3-12 異世界への手がかり

「どっちか無理に決めると、ひずみができるものですよ。」

 浅葱さんの答えはなんとなく素っ気ない。

「でも、このままでいいのかな、とも思うんですよ。」

 ワタシはため息をつきながら答えると、浅葱さんはためらいがちに話し始めた。

「…身内でそういう決断を迫られて、お互いに取り返しのつかないことになった人達がいましてね。そうなるくらいなら、納得が行くまでゆっくり考えた方がいいです。」

 お互いに取り返しのつかない…?誰のことだろう?でも、詮索してはいけないよな。

「自分は又聞きですから詳しく知りませんが、当事者はかなり後悔していたようですよ。無理やり決めさせるのではなかったと。だから無理に決めない方がいい。」

 それも一理あるが、宙ぶらりんになるから先延ばしは気乗りしない。ま、せっかく子孫がいることだし、浅葱翁の事を聞こう。

「そうそう、浅葱英一郎の絵をいくつか拝見しましたが、芸術の才能を引き継いだ子孫っているんですか?」

「早世した敬一郎大伯父が絵の才能がありましたね。少ないけれど作品が残ってます。架空の街を題材にした物が多いんですよ。」

 そういうと彼は本の山から一冊の画集を取り出し、ページを開いた。

「例えばこれは神社の風景を書かれていますが、建物や並木など該当するものが無いため架空と言われてます。」

 これは見覚えある風景だ、ワタシの市にある千年続くと言われている神社の並木通りそっくりだ。これが架空?

「こちらも駅を書いているのですが、書いてある駅名が存在していません。」

 これ、ワタシの世界の地元の駅だ。駅の改修工事中の囲いに描かれていた『百年の歴史』として貼られていた昭和初期の駅舎そのものだ。何よりも駅名がワタシの世界の地名だ!こちらでは架空扱いなんて!

 もしや、本当に敬一郎は…?そう思うと居ても立っても居られなくなった。

「ごめんなさい、ちょっと用事を思い出しました。帰ります!」

 きょとんとした浅葱さんを横目にワタシは慌てて本を片付け、こっそり画集をバッグに入れた。すまん、シキブ姉さん。カード無いから無断で借ります。

 ワタシは急いで旧浅葱邸へ向かっていた。

 浅葱側の世界にはない神社の風景や駅舎を描いていた敬一郎。

 浅葱翁の「違う空」や「あちらの世界」の表現。

 神隠しにあったのは敬一郎という仮説。

 全てが一本の線で繋がる。やはりあの一族は異世界の存在を把握していたのだ。調べればワタシの世界にしかない物を他にも沢山描いてるのがわかるはずだ。急いでワタシの世界の資料と照らし合わせないと。S市に帰らなくても浅葱邸の向こう側、つまり元の世界に戻ってその場でワタシのスマホで画像検索すれば一発のはずだ。

 息を切らせながら、やっとたどり着いた旧浅葱邸。よし、早く中に入らないと…。

「ガチャ」

 ?!鍵がかかっている!!

 何故?いつもは開いているのに?困った、開かないと帰れない!まずい、なんで開かない!?

 ガチャガチャしていると後ろから声が聞こえてきた。

「こんな時間に見学ですか?」

 …この声は。ゆっくり振り向くと先ほどまで話をしていた人物の姿があった。

「なんだかこの中に入れないと帰れないみたいに必死ですね。」

 浅葱さん!?しまった!やはりつけられていたのか!!バレていたのか?

「やはりあなたはこの建物の秘密を知っていて、なおかつ行き来しているのですね。」

 浅葱さんはゆっくりとワタシの元へ近づいてくる。

 って、このシチュエーションは「バレたからには生かしておけない。」とかいうサスペンスの殺され方だ、うん。殺され役ばっかの役者サトシさんに殺され方の極意を聞けばよかった…じゃなかった。さ、叫ばないと。

「こ、殺すなら構いませんが、いったん元の世界で職場に退職届けを出させてくださいっ!!その後処刑のため戻ってきますっ!!」

 …「走れメロス」かワタシは。我ながら緊迫感ゼロのセリフだ。しかも身内の用事ではなく退職届かよ。無断欠勤が21日続くと公務員は懲戒免職だ。死んでたとしても不名誉な記録は残したくないから退職届けは出したい。やっぱ根っからの公務員だ、自分。

「元の世界…やはり異世界から来ていたのですね。お願いがあります。あなたの世界にて行方不明になった大伯父の敬一郎を探してもらえませんか。」

 へ?ワタシの世界で行方不明?

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