4-14 ワタシ、また町内会に駆り出される

 ココはS市。ワタシの住んでる元の世界。結局、あの後はタマ共々に帰宅して浅葱で借りっぱなしの本の捜索兼片付け中である。見つけたら速攻で浅葱に行って返さないとならないからタイトなスケジュールでもある。そんな中でもワタシは昨夜のブランドアサツキの余韻に浸っているのでもあった。

「は~あのアサツキは美味しかったなあ。こっちの世界にも似たモノないかしら?」

 ワタシがひとりごちると、返事するかのようにタマが鳴いた。

「ニャン♪」

「ん?タマ、なんか知ってるの?」

「ニャ~♪」

 当たり前だが、ネコだからニャーしか言わないし、ニャーだけじゃわからん。しかし、『あさきゆめみし』を食べたときの反応も味を知ってるようだった。タカヒト君はともかく、タマも前に食べたことがあるのか?

「ニィ~♪」

 何かを知っているかのように、タマは鳴いている。

「なんっか怪しいなあ。もしや浅葱さん家や会長の家以外にもどっかでアサツキを荒らしてるんじゃないの?」

「ニィ~~♪」

 タマに語りかけるが、なんとなくにやついた鳴き声だ。気のせいか腹に一物ありそうな時はニィ~と鳴くのよね、この子。まあ、アサツキのことを知っているのならば…。ワタシはタマの目を見つめ言い聞かせた。

「…もし、この世界での『あさきゆめみし』が植えてある場所を知ってるなら案内しろ。いいか、今度は誰にも見つからないようにコッソリだぞ。」

「ズルッ」

 ネコがずっこけるのは初めて見た。浅葱猫だからなのかしら。それよりも、借りてた本を探さないと。ど~こにしまったかな~。

 あちこちガサゴソしていると大家さんがやって来た。

「田中さ~ん、回覧で~す。」

 この家は古くチャイムが無いため、直接声をかけてくるのだ。どうせ取り壊し予定の建物だし、好きにカスタマイズ可能だから何かホームセンターで買うかなあ。

「あ、はーい。そこに置いてください。」

「いえ、今回は急ぎのものなんでしっかり手渡しにしてくれって会長さんが。」

 え?町内会ごときで急ぎの用ってなんだろう??訝しげにしていると大家さんが説明を始めた。

「まあ、内輪の話なんだけど、影の会長さんが卒寿だからそのお祝い会ですって。」

「卒寿って90歳でしたっけ?ほんとに長生きですねえ。でもフツーは親類だけでやるんではないですか?」

最もな疑問を大家さんに投げ掛けるが、その答えはあっさりとしたものだった。

「あまり親類はいないみたいね。詳しくは知らないけど戦災で家族を失ったらしいのよ。私も親戚というと知ってるのは同居している息子夫婦くらいだし、他にお子さんいるのかしらあ、見たことないわ。前回の米寿の時も町内会から参加募ってたし、こうやって人集めしないとさみしいんじゃないかしら。」

いわゆる孤独な老人ってやつか、あの性格じゃ無理もないけど。

「はあ、出なくてはならないですかね。いろいろあったから気乗りしないけど。」

「米寿のお祝いの時は、一人一匹伊勢海老が出たわよ。お土産に鯛の尾頭付きと赤飯も付いてたわ。」

「出ますっ!出席にしてくださいっ!」

「はい、田中さんは出席、と。よかったわ~田中さんが出てくれて。町内会でも参加率低くて困ってたの。じゃあ細かいことはこの紙に書いてありますからね。」

 そう言って大家さんはリーフレットを置いていった。うう、嫌なやつでも伊勢海老に目が眩む自分の食い意地が恨めしい。っつーか、ご祝儀など包まなくてはならないからプラマイゼロだよな。さて、中身を読むか。

「なになに、『このたび私、石垣一郎の父、石垣栄太郎がめでたく卒寿を迎えることが…』ホントに町内会の妖怪だわ。この年齢であのかくしゃくぶりはなあ。」

「ニャ~」

 タマの鳴き声で現実に戻る。

「あ、そうだ、本、本、と。」

「ニャニャ!」

 タマがすっとんきょうな鳴き声をあげたので見ると、足で開いた雑誌を抑えている。それは探していた図書館の本だった。

「おお!タマ、えらいぞ、ちゃんと見つけてくれたのね。本当に賢いネコだなあ。」

「ニャン♪」

 誉められたタマは誇らしげだ。…でも。

「まずいな。押さえたページに肉球のあとが付いてる。消しゴムで消せるかしら。」

 そこは前にハマッた暗号記事のページだった。肉球の跡だけではなくタマの体重がかかったのか、開きグセまで付いている。

「タマ、全体重かけたのか?まあ、まずは肉球跡を消すか。」

 とりあえず消しゴムをかけてみる。…消しながらページを眺めてると思い出してくる。そういやアナグラムもずいぶんハマった時期あったな。

「どれどれ、またやってみるか。」

 そばに鉛筆と紙があったので書き出してみる。

「ニャニャ!」

 そんな主人を咎めるようにタマが鳴く。

「あ、悪い悪い、浅葱に行く支度よね。でもまあ、ちょいと適当に一つだけでも。田中達子では…あ~わからん!他になんか名前は~っと。タカヒト君はフルネーム知らないし、大家さんも知らないし。」

 そういえばあれだけ顔を突き合わせているのにタカヒト君のフルネームを知らないってあんまりだな。でも、タカヒト君はあのケーキの前にしては家族や故郷とか聞く気は無くなる。どうしよう、兄弟達もあの変態センスの持ち主だったら。

 とにかく、先ほどのアナグラムをすべくワタシは適当にあった名前で試してみた。

 !!

 この名前…これはどういうことなんだ?いくらなんでも出来すぎではないのか?しかし、不可解な点も多い。

 急いで浅葱町へ行って浅葱家に相談しないとならない。これから忙しくなりそうだ。

 でも、消しゴムでいくらこすっても肉球の跡、消えないんですけど、やばいわよね、これ。シキブ姉さんに怒られる、ううう。

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