3-6 苦行タイムと人生論
「ううう、フェイントをつかれてしまった。」
ワタシは半泣きになりながら運命を受け入れてテーブルの席に着いた。
「ふっ、世の中はそんなに甘くない。タカヒトのケーキ以外はな。」
相変わらず邪悪な笑みを浮かべて勝ち誇ったようにケイさんは告げる。
「もう、腹をくくります。イカの塩辛タルトだろうが、明太ミルフィーユだろうが食べますよ。」
「じゃあ、揃った所で試食会いきますか。」
タカヒト君はワタシ達の一連の会話が聞こえていなかったようで、にこにこと試食会の開始を告げる。
「俺の分もとっておいてやったから、遠慮なく食べてくれよ。」
け、ケイさんっ!しまった!はめられた!こうなったら防衛しないと!
「って、そんなに沢山は食べられませんよ。ケーキ二個か三個が限界でしょう。」
しかし、タカヒト君の次のセリフで空しくも崩されてしまう。
「大丈夫、今日はバラエティ豊かにしようと一口サイズのアソートにしてあるから。今日は早番だから種類たくさん作れたんだよ。」
…タカヒト君の邪気のない笑顔がワタシには地獄の天使の笑みに見える。
死んだ魚の目のようになったワタシはテーブルの上をざっと眺めてみる。さっき話してたイカの塩辛タルト、鮮やか過ぎる緑色のケーキ、カレー色のケーキ…聞くのすら怖そうなシロモノがいろいろ箱に入っている。
「えーとね、イカの塩辛タルトと、青汁の原料でお馴染みのケールのケーキ。この鮮やかな緑、いいでしょ。健康指向にいいかな、と生地やクリームにケール粉末を混ぜたんだ。黄色のケーキはカレーケーキ。トッピングはニンジンに玉葱と肉を模したマジパンなんだ。」
ケ、ケール?カレー?それにマジパンってあまり美味しくなくて苦手なのよね、スパイシーなカレーとは相性は最悪そうだ。…お茶をもっと濃く入れないと。それから湯沸かしポットの水をガンガン足していつでもおかわりOKのスタンバイもせねば。ん?
「あれ?同じ緑でもこのチーズケーキの飾りはアンゼリカ?似てるけどちょっと違うね。」
「それはアサツキで作った砂糖菓子。緑の飾りで綺麗でしょ。」
まあ、これは無難そうだと食べてみる。おお、これは当たりだ。ネギっぽくないし、何より普通のチーズケーキだから美味しい。
「タカヒト君、このアサツキの飾り付きチーズケーキは美味しいよ。」
「嬉しいなあ、そう言ってもらえると」
しかし、残りを考えるとなあ。
「こういう当たりばかりなら、浅葱町に来るのが3・2倍楽しくなるんだが。」
「なんだよ、その半端な数字は。」
ケイさんに突っ込まれてしまって気がついた。ワタシは思ったことをついペラペラとしゃべる癖がある。さっきの図書館でもやらかしたのに、またやってしまった。
…あ!そうだ。その図書館でちょっとした事があったんだ。二人に話そう。
ワタシは図書館での出来事を話した。
「へえ、あの浅葱翁の子孫がねえ。すごい偶然だな。」
「そりゃすげえよ、あの一族に会うなんて!」
タカヒト君は興奮気味に食いついてきた。「そんなにスゴい人なの?」
ワタシは意外な反応に驚きつつ、タカヒト君に尋ねた。
「そりゃあ、もう。この町というより県の名士だし財界とも繋がりあるし。町のしがらみなければ都会で大活躍するんじゃないかな。あ、今はネットもあるから活躍はしてるな。」
なんと、そんなにすごい一族だったのか。
「あら~、やっぱサイン貰えばフリマアプリで高く売れたかしらねぇ。損した。」
「だから、どうしてそんな発想になるんだよ。お前という奴は。」
ケイさんは呆れ顔だが、ワタシは意に介さず続けた。
「まあ、しばらく執筆の材料として浅葱翁のことや建物調べるから、浅葱さんと知り合えたのは大きいわ。なかなかイケてたし、もしかしたらワンチャンあるかも。」
「まあ、名門で顔良くても中身はわからんけどな。」
タカヒト君が心なしかムッとした口調で言うから、何となく取り繕うようにワタシは答えた。
「やだなあ、単に小説ネタ調べに都合がいいだけで、狙うとかじゃないからさ。例えるなら憧れのアイドル追っかけみたいな。」
「そっか、そりゃあそうだけど」
タカヒト君の表情に微かな安堵が漂う。でもそんな微妙な変化にワタシは気付かなかった。
「でも、今のワンチャン狙いはいい路線かも。」
