3-11 ワタシの進む道
タカヒト君が帰ったあと、掃除の続きもそこそこに集めた資料類を再び眺める。改めて見たら何かわかるかも知れない。
年表によれば長男・敬一郎は17歳で早世している。
ただ、他にも子供は何人か早世しており、この時代の子供の死亡率を考えれば珍しくない のだろう。考えれば七五三だって祝うのも、昔の死亡率の高さを考えれば、ここまで生きてくれた喜びを噛み締め、これからも健やかに育ってくれる事を現代よりも必死で願っていたからに違いない。
別の本によれば、敬一郎は父親の浅葱翁の血を芸術面で引き継いだらしく、その若すぎる死と才能を惜しんでいる。
えーと、この息子が亡くなった時期と神隠し事件が起きたと言われている(何せ事件は表向き無いことになっている)時期が似ているな。この後に浅葱翁は故郷であるこの町に定住して筆を取っている。それが戦後か。
紙に書いてみるか。幸い、西暦や元号は元の世界と同じだ。一般的な本とオカルトやら歴史本から拾った不確定な出来事を混ぜて書いてみる。
1926 長男 敬一郎誕生
1941 敬一郎、フランスへ留学
1944 敬一郎死去(享年17)
1944 故郷・浅葱町にて、浅葱邸迎賓館にて神隠し事件発生か?
1945後半 浅葱翁、経済界からの引退表明。故郷の浅葱町へ隠居。
1947 浅葱翁、芸術振興を掲げ財団及び美大設立
1947 自ら筆を取り、作品を発表
1948 新迎賓館落成・旧館はアトリエへ改装
1955 浅葱翁死去 享年70歳
…うーん、敬一郎が亡くなってからの転身が早い。期待していた息子が亡くなってガックリしたのかね。それとも敗戦のショックなのか。しかし、本当に行動が素早いな。事件発生から三年で新館なんて、あの建物の規模からして早すぎる気がする。急いで旧館を閉める必要があったのかしら?亡くなった時期と神隠し事件発生時期も似ているし。
時計は四時半を指している。よし、もっと資料集めに図書館へ行こう!どうせケイさん居ないし、お泊まりになっても問題は無い!シーツは洗ってあるし、布団干しといて良かった。
ワタシは片付けもそこそこに図書館へ向かった。
シキブ姉さんを探すが見当たらない。他の係員に尋ねてみる。
「すみません、シキ…
「ああ、今日は少し早いクリスマス休暇とか言って帰ったよ。彼氏のミッチーと過ごすとかなんとか。」
クリスマス近いからってどいつもこいつも。ワタシなんかクリスマスも一人で浅葱町に来て地道に調べ物してんのに。…ってあのシキブ姉さんに彼氏いたのか!
ま、いいかプライベートを詮索するより今は浅葱邸や浅葱翁を調べようっと。
歴史本やらオカルト本やら適当に引っ張りだして閲覧席に着いて読み始める。ついでにこっちのスピリチュアル本や占い本までついつい手が伸びる。こちらもスピリチュアルモノは人気らしい。どんな怪しいコトが書いてあるんだと思いつつ、読んでしまうのは女性の悲しい性だ。
そうして何冊か読んでいると、ある歴史書のコラムが目に入った。
『浅葱翁の日記には時折不思議な記述が見受けられる。亡くなった最初の妻や夭逝した子供達に語りかけたものらしいが、意味が不明なものもあり、歴史学者でも解釈が多岐に分かれている。』
ふむふむ。
『一部抜粋すれば末尾に『今日もアトリエからの来客なし。』や『あいつはこの空とは違う空を眺めているのだろうか。』など、浅葱翁以外利用者のいないアトリエからの来客がいるかのような書き回しや、 『違う空』という謎めいた言い回しが見受けられる。」
アトリエって旧迎賓館の事だ!アトリエからの来客?違う空?
『さらに『あちらの柿も甘いのだろうか』『あちらにもこの美しい月はあるのだろうか』という文もあり、死後の世界を指しており、亡くなった息子への慕情ではないかという説がある…。』
さらに読み進めようとした時、浅葱さんが声かけてきた。よく来るね、この人も。それともケイさんが言うとおりマークされているのか?
「やあ、執筆は順調ですか?」
「いえ、設定をすり合わせるべく資料に埋もれてますわ。読む本多くて。」
「それにしてはオカルトやら人生本やら小説とは関係なさそうな本も読んでますね。」
ううっ、耳が痛い。
「人生に手詰まりも感じるんで、ついつい人生本やスピチュアル本にも手が伸びてしまって。」
我ながら出任せがこうもスラスラ出るものだ。でも、いつかケイさんに言われた「ずるい生き方」を指摘されてから考えてるのも事実だから、あながちウソではない。とりあえず出任せの流れに乗ってペラペラと話続けた。
「ワタシは普段は役所でバイトしてて、小説家目指して週末に兄のところで執筆してるんです。家にいると反対している父がいるから執筆どころではなくて。
ただ、兄からそれはずるくないかと言われましてね。ダメでも元の仕事に戻れる逃げ道があるのは真剣さが足りないのではないか、と。」
浅葱側での設定と元の世界との設定とすりあわせて語りだすうちに出任せなのか本当の心情なのかわかんなくなってきた。
「どっちかに決めないといけないんですかねえ、と思ったらオカルトやらスピリチュアルにも答えを求めるようについ読んでしまって。小説の資料も調べないとならないのに。」
「無理に決めなくてもいいんじゃないですか?」
話を聞き終えた浅葱さんの一言は意外であった。
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