3-7 浅葱祭りもアサツキだらけ
なんとなくモヤモヤしたまま、浅葱祭りの日がやってきた。浅葱翁の命日の11月に開かれているこの祭りはとても賑やかだ。
案内役も兼ねてケイさんも引っ張り回している。普通に考えれば憧れの人と二人っきりのお出かけなんだから垂涎モノのはずなんだが、まあ、相手は既婚者だしねえ。ワタシも彼も食い意地が張っている。
…だから春が遠いんだな。しかし、目の前の美味しそうな匂いを出しているたこ焼を見たら、そんな自己分析はとりあえず置いておこうと思う。
「すみません、たこ焼ください。」
「あいよっ!姉ちゃん美人だからトッピング大盛りだ。」
そう言って屋台のおっちゃんは豪快にトッピングをかけていくが、やはり青ノリではなくアサツキトッピングだ。…ま、慣れたけどね。
「まだ食べるのかよ。」
ケイさんは呆れている。しかし、そう言う彼もリンゴアメにフランクフルト持っている。
「ケイ兄さん、人の事言えるの?」
「い、いや、つい美味そうだから。」
「ま、お互い食意地張ってるってことだね。次は何を食べるかな~。」
「やれやれ、資料収集はいつになるんだか。」
ケイさんが呆れているが、その声をかき消すようにアナウンスが流れた。
『これから恒例のほうとう対決が始まります。S県浅葱町の煮ぼうとうが勝つか、Y県富士吉山市のほうとうが勝つか、皆さんで食べ比べして投票しましょう!』
おっ!それも美味しそうだ、ケイ兄さん、行ってもいい…あれ?いない?
キョロキョロしていると、さらにアナウンスが続いた。
『そして、もうひとつ恒例のアサツキ大食いコンテストの参加者は三番受付に並んでください。飛び入り歓迎です。繰り返します…。』
あ、三番受付にケイさん発見。
「…参加するんかい。」
ワタシが呆れたように問いかけると、ちょっとキョドってケイさんは言い訳を始めた。
「だって、ミンテンドーswitchingとかスプラッシュのソフトとか景品が豪華だからさあ。たっちゃん適当に回っておいでよ。それとも応援してくれる?」
「景品名も元の世界とは微妙に違うのね。って違う。アサツキ大食いなんて見てるだけで胸焼けしそうな大会だからパス!…あれ?ま、いいや。じゃ、適当に回ってくるね。」
お互いの食意地の相違で単独行動になったワタシは先ほどのほうとう対決の会場へ行き、煮ぼうとうを食べ比べる事にした。
ただ、アサツキ大食い大会の参加者の中に浅葱書店のお兄さんがいるのを見逃さなかったから、多分ケイさんは苦戦するだろう。まあ、参加することに意義があるからね。まずは浅葱の煮ぼうとうをいただこう。
「さ~て、浅葱町の煮ぼうとうをください 。」
「あいよっ!」
?…シキブ姉さんは『アサツキを使った煮込みうどん』と言ってたから、ワタシはトッピングにアサツキ山盛りをイメージしてた。しかし、目の前の煮ぼうとうはアサツキは見当たらず麺が緑色だ。
「あ、あのうアサツキはどこに?」
「麺の中に練りこんでるよ。」
め、麺の中?
「より多くアサツキを使って、うまく味わうにはこれが一番なんだ。」
はあ、慣れたと思ってたらフェイント突かれたな、こりゃ。まずは味見ですな。
『ズズ~、モグモグ。』
あら、意外と美味しい。アサツキってネギの一種だから風邪の時など有効そうだ。このアサツキ麺は乾麺で売ってたら買って帰ろうかな。
「あれ?あなたはこないだの…。」
なんか聞き覚えのある声がしたので見上げるとこないだの図書館の青年がいた。たしか浅葱さん?
「図書館の“ほええ~娘”さんでしたね。」
ワタシは食べているにも関わらず吹いてしまった。なんつー覚えられ方だ。でも、確かにワタシはこないだは名乗っていなかった。
「一応、田中達子と言う名前があります。」
「ああ、これは失礼。」
「こんにちは。やはり来賓か何かでいらしてるのですか。」
「ええ、役場の職員として設営に携わっているのですが、父の代理も兼ねているので来賓に近いですね。今日の祭りで何か曽祖父について得られましたか?」
「はい、この煮ぼうとうは浅葱翁の発明なんでしたっけ?」
適当に知ったかぶりして答えた。さすがに食べてばっかとは答えられない。
「さすがですね、そこまで調べてますか。」
…当たってたよ。この世界は本当にアサツキだらけなんだな。
「曽祖父はアサツキが大好きでしてね。より多くアサツキを食べたいからと、うどん屋の店主に頼んで麺に練りこませたのが始まりなんですよ。」
アサツキ好きはこの町の人全部な気がするが、突っ込むのも野暮なので黙っておこう。
「他は見て回りましたか?」
「い、いえ。これからパネル展示を見にいこうかと思って。」
「じゃあ、それを食べ終えたらご一緒しましょう。」
こうして総一郎さんと展示を見に行く事になったのでした。
ああ、Y県の味噌煮込みぼうとう食べてないのにという叫びは心の中に留めておくことにした。ううう、こちらの味噌煮込みぼうとうの味はどうだったのだろう。
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