3-10 タカヒト君、たまには役に立つ
ココは浅葱町、一応、異世界。町はそろそろ師走の冬支度。こちらでも“くりすます”という邪教の祭りが開催されるが、夢に向かっているワタシには関係ない。か、関係ないんだからねっ!
今週からケイさんが元の世界でのツアーやイベント行脚に出てしまったため、当分浅葱町に来られないからとアパートの鍵を預かってきている。
しめしめ、彼がストックしているお菓子を思う存分食べられるわ。特に浅葱側でしか売ってない「ぱりっこせんべい」が独占できる。
アパートに着いたワタシは早速ガサ入れした。確か、お菓子類はここの棚に…。あれ、なんか紙が落ちてきた。
『まずここを真っ先に見るだろうからメモを置いておく。甘いな、ぱりっこせんべい他、全ての菓子は平らげた後だ。あと、人がいないと部屋がカビるから、換気と掃除はしとけよ。 ケイ@キョウ』
なんてことだ!行動を読まれてる!しかも、ちゃっかり家事まで押し付けられてる。
ってワケで、いきなり大掃除をする事になったワタシだった。ちくしょう、いつかリベンジしてやる。
しかし、普段から掃除してないな、すごいホコリだよ。まったくもう、ぱりっこせんべいがホコリにやられてなければいいけど、って平らげたと言ってるし。…いや、それは嘘でやはりどこかに隠している可能性もありそうだな。
…やはり気合入れてガサ入れしてせんべいを探さないと!よ~し!もっと掃除して…。
『ぴんぽ~ん』
「タカヒトだけど、たっちゃん居る~?」
…なんだよ、人がせっかくガサ入れの決意をしたのに邪魔しやがって。
「いますよ~。大掃除してるから部屋は荒れてるけど。」
「ちわ~っす。あれ、キョウは?」
「ああ、彼ならツアーに…。」
「ツアー?そこまでできるようになったの?」
しまった、こちらではまだ駆け出しのインディーズなのだった。
「あ、イヤ、つあ、つい、つー…、ツーリングに行って当分帰りませんよ。」
「そっか。アイツ、ツーリングも趣味なんだ。よくこの部屋空けてるもんな。」
「そ、そう。多分、合間に路上ライブして旅費稼ぐでしょ、うん。」
よ、よかった、ごまかし成功。タカヒト君は単純だから、これでいけるはず。
「あいつも売れて、メジャーになれればいいな。夏フェスとか出たりして。そしたら俺、休み取って行くよ。」
いえ、既にメジャーで活躍して、夏ドコロか冬フェスも出てます、とは言えない。もどかしいね。
「俺もそろそろ独立したいなあ。自分のオリジナルのケーキを出したいんだよね。」
それは速攻で店が潰れるから止めた方がいいと思う。さて、切られる前に切るつもりで先に用件を尋ねるか。
「で、今日は何のケーキを持ってきたの?」
「あ、そうそう。そろそろクリスマスシーズンじゃない。で、パーティーに欠かせないものと一緒にしたやつ考えて作ったんだ。」
パーティーに欠かせないもの、タカヒト君が言うと嫌な予感しかしない。
「ま、まさか。」
「ジャーン!フライドチキン味のケーキ。」
…助けてぇ、お母さ~ん!うち、仏教徒だからくりすますという邪教の祭り関係ないねん。関西なのか何弁なのかわからない心の叫びはもちろんタカヒト君には通じなかった。
「いやあ、衣の風味を再現するのに手間取ってこれ一種類しか作れなかったんだ。店の残りを持ってくるのは失礼かな、と思って持ってこなかったし。」
いいえっ!残り物大歓迎っ!むしろ残り物が欲しいっ!
「で、小説はどこまで進んだの?」
そんなワタシの心の叫びはもちろん聞こえずタカヒト君はニコニコとケーキをお皿にセットしていく。って紅茶までちゃんとティーセットにティーコゼー持参とは無駄に気合入ってるな。
「それが、調べごとが増えちゃってねえ。神隠し事件やら浅葱翁の生涯やら。なんか歴史モノへ話がスライドしかねないわ。」
お茶をすすり、フライドチキン味ケーキと格闘しながら、ワタシは答えた。生クリームの甘味とスパイシーなチキンの衣の味が同居してるんだぜ?我ながらよくリバースしないなと感心する。
「歴史モノかあ、やっぱ浅葱邸は神隠し事件が有名だから親子断絶の悲劇モノ?」
「え?」
親子断絶?なんだろう、それ。
「神隠し事件が本によってバラバラなのは、実は浅葱家がかく乱したという説があるじゃない。スキャンダルを恐れて、いろんな情報を流したとかいう。」
ワタシは初耳の事実に驚いた。そんなこと浅葱さんは一言も言わなかった。
「だって、浅葱家は神隠し事件否定派だよ?そんな非科学的なことはありえないって言ってた。」
「当たり前だよ。跡取りの息子が屋敷内で行方不明なんて怪しまれる、だから消えたのはパーティーの客だと誤魔化した、という話だ。」
あ、跡取りの息子?年表では亡くなってると表記されていた長男のことか?
「長男は財閥を継ぐより、画家になりたかったから飛び出したらしいけどな。でも、屋敷内で消えたから人々は怪しんだ。とっさに神隠しに遭ったと誤魔化したらしいけど、今度は呪われた家系では?不気味がられた。そこで神隠しに遭った のはパーティーの客だと誤魔化した、という話だ。」
そんな衝撃的な事なんて調べた中にはなかった。ワタシは興奮を隠しきれずに尋ねた。
「た、タカヒト君、それ、なんて言う本に載ってたの?」
「確か、中学生の頃に読んだオカルト雑誌『アトランティス』かな。」
…ウソくせえ。違いがなければアトランティスはワタシの世界にもあるオカルト雑誌だが、スポーツ新聞並の怪しい記事もたくさんある雑誌だ。
期待したワタシがアホだった。だけど、読んだ本の中に息子が描いた油絵とか夭逝の事実を疑問視した記述があったな。少しは本当なのかもしれない。さて、ケーキを食べてて気づいた事を言うか。
「ところでさあ、タカヒト君」
「何?」
「普通はチキンはケーキとは別にちゃんと買うから、わざわざケーキにする必要ないんじゃない?」
「そっか~!それもそうだ!しまった!これはボツだ!」
…やれやれ。
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