3-13 浅葱家の過去

「敬一郎!どこだ敬一郎!まだ仕度できていないのか!皆様に挨拶できないではないか!」

「父上…私はこの家を継がないと何度言ったらわかるのですか!」

「わかるものか!お前は大事な浅葱の跡取りだ!そのためにフランスへ留学させて経営学を学ばせたつもりだったが、お前は絵ばかり描いてろくに勉強しなかった。だから、ここで皆に後継者と宣言してお前には跡取りとしての自覚を持ってもらう!」

「いやです!父上だって絵を断念したことがあるからわかるでしょう!続けたい物を断ち切られる悔しさを。浅葱の家なら弟に継がせればいいじゃないですか!」

「あいつはまだ幼い!無茶を言うな!跡取りはお前だ、敬一郎!」

「いつだって父上はそうやって押さえつけて…。…あそこならば浅葱なんて関係なく生きられる。」

「敬一郎?何を言ってるんだ?おい!どこへ行くんだ!?敬一郎!話はまだ終わっていないぞ!」

「もう浅葱の名に縛られるのはごめんです。浅葱の名が通用しない世界へ行きます。」


 バタンッ!!


「待て!話はまだ…?どこだ?!どこへ消えたのだ?!ばかな、たった今このドアを出たのに何故見通しの良い廊下のどこにも見当たらない?!敬一郎…敬一郎!」



「行方不明になった…?敬一郎大伯父さん?やはり、敬一郎さんはワタシの世界へ来たと言うこと?死んではいないのですか?」

 ワタシは事態が飲み込めずに浅葱さんへ尋ねる。

「こちらでは死んだことにしていますが、本当はこの屋敷で神隠しに遭ったのです。」

 やはりそうであったか。でもまだわからないことがある。

「でも、なぜそれがワタシの世界に行ったとわかるんですか?」

「先ほどお見せした画集の絵が証拠です。公開にあたって塗り潰しましたが、サインと共に日付が入っていました。

 しかし、ラフスケッチ含め、全てが行方不明以後の年月日が記載されていたのです。そしてこちらの世界にはない物が多数描かれてました。」

「…その絵はどうやって入手したのですか?」

「神隠し事件から半年ほど経ったある日、旧迎賓館…今のアトリエに行くと絵が置いてあったそうなのです。それからも時折絵が置いてありましたが、全てこちらにはない風景が描かれていた事、進行していく日付から別の世界へ行って生きていると確信したのです。」

「そんな事が…。」

「とはいえ、こんな事を言っても誰も信じない。そこで曾祖父はこの屋敷をアトリエにして、再び筆をとりました。」

「敬一郎へ継がせる夢が断たれた失望感から、隠居したの?」

「いえ、浅葱家は私の祖父、信次郎が継ぎました。彼が筆をとったのは待ち続けるためだったのです。」

「待ち続ける?」

「芸術活動再開ということにすれば、あの建物アトリエに常時いても疑われない。そうして曾祖父は行方がわからなくなった最後の場所にて、大伯父が帰ってくるのを待ち続けました。」

 ワタシはみっちゃんのおばあさんの話を思い出していた。いなくなった愛犬をずっと待ち続けたおばあさん。行方不明になった息子を待ち続けた浅葱翁。愛する者を待ち続けるという点では、なんだか重なって見える。

「じゃあ、ここの鍵が開けっ放しなのも…。」

「わざとです。大伯父が帰ってきた時、或いはあなたのような行き来できる人が万が一にでも現れた場合、自由に来れるようにするためです。防犯上、町は嫌がりましたが、常時開放がこの屋敷と邸宅、新迎賓館の寄付をする条件としたので開放させているのです。」

「じゃあ、今、閉まってるのは…。」

「そうすればあなたが異世界の人かどうかわかりますからね。見学客ならすぐ諦める。泥棒なら器具を出してこじ開ける。ところがあなたはドアノブを回して必死に開けようとしたし、鎌かけにもひっかかった。」

「じゃあもう全てバレてたんですね。」

 道理で現れるタイミングが良かった訳だ。ケイさんが言うとおり、浅葱邸を嗅ぎ回っている人間として浅葱家にマークされていたのだろう。

「ええ、あなたが兄と呼んでいる人も異世界の人で、実は他人と言うことも。」

 …なんてこった、そこまで掴んでいたのか。浅葱家悲願とも言える人探しができるかどうか見極めるために監視されていたわけだ。

「この近くの浅葱書店の店主はうちの親族でしてね。この屋敷の人の出入りを監視してもらっているのです。入ったきりの人間や急に出てくる人がいないかとね。」

 なんてこった、あのアサツキ食いの兄ちゃんの正体がスパイとは!

 しばらくワタシは頭が混乱していた。が、ふと気づいたことがあって彼に尋ねた。

「でも、敬一郎さんが生きている保証はありませんよ。たしか生きていれば90歳は軽く超えてるはず。そこまで長生きしてくれているかどうか…。」

「はい、それも承知です。大伯父がそちらでどう生きたのか、墓なり子孫なり消息を掴んで曾お祖父様の墓前に報告したいのです。」

 なんともすごい…確証もないことに延々と待ち続けて、死んだ人の意思をこうも継いで…。

「そして療養中の祖父にも。」

 え!?祖父?まだ生きてんの?!とはさすがに口には出さなかった。失礼過ぎる。

「当時の事は幼かったながらも覚えているそうです。年はかなり離れていますが、よく遊んでくれた優しい兄であったと。死んだと聞かされたときはとても悲しかったと。だからこの秘密を知った時から、少なくとも自分が生きている間は捜索しようと決めたそうです。」

 そっか、一親等が生きてるなら、捜索に協力してあげないとならないか。でも、小説の執筆活動もあるし並行できるかなあ?不安だわ。

「ここまで聞いたからには協力してくれますよね?」

「え、えっと…。」

 拒否したら多分殺される、そんな目付きだよな。しかし、なんか見返り欲しいなあ。

「協力してくれたら、何か欲しいものを差し上げますが。」

「じゃあ、町に頼んでワタシ名義の図書館貸出カードを作ってくださいっ!」

 0.1秒で反応してしまった自分が悲しい。だって、浅葱側の資料を買うにもお金とスペースないからね。

「欲がない方ですね。金銭とか要求されるかと思ったのに。」

 しまった!そっちがあったか!それでケイさんと共同出資して広いアパート借りれば本の場所とか全て解決するじゃん!バカバカバカ、ワタシの天然野郎~!

「まあ、それがあなたらしくていいところなんでしょう。」

 そう言って彼が笑ったその時、雪がちらついてきた。だから冷え込んでいたのか。

「あ、雪だ。このまま降りますかね」

「そうですね。こちらは雪が降りやすいからホワイトクリスマスになるかもしれません。」

「少し早いですが、メリークリスマス、浅葱翁や浅葱家の皆様に。いい結果報告できるように頑張りますわ。」

「メリークリスマス。ところで達子さん。」

 は、ハイっ。何?もしかしてドラマみたいな展開?浅葱さんはイケメンだし…。

「さっきカバンに入れてた画集、今ならそっと返しておきますから出してもらえますか。」

 うう、それもバレてたか。そして、現実は甘くないなあ。

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