「まあそういうなよ。新曲がさっきできたから聞かせてやるから。」

「え?ホント?ラッキー♪ではパイと格闘しますか。う゛っ…苦い。」

「お前さあ、捨ててしまって適当なウソつけばいいのに、それをしないからタカヒトに誤解されるんだよな。」

「だっで、だべも゛の゛は゛の゛ごじ…。」

「おい、食べてから喋れ。それに無理して食うなよ。ところで浅葱さん家に何しに行ったんだ?」

 ワタシはパイを飲み込み、お茶をすすりながら答えた。

「うん、例の件で裏づけとるためにある物の調達と、その鑑定の依頼をね。どこまで判明するかわからんけど。もしかするとDNAまで調べ…。」

『ボタッ』

 玄関口から何か音がした。ワタシもケイさんもココにいる。タマは寝ている。また誰か来たのか?

「な、何~?で、DNA鑑定?!」

 この声は。ってコトは…

 振り向くとタカヒト君が皿からケーキを取り落とした格好で立ちすくんでいた。

 なんかこないだも似た光景を見た気がする。デジャヴュというのか気のせいだろうか?タマが気配に気づいてケーキへ駆け寄る。前に言ってた浅葱猫用ケーキかも知れない。

「ま、まさか。浅葱さんの子供を妊娠して認知求めるためにDNA鑑定したのか!」

「タカヒト、だからベルが鳴らないならノックしろよ。それにまたケーキが落ちてるぞ。」

「い、いやだってアッキー用のケーキ改良版ができたから急いでいて、忘れてしまって…いや、それよりも。たっちゃんDNA鑑定なんて妊娠3ヶ月なのか~!?」

 何でそうなるんやねん。ケイさんの話を聞いちゃいねえし。

「お前も罪なやつだな~。」

「兄さん、変なコト言わんといてや。」

 ワタシはケイさんを牽制しようとするが止まらない。

「面白い展開だ、実に愉快じゃ。」

「人のハプニングを楽しんでいるな。」

「さっきアッキーを置いていかなかったからだ。」

「そういう恨みかい。ならこちらも考えがある。電話、電話、と。」

 ワタシは家電の受話器を取り上げて番号をプッシュした。かけた先はもちろんあの部屋だ。

「あ~もしもし?みっちゃん?あのね、ケイ兄さんが今夜二人っきりで濃密な夜を過ごしたいって…。」

「うわ~~!!やめんかあ!!」

 ケイさんが電話機に向かって猛ダッシュしてくるが、甘いな、コードレスだから子機を持って逃げられるわい。ワタシはヒラリとかわして逃げる。

「浅葱さんって、手が早い奴だったんだなあ。もし万が一の時はオレが自分の子として育てるからいつでも…。」

 って、そもそもがコイツが盛大な勘違いをするからだ。そう思うとムカついてきた。

「じゃかあしい!!この孟宗竹ならぬ妄想竹を生やしまくり男がぁ!!」

 ワタシは素早くターンして飲みかけのゴーヤ茶をテーブルから取ると思い切りタカヒト君にぶちまけた。

 …ココは浅葱町。一応、異世界。事実は小説より奇なりというが、ちょっと常軌を逸している気がしてきた。

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