4-19 ワタシ、ささやかに仕返しする
ワタシは壁を拭いていた。壁に向かって拭いている訳だからタカヒト君に背中を向けている。そして、ワタシは沈黙していたため、静寂がこの空間を支配していた。
「あの~たっちゃん。」
タカヒト君が何か言っているがワタシは無視して壁を拭いている。
「あの~…達子さん。」
タカヒト君がまだ何か言っているが、ワタシは構わず無視をして壁を拭いている。
「あの~た…田中さん。」
チッ、うっせえな。答えなきゃならないか。とりあえず手を止めてワタシは振り向いた。もちろん
「なんだよ、止まらない妄想列車。」
「あ、い、いや、その…。」
タカヒト君は突然の反応にうろたえているが、ワタシは容赦なく畳みかけた。はっきり言って誰のせいでこんな事態になったんだとムカムカする。
「ガタガタ言わずに床を拭きやがれ、この妄想半島。こっちはお茶が壁や扉のあちこちに飛び散って大変なんだよ、ケッ。」
「は、はい…。」
タカヒト君は中断していた畳を拭く作業を再開し始めた。ワタシも合わせて壁に向き直り、掃除を再開した。
30分ほど前にタカヒト君のツッコミどころ満載の勘違いフライング発言で修羅場となり、ケーキとお茶で汚れたダイニングを今は二人で雑巾で拭いている。
なぜワタシもかと言うとケイさんが『汚した当事者達で掃除しろ』と言い、隣の部屋に引っ込んだからだ。まあ、部屋の借主であるケイさんの言うことは正論だ。
しかし、なんか不条理で納得いかん。こちらもワケわかんない誤解を受け続けて、罰ゲームみたく掃除せにゃあかんのだ。ああ、むしゃくしゃするって訳で、ひたすら不機嫌な顔で黙々と掃除をしている。
お茶をかけられたことで正気に戻ったらしいタカヒト君はそんなワタシの不機嫌もあってひたすら恐縮している。まあ、人肌程度に冷めていたからヤケドはしていないだろう。
ん?タカヒト君の作業の音が止まった。またサボりか?と振り返ったタイミングでタカヒト君が話しかけてきた。
「あ、あのさ。結局DNAって何のコト?」
…説明すると異世界絡みのコトがばれる。それはとても厄介だ。こうなったらまた十八番の出まかせだな、うん。
「浅葱さんからある探し物を頼まれてね。」
ワタシは壁を拭きながらゆっくりと話し始めた。
「小説を書く際に浅葱家や浅葱翁の息子さんを図書館で調べていたら、彼に声かけられてね。
なんでも浅葱翁の長男の敬一郎が遺した作品の結構な数が戦後に散逸してしまったんだって。浅葱家も探しているんだけど、探し手は一人でも多い方がいいし、素人の視点でもプロとは角度が違うから探して見つかるかもしれない。そういう考えからワタシにも協力求められたの。」
「ああ、だから浅葱家に行ってたんだ。」
「そう、その中で息子…敬一郎の遺品ではないかと思えるものが見つかったから鑑定を依頼したのよ。」
「で、でもそれでDNAがどう出てくるの?」
ここで、ワタシは溜めを作り、答えた。
「…血で書かれた手紙だったからよ。」
ワタシは意地悪くデタラメ話を続けた。
「ち、血で?!」
案の定、タカヒト君はうろたえ始めた。彼が怖がりなのはケイさん他からリサーチ済みだ。ククク、もっと怯えるが良い。
「そう、非常時に書かれたらしくて結構怖い物でねぇ。文面は怖くて怖くて話したくないわ。血だからDNAで浅葱家のものとわかるんじゃないかと。」
「ひええ。」
「それにワタシが持ってると夜な夜なその文書からうめき声らしいのが聞こえてきて。身内である浅葱家に早く預ければ収まるかと思ってさっさと行ってきたの。」
「うわ~。もう止めて止めて聞きたくない~。」
フッ、ちょろい。やはりタカヒト君って単純だ。少し意地悪したらスッキリした。
「で、でもそんな物どうやって見つけたの?」
チッ、まだ食いつくか。
「それで、そのうめき声の内容が…。」
「うわ~やめてやめて!」
危ない危ない。突っ込んだ設定は考えてなかった。一気に話を畳み掛けるか。
「だから浅葱さんは依頼人、ワタシはいわば探索人。それ以上でもそれ以下でもない。」
「え?そうなの?」
あ~、めんどくせえ。なんでこちらの世界でも浅葱さんが彼氏じゃないって弁明せにゃあかんのだ。
「そういうコトっ!」
「なあんだ、良かった~。」
「良かねえよ。とっととこの部屋一面の汚れを拭きやがれ、この妄想族。」
「は、はいっ。」
…ココは浅葱町。一応、異世界。まだまだ掃除は終わりそうにない。
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