3-8 浅葱氏の疑惑
そういえばパネル展示ってどんなんだろ?
ワタシが考えていると、浅葱さんは説明を始めた。
「曾お祖父様の生涯を写真や油絵で展示しているのですよ。油絵の中には曾お祖父様が描いたものや、息子、つまり私の大伯父が書いた絵画もあります。」
“曾お祖父様”とはなんて育ちのよろしい人だ。本当の御曹司なんだなあ。やはり役場職員じゃなく、将来は町長か会社興して成功していそうだ。
そうしてパネル展示会場に到着した。さまざまな写真やイメージ絵画、確かに浅葱翁の自ら描いた油絵も入っている。
自画像に家族の似顔絵、浅葱町の風景…多才ぶりを表している。
「改めて浅葱翁って人はスゴいなあ。数々の企業設立、経済の発展、芸術への情熱、全てに全力投球している。」
「そう言っていただくと光栄です。」
…ワタシはこのように執筆など打ち込めているのだろうか?ケイさんのこないだの言葉が蘇る。
「それにしても、晩年は経済活動から一転、芸術への活動へと変換しているのは何故ですか?」
「若い頃は絵を学ぶために留学していたのですが、家庭の事情で途中で切り上げざるを得なかったのです。」
「ふむふむ。それはネットにも書いてありましたね。」
「結局は家業を継がずに、仕えた三橋家との関係で官庁へ入り、大蔵省や財団設立など日本の中枢を担ったり経済の発展活動で絵どころではなかったのでしょう。
好きな道を歩めなかった思いから、他の人にはこんな思いを味わせたくないと芸術家の育成には力を入れたのです。」
「ふむふむ。」
「それでも結局は晩年に再び筆をとりましたが。」
「故郷に帰っても迎賓館作ったりいろんな人と交流は続けていたんだ。でも、旧迎賓館は神…。」
「…。」
しまった!子孫の前では神隠し事件なんて言えない!
「か、かみ、か、カラオケに出来そうなくらい広いですね。」
慌ててごまかしたが、我ながらへたくそなごまかし方だ。浅葱さんはわかったように微笑んで話し始めた。
「いいんですよ、ごまかさなくても。旧迎賓館は神隠し事件が起こったと言われる館です。でも曾お祖父様はアトリエにして大切にしてきました。だから今も保存されているのです。」
…見透かされている。こうなったらズバッと聞くか。
「調べても神隠し事件って何なのかはっきりしませんね。本によっては村の子供だったり、おばあさんだったり。果てはパーティーの招待客だったり。人物もシチュエーションもバラバラ。」
「だから、神隠し事件は眉唾物で存在しないと言う説があり、浅葱家もそのスタンスに立ってます。子供の神隠しも山の事故でいなくなったのを山の神が隠したとしていた説が有力ですからね。」
ありゃりゃ。それじゃ小説にならない。ワタシが生粋のこの世界の人間ならばその話で納得しそうだ。
「で、でも周りから不吉だから取り壊すべきとの意見が強かったんですよね?周りが言うだけの何か根拠があったのでは?」
「曾お祖父様が大事にしていたアトリエを何故そんな噂で壊すのですか?そんな意見に耳を貸さなかったから現存されているのです。」
…アカン、ガチガチに現実主義だ。真実を告げたいが、そうもいかん。雰囲気も悪いし、話を変えるか。
「年表にはよれば子供が11人もいたのですね。サッカーチームができますなあ。」
…さりげなく切り替えるつもりが、変な流れにして余計におかしくなってるよ。ヤバイぞ、自分。
「そうです。自分は曾お祖父様の三男の子孫です。」
年表を見ながらワタシは頷いた。
「ああ、上の二人は妖折したのね。」
年表によれは長男ら18才、次男は2才で夭逝している。他にも何人か夭逝しているから、この時代の子供達の栄養状態や衛生環境は富裕層でも厳しかったのだろう。
「…長男は幼い頃から聡明で文武両道に極めていたと言われており、英才教育していたらしいです。」
「それが亡くなるというのは切ないですねぇ。18才ならまだまだこれからだったろうに。」
「…。」
なんだか空気が重たい。どうしよう。
「…うぷ。」
唐突にケイさんがやってきた。顔色がアサツキ並に青い。
「わわっケイ兄さん、いきなり何?!顔色がアサツキみたいよ?!」
「…。」
なんか、これ以上しゃべらせると大惨事になりそうな気がするので推理を述べることにした。
「わかった。その顔から察するに、アサツキ大食いにトライしたけど、胸焼けでリタイアしてワタシの居るここまで気力で戻ってきた。でも口開きたくない、でしょ。」
ケイさんは無言で首を振ってゆっくりと向こうを指指した。そこにはよく知ってる女性が救急箱片手に大声をあげている。
「キョウさ~ん、具合悪くなったんでしょ?私が愛を込めて看病してあげるから遠慮しないで~!どこにいるの~?キョウさ~ん。」
「なるほど、訂正。みっちゃんの魔の手から気力でここまで逃げてきた。」
ケイさんはうなずく。よく考えれば屋台で飲み食いしてたのに大食いにトライ自体がムチャだったのだ。
とは言え、一連のコメディチックな流れに浅葱さんは大笑いしだした。
「アッハッハッハ。毎年出るんですよ、そういう方。胃薬ならインフォメーションにありますよ。彼女に見つからないように、こっちから回った方がいいですよ。」
ケイさんはまたも無言で会釈すると、こそこそとインフォメーションへ消えていった。ケイさん、何しに来たんだか。しかし、重たくなった空気が変わったのは救いだった。
「すみませんねぇ、ウチのバカ兄貴には後で言いますから。」
「兄妹揃って面白いですねぇ。お兄さんがここに住んでいるのですか?」
「はい、ワタシは週末に遊びに来ているのです。」
「田中さんは浅葱中央駅と浅葱南駅のどちらの駅から来ているのですか?」
どちら?!最寄り駅が2つあるのか?路線があるのか?確か、えーと。
「浅葱中央駅の方ですね。そちらの駅が近いですから。」
ややうわずった声で出任せを答える。
「なるほど。」
合っているよな、こちらの路線なんて使わないし。
「じゃ、西口から出て歩きですか。」
「は、はい。その方が便利ですから。」
「なるほど。」
合っているよな、合っているよね。
「浅葱中央駅は改札口が一つしか無いのですがね。」
しまった!
「それに図書館の場所を住んでいる場所と仮定しても歩きだと三十分かかりますよ。ずいぶん足が丈夫ですね。本当に駅から来ているのですか?まるで駅や交通機関を使わない方法で来ているようですね。」
内心ドキリとした。何かを知っているような口ぶり。もしや、ひっかけられたのか?
しかし、先ほどの話は神隠し事件は否定していた。この人は何を考えてる?どこまで知っている?
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