3-9 待ち続けるもの
「まったくムチャするんだから。」
ワタシはブツブツ言いながら、ケイさんの夕飯用にお粥を作っている。
「ああ、なんて優しいんだ、ワタシって人は。」
「って自分で優しいって言うなよ。うえ~。」
また、ワタシは独り言を言ってたようだ。いかんいかん。ケイさんは帰ってくるなり伏せってしまったため、看病するはめになった。一昔前なら憧れの人の看病なんて!とキラキラしたのだろうけど、いやあ、アーティストは憧れに留めるのが一番幸せだね、うん。
「しゃべるとリバースするんでしょ?大人しく横になってなさい。それでも食事は必要だから、胃に優しい中華粥クラスのやわらかさにするから。それにしてもああいうのは何も食べずに挑むとか、数日前から水飲んで胃を拡張するとかするものよ。」
「だってアサツキって細いし、量なさそうだからイケそうだと思ったんだが。あとちょっとで優勝できたのに。」
吐きそうな癖に何を言ってるんだか。っつーか、アサツキだってネギだし、辛いよな
。
「ムリ!優勝者は浅葱書店のお兄さんだそうだけど88束食べたそうよ。あの人、いつもアサツキ食べてるもん。ケイさんは19束。どこが『あとちょっと』よ。ったく、20束目としてお粥の仕上げにアサツキをたんまり入れようかしら。」
ワタシはそう言って冷蔵庫のアサツキを取り出そうとしたらケイさんは本気で嘆願してきた。
「や、やめてくれ、これ以上アサツキは見たくない。ところで、あの会場にいた男が浅葱翁の子孫なのか?」
「そう、食べ歩いてたらナンパされてね。やっぱ美人だから図書館でのことも覚えてくれていたわ。」
「その自称美人はやめれ。しかし、なんかひっかかるなあ。いやに出会うタイミングが良くないか?」
ケイさんは不安げに尋ねてくる。
「確かにカマかけられた節があるし…。しかし、浅葱家は神隠し否定派だったんだよなあ。もう少し調べてみるかな。」
「気をつけろよ。下手すると浅葱町に来られなくなる。」
「わかった。しかし、小説のネタがふくらむなあ、ワクワクするわ。」
「人の話、聞いてる?危機感って言葉知ってるのか?」
その時、玄関ベルが鳴った。
『ぴんぽ~ん』
応対するより早くドアが開いて、みっちゃんが土鍋を抱えてズカズカと入ってきた。
「あ~キョウさん、やっぱ帰ってた!私の事置いて勝手に帰るなんてひどいわ。」
「…げ!」
ケイさんは逃げるように奥の部屋へ引っ込んだ。籠城するつもりなのだろうか。とりあえず、みっちゃんはワタシが対応するか。
「あ~、みっちゃんいらっしゃい。ウチのバカ兄貴のお見舞いですか?」
「そう、私が愛情込めて作ったおじや持参で。」
…この世界だからなんとなく予想はつくけど、中身を拝見させてもらおう。
『パカッ。』
「…えっと、ホントに食べさせるんですか?」
「そうよ、やっぱ具合の悪いときはこれよ。」
とりあえず、みっちゃんの土鍋を持ってケイさんが籠城してる部屋へ向かう。一応聞いてはみるが、食べたいと思うかなあ?
「ケイ兄さん、みっちゃんからの差し入れ来たわよ。アサツキ粥だけど、食べ…あれ?いない?」
よく見るとベランダの窓が開き、下履きがなくなってる。この状況からしてこないだのワタシ同様ベランダから逃げたな、ありゃ。胸焼けと胃もたれが激しくても非常時には逃げるエネルギーはあるのか。
「あら?キョウさんは?」
「あ、ああ~。医者行ったみたいですわ。」
ワタシはとりあえず誤魔化す。先日のケイさんもこんなだったのかしら。
「ベランダから?」
当たり前だが、訝しげに尋ねてくる。ワタシはお得意の出任せを言って切り抜けることにした。
「ええ、我が家では時々ベランダや配管ダクトから出入りする掟があるんです。」
「ウソでしょ?」
こうなったら嘘は盛大にすべし。
「いえ、亡くなった父方のおじいさんの遺言で、いろんな角度で物事を視るためにいろんな所から出入りしなさいって言われてうちはそれを守ってるんです。」
「おじいさんの遺言ねえ。あたしん家もおばあちゃんの遺言があったな。いなくなった犬のジョンがいつ帰ってもいいように、どこか窓かドアを必ず開けておいてエサを用意しなさいって。」
…とりあえず、ごまかし成功。あとは話をうまく反らすべし。
「やさしいおばあちゃんだね。すごく可愛がってたんだ。」
「おばあちゃんはジョンが大好きだったからね。それがある日、夕立の雷鳴のショックで逃げちゃって、散々探したんだけど見つからなかったの。」
「ああ、ウチの近所にもそんな犬がいたな。雷が苦手な犬って多いのかな。」
「おばあちゃんはそれからは、ジョンが帰ってきたときにすぐわかるように、って縁側でひなたぼっこして待っていてね。具合が悪くなって入院しても最後まで『ミチヨ、ジョンは帰ってきたかい?』と心配していたわ。」
いかん、不覚にも涙が出て来た。切ない、切なすぎる。
「…ううう。」
「もう、ジョンは帰ってこないとはわかっていたけど、やっぱりおばあちゃんの言う事は聞いてあげようって家族で決めて、亡くなった後もしばらく言いつけを守ってたの。」 ううう、なんて悲しい…。ワタシの出任せがこんな悲しい話を引き出すとは。すまない、みっちゃん。
「ジョ~ン、帰ってやれよ~!」
ん?この声はケイさん?ベランダの下から聞こえる。どうやら遠くへ逃げる体力がないから部屋からの視界から消えるように地面にしゃがんでいたようだ。
「ケイ兄さん、そこで何してんのさ。」
ベランダから見下ろしてみるとやはりケイさんがいた。呆れつつ、尋ねるが彼は泣いていて聞いちゃいない。
「おばあちゃんが可哀想じゃないか~。」
「いや、悲しむのはいいんだけどね…そこで声出してると…。」
忠告が終わらないうちにみっちゃんがベランダにやってきた。万事休す。
「あ~キョウさん、おかえりなさい~!お医者さんは何て言ってたの?それから、アサツキおじや持ってきたのよ。」
「あ、え、いや、その。アサツキは…。」
二人はすったもんだしている…せっかくごまかしてあげてたのにねえ。雉も鳴かずばなんとやらだし、もう、ほっとこ。
それにしても、大切なものを待ち続る人か。悲しい話だけど、裏を返せばそれだけ愛情がこもってたのが伝わるいい話だな。
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