そう企むワタシであったが、ケイさんは容赦なくツッコミをいれる。
「そのセリフは己の顔と年齢と変態チックな性格を自覚してから言え。」
…つくづくワタシの周りは辛口な人が多いな。
「それでね、再来週の浅葱祭にも参加してみるわ。一人じゃなんだから、兄さん付き合ってよ。」
「おいおい、普通は兄貴なんて連れていかないだろ。タカヒトに付き合ってもらったらどうだ?」
急に降られたタカヒト君だったが、心底残念そうに言った。
「残念、うちの店は祭に出店するからスタッフ総動員なんだ。俺は厨房でひたすら祭り用のアサツキマフィンとアサツキクッキーを焼くんだよ。」
なんだか気になるお菓子達だが、深く突っ込まないでおこう。
「じゃあ兄さんに決定。可愛い妹にたくさん奢ってね兄さん♥️」
「たっちゃんならケーキ引換券をあとであげるよ。キョウの分も融通するからさ。じゃ、そろそろ日が落ちたからインコにエサやって安眠用の布をかけてやらないとな。またな。」
そう言ってタカヒト君は自分の部屋へ帰って行った。
「ううう、やはりえぐかった。なんでワタシの来るタイミング狙ったかのように毎回来るかねぇ。」
タカヒト君が帰った後、口直しの濃いめのカプチーノをすすりながらひとりごちた。
「残さず食べるからじゃないのか?知ってる限りではあのゲテモノを完食するのは達ちゃんだけだ。」
…そんなこと言われても食べ物は残せない性格だしなあ。戸惑っているとケイさんは真面目な顔をして切り出した。
「しかし、あんまり浅葱邸を調べると怪しまれるぞ。」
「それはそうなんだけど、あの建物の神隠し事件とか、なんか謎解きできないかなと。まあ、小説の取材と言えば大丈夫でしょ。とりあえずは浅葱祭りだわ。」
改めて図書館でもらってきたリーフレットを見る。会場は広めでパネル展示や浅葱一族が書いた絵画の展示、アサツキに関する食べ物の販売などかなり本格的だ。
「確かいろんな催しがあるな、俺も行ったことはないけどこうして見ると面白そうだ。」「浅葱翁についてもいろんな資料展示しそうだしね。小説の構想が膨らむわあ。」
「ところで小説はどんな内容にするんだ?」
「神隠し事件を題材にした悲恋モノにしようかと。恋した人は異世界へ消えたとか、異世界だから叶わぬ恋とか。」
そうワタシが答えるとケイさんは衝撃的な仮説をぶちかましてきた。
「それはタカヒトのことだな。」
はい?
「あいつはたっちゃんに気があるんじゃないのか?」
ぶはっ!何唐突な事を!カプチーノと共にやっと食べ終えたケーキをリバースさせる気かっ!
「いや、たっちゃんが来てからはあいつ、必ず早番にしてくるし。」
「そりゃあ、あんな破壊的味覚ケーキはワタシしか食べないからでしょ。」
「それになんか種類増えてるし。張り切ってる感満載なんだよな。」
「張り切り方を間違えてるけど。でも、それがホントなら彼のファンに刺されるから困る。ファンクラブあるんでしょ?」
「アンタね。」
ケイさんは呆れ顔だがワタシは切り札とも言うべき否定の言葉を投げた。
「それに
「…半端な生き方してないか?」
唐突に彼は切り出した。
「元の世界に身を置きつつ、異世界で小説家目指すってずるくないか?」
「だって元の世界じゃ公務員だからいろいろねぇ。副業の届け出やら、しがらみやらめんどいのよ。」
「それがずるくないかって言ってるんだよ。」
いつになくケイさんは真面目だ。
「え…?」
「みっちゃんもタカヒトもサトシも一生懸命にそれぞれの夢や道に一直線に向かっている。けど、たっちゃんは公務員に籍を置きつつ執筆。失敗したら公務員に戻ればいいや、って逃げ道を用意しているなんてずるくないか?」
え…そんな風に指摘されるとは思わなかった。
「いや、俺も元の世界に戻れば、それなりに実績をあげてるから同じかもしれない」
「…。」
「…悪い。ちょっと言い過ぎた。こちらに来て一生懸命なあいつら見てると、なんかいいのかな、と考えてしまってな。」
ワタシは喉元にナイフを突き付けられたような衝撃でしばらく黙りこんでしまった。
ずるい?半端?そんな事考えた事なかった。ワタシの進む道は何?
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