4-2 影の町内会長現れる
ココはS市。ワタシの住んでる元の世界。
浅葱町でネコを拾い、飼うことにしたのはいいが、元の世界のワタシのアパートもペット禁止。こそこそ飼うよりはペットOKの物件に引っ越すべき。せっかくならば浅葱通いが楽になるようにS市の北部ギリギリまで上った所に住もう!え?なぜS市にこだわるか?そりゃあワタシの愛するサッカークラブがあるからだ。浅葱通いで最近は生で観戦していないが、やはりS市からは離れたくないからね。通勤?まあなんとかなるでしょ。
とにかく即行動だと不動産屋へ向かった。
「あの~ペット可の物件ありますか?とにかくペット可なら古かろうが遠かろうが、構わないんですが。」
不動産屋のおじさんは何件かの資料を提示してきた。
「これとこれはどうですか。」
「え~駅から徒歩30分~?こっちは築30年?こっちは月10万円~?」
ぶつぶつ言ってると不動産屋のおじさんは嫌味っぽく返してきた。
「古かろうが遠かろうが、じゃなかったのかね?何か妥協しないと永遠に決まらないよ。」
耳が痛いがそれも真理だ。
「う…じ、じゃあ古くてもいいです。ネコがバリバリ爪といでも気にならないくらい古い物件はありますか。」
「うーん、お客さんの予算の範囲で駅近くねえ、隣の駅ならあるよ。ただねえ…ご近所が。」
「ご近所?」
しゃべり過ぎたと気づいたらしいおじさんは慌てて打ち消してきた。
「まあ、人それぞれだし大丈夫でしょ。築50年の平屋の戸建でペット可で家賃5万円ってのがあるよ。ここ、区画整理が決まっていて数年以内に取り壊す予定だから好きにしていいみたい。あとはちょっと家賃が高いのばっかりだね。」
…築50年とはこれまた年季が入ってる。地震は耐えきれるかしら?家具も今までの洋風インテリアも合わないだろうし、総入れ替えかしら?そうすると予算を抑えても結局出費がかさむし、えーと。
「ニャ~」
バスケットの中からの鳴き声で我に返った。迷ってるヒマはない。
ワタシはほぼ即決でそこと契約し、さっさと引っ越したのでした。…家具はやはり雰囲気が合わなくて買い換えしたのが痛手ではあったが仕方ない。
新しい住居は築50年の平屋だけあって、昔ながらの日本家屋、多分昭和40年代くらいに流行ったタイプである。四畳半と三畳の和室と小さな台所、後付けしたと思われる風呂。ちょっと嬉しかったのは小さいながらも庭があり、縁側もあるコトだった。
「うーん、古いけど味がある家だ。縁側で日向ぼっこして遊ばせることもできる。庭にネコ草植えられるし、区画整理で取り壊しが決まってるからワタシが最後の入居者だし、だから爪を柱や壁に研いでしまっても大丈夫。よかったなあ、タマや。」
「ニャ~♪」
あ、遅れたが名前はタマに決まった。なんか昭和な建物にはこの名前がしっくりくる。ミーや茶々も捨てがたいけど、やはりタマだ。
その時、玄関から声が聞こえてきた。
「田中さ~ん。大家ですけど。」
「あ、は~い。」
さっき挨拶は済ませたはずだけど、どうしたのかしら?
「確認だけど、先ほど渡した資料に町内会のはあったかしら?」
「え?町内会?参加するんですか?ワタシ?」
初耳なのでビックリしていると大家さんが契約書を指しながら説明した。
「家賃には町内会費も含むと規約に載せてたけど、読まなかった?」
…読んでませんでした。
「ネコで頭がいっぱいだったから、頭の中を素通りしてました。」
「まあ、いいわ。この地域は賃貸の人も町内会に駆り出されるのよ。だからね、会長さんにも挨拶した方がいいわよ。ここから少し先の石垣さんという家だけどね。ただ…。」
「ただ?」
「影の会長にも挨拶はキチンとね。」
「か、影の会長???」
なんですか、その昭和のヤンキーマンガに出そうな設定は。
「会長のお父さん、つまり先代の会長なんだけど、この町内会の主というかゴッドファーザーというか。」
町内会のゴッドファーザーって何?怖いんだか、ショボいんだかわからない。
「とにかくきちんと挨拶すれば大丈夫だから。」
「はあ、わかりました。」
そうして、地図と挨拶の品物を手にして町内会長の家へと向かった。多目に挨拶の品物を用意してよかったよ。
「石垣」と書かれた立派な表札と家はすぐに見つかった。とりあえずベルを鳴らそう。
『ぴんぽ~ん』
「すみませ~ん、こちらの町内に引っ越してきた田中ですがご挨拶に参りました~。」
ドアが開いて出てきたのは威厳ありそうな老人であった。足腰が悪いのか杖をついている。しかし、威圧感はすごくそれが年齢を感じさせなかった。
「何の用だ?」
の、飲まれてはいけない。引っ越しの口上を述べないと。
「ですから引越ししてきたので、ご挨拶を…。」
「セールスなら断るぞ。」
「いや、あの引越しの挨拶を…。」
「膝に良い健康食品も、血液サラサラになる水素水も、冷え知らずの羽毛布団もいらんぞ。」
話、聞いてるのか?しかし語彙が豊富なおじいさんだな。
「権利証も渡さんし、遺産も分けないぞ。遺言書は公証役場に作ってある。」
って、ワタシは身内じゃないから元からもらえませんがな。もしかしてボケが入ってるのかしら?こうなったら話を聞いてないならおちょくってしまえ。
「いえ、先祖の因縁を祓うありがたい印鑑と壺のご案内を…。」
「先祖なんぞおらんっ!!」
『バタンッ!!』
老人は激昂してドアを閉めてしまった。
なんでそこだけ聞いてるんですか~!?しくじったなあと後悔していると、ドアの向こうから老人の声が聞こえてきた。
「挨拶の品はポストに入れとけ。」
話、最初から聞いてるんじゃん!なんなんだよっ!
こうして“影の町内会長”との出会いは最悪なものになったのでした。
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