4-13 タマ、家出する
「ただいま、タマと兄さんは帰ってきた?」
アパートに帰って開口一番に留守番してくれたタカヒト君に聞いた。
「まだ帰ってきてないよ。」
そっ か…いつもなら近場を散歩してエサの時間に帰ってくるのに。ああ、アサツキ抜きなんて言うんじゃなかった。タマはワタシに嫌気さして出て行ったのかしら、 それとも車にはねられて、ああ、もしかしたら、ナイフ持った変なやつに…いやいやいや、そんなコト考えたくない。
ワタシの顔色がどんどん悪くなるのを見て、タカヒト君は励ましてくれた。
「そんなに悪い方向に考えない方がいいよ。探しに行きたいだろうけど、まずはお茶飲んで落ち着いて。」
タカヒト君は手馴れた手つきで紅茶を入れてくれた。こないだも本格的にティーセット持参だったし、やっぱケーキ作る人はこういうのも上手いのだろうか。
「あ、ありがと。やっぱ洋菓子修行の一環でお茶も習うの?」
「ん~。スペインでの修行中に自己流でね。」
ん?こちらの世界は違うのか?
「え?洋菓子修行って普通はイタリアかフランスじゃないの?」
タカヒト君は自分の分のお茶を入れながら答えた。
「紹介した人の手違いでスペインに飛ばされちゃって。しかし、怪しかったなあ。あの紹介してくれた人。もしかしたら正体は何かの怪しい売人だったのかも。」
なんておっかない。治安のことは考えたことは無かったが、浅葱側もそれなりに危ない時もあるのだ。
「… 無事でよかったね。しかし、タマはどこへ行ったんだろう。ケイ兄さんはケータイないから連絡取れないし。ワタシも探しに出ると行き違いになるだろうし。」
「いまどき珍しいね。二人とも持ってないんでしょ?」
来た、この質問。現代の若者(アラサーも若者に入るはずだ。異議は認めない。)がスマホもガラケーも持ってないというのは不自然だが、持ちようがない。ケイさんは浅葱側にいる自分に承諾取ればいいのだろうけど、さすがにそこまで甘えられないのかもしれない。
「ええ、まあ。兄さんはフリーターで、お金無いし、ワタシも小説家になるための資金溜めたいから、ガラケーも持たない主義なの。」
本当の理由は言う訳にはいかない。やや、うわずった声で答えるが、タカヒト君はワタシがタマのことで心配しているからと思ったようだ。
その時、ケイさんが帰ってきた。
「兄さん、タマは見つかった?」
「あちこち探したんだが、いないんだよ。本当にどうしたんだ、あいつ。」
「そっか…。」
ああ、タマ。どこに行ったんだろう、夕方にはエサの時間だから必ず戻っていたのに。どうか無事でいてほしい。このお茶飲んだら探しに出よう、そう思った時だった。
「コンコンコン」
不意にノックの音が聞こえてきた。チャイムが故障しているからだけど、アパートの住民はここまで丁寧にしない。誰だろう?
「誰だ?こんな時間に?」
「夜分遅くにごめんください。浅葱です。」
浅葱さんの名前を聞いて納得した。あの人は丁寧だもんね。
「なんで浅葱さんなんだ?!やはり!?」
約一名ほど納得しないで泣きそうなのがいるが、気にしない。
「こんばんは。浅葱さん。ちょっと悪いのですけど、今取り込み中…タマ!」
そこには浅葱さんに抱かれたタマが寝ていた。
「ZZZ…ニィ~」
「たっちゃん、やっぱり浅葱さんと…。」
タカヒト君の言葉はとりあえずシカトしてケイさんに急いで告げた。
「兄さん、タマが見つかったよ。浅葱さんが送ってくれたわ。」
「ホントか?そりゃ良かった。ありがとうございます。」
「ええ、庭のアサツキ畑にいたんで保護したんです。こないだ達子さんが連れてきたネコによく似てるな、と思ったんですが、やはりタマだったんですね。名札がアッキーになってたから迷ったけど連れてきてよかった。」
ああ、良かった。浅葱さんの家って遠いのにな。田舎のネコは行動範囲広いが、タマがそんな所まで家出してたとは。ん?アッキー?
「兄さん、また名札変えたわね。」
あの野郎、アッキー浸透計画をまたも行ってたのか。ワタシは
「い、いやあ。だってアッキーの方が浸透しているからさあ。」
勝手に名前を変えるんじゃない。なんか腹立たしくなってきた。
「やかましい。また限定お菓子を独り占めしてやる。」
「まあまあ、アッキーが見つかったんだから良かったじゃない。」
タカヒト君がケンカをなだめてくれるが、その呼び方もアッキーだ。うう、かなり浸透しているのか。
「しかし、なんで浅葱さんの家に居たんだろ?」
ワタシが疑問を口にすると、浅葱さんの答えは意外だった。
「うちに植えてあるアサツキは“あさきゆめみし”ですからね。あれは香りが強いので浅葱猫が来やすいんですよ。」
「あさきゆめみし??」
初めて聞く名前だ。古文の一部だよね?何それ?
「浅葱町のブランドアサツキだよ。品質もさることながら育ちにくいから、すっげえ高いんだ。」
疑問に思ってるのがわかったのか、タカヒト君が解説してくれる。ぶ、ブランドアサツキ??お高い?…ハッ!って、言うことは!!
「そんな高級アサツキを荒らすなんて、タマ!お前は何てことするんだ~~!」
「…ムニャ?」
タマはやっと起きたようだが、ぼんやりしている。どこまでもノンキな猫なんだ。あわてふためくワタシに対し、浅葱さんが冷静に取り繕う。
「大丈夫ですよ。うちの畑はちゃんと浅葱猫対策の網は張ってありますから」
「あ、良かった。」
「せっかくですから、少し持ってきました。タマや皆さんでどうぞ。」
「あ、こりゃ御丁寧にどうも。」
なんか、タマを送ってもらった上にブランドアサツキをもらうとは恐縮だ。
「では、これで失礼します。それから例の件、何か進展あったら連絡くださいね。」
「はい。浅葱さん、ホントにありがとうございました。」
浅葱さんが帰ったあと、どっと力が抜けた。
「やれやれ、一件落着ってとこかな。」
ふう、ホントに心配かけさせやがって、タマ。
「全く人騒がせなネコだな、罰としてこのアサツキは人間だけで独占しようかしら。」
「ニャ?!」
「さすがにそれは可哀想だろ。そういや刺身あったな。タカヒトも一緒にどうだ?メシはまだだろ?」
「え?マジ?いいの?やった♪久しぶりのあさきゆめみしだ♪」
タカヒト君の喜び方からして、そんなに美味しいの?不思議に思ったが、その間にもさくさくとケイさんは刺身にたんまりとアサツキを盛り付け、そばを茹でてアサツキを散らし、さらにアサツキの酢味噌和えまでこしらえた。
以外と料理は上手なんだな、ケイさん。
「おお~さすが、兄さん。では、いただきます。」
パクッと一口食べた瞬間に違いがわかった。
「む!」
ワタシがうなるとケイさんも唸った。
「おお!」
そしてタマが嬉しそうに鳴き声をあげ、タカヒト君も感嘆の声をあげる。
「ニャン♪」
「ん~♪やっぱ違うな~ 。」
美味い!香りも味も単なる薬味を超えてる!すげえ!
…ココは浅葱町。一応、異世界。“あさきゆめみし”ってすげえ。タマには心配させられたが、こんな美味しいアサツキが食べられたから良しとしよう。
やっぱ金持ちは植えてるアサツキまで違うんだなあ。
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