1-4 もしかしたらココならば…。
きょとんとしているワタシをよそに彼は続けた。
「いや、調べたんだがこの世界では“ケイ”というアーティストは存在しない。ならば、自分の歌がこの世界でどこまで通用するかな、と思ってな」
ふむ、意外とチャレンジャーな人だ。元の世界だけでなく、こちらでも頑張るのか。
しばし、ワタシは考え込んだ。確かにあまりメリットがなさそうな異世界、魔法も幻獣もいないし、チート化もない、ほとんど隣町な異世界。ラノベの異世界度ランキングなるものがあったら間違いなく下位の方だ。
でも、ここにはきっとワタシが知らない人、物、価値観があるはずだ。ワタシが目指しているものを実現するにあたってそれらに触れるのは貴重な機会ではないのか?
そして、ワタシは今思うと大胆な事を口にしていた。
「あの、この世界の行き来にワタシも加わっていいっすか? セッションのスタッフとかではないけど」
「え、何故?」
彼はちょっと意外そうな顔をして問い返してきた。そりゃそうだ、特徴が無いのにわざわざ電車で一時間かけて
「いえ、ワタシは物を書く事が好きなんです。出版社へ投稿とかして小説家になりたいのですが、ワタシは公務員。副業は禁止です。まあ、厳密には届けを出せばいいのですが、いろいろ煩わしい手続きしないとならない。印税入ったら入ったでいろいろめんどい。
でも、やっぱり書きたいし、ワタシの書いた物がどこまで通用するのかな、と。元の世界でも投稿サイトにすればできるけど、やっぱちゃんと出版社に持ち込みして試してみたいのです。
今のあなたのお話を聞いて思ったんです。この世界ならば公務員のしがらみが無くいろいろ試せそうです」
「まあ、それは構わないけど」
なおも彼は複雑そうな顔をして続けた。
「ただなあ、この世界の微妙な違いについてこられればだけどな。この世界に気づいた数少ない奴らも、詳細を知ると引きつった顔して元の世界へ戻っていき、もう来なくなるんだよなあ」
いつの間にかケイさんはワタシに対してタメ口になっていたが、ワタシは気づかずに喜んでいた。
「わーい、やったあ! これから物書きの道具持参だわ、それからあの建物までの道のりの回数券を買って……」
あっさりと許可が下りたので後半のセリフを深く考えずにワタシはこれからの展望に胸を膨らませて単純に喜んていた。
……今、思えばそれは甘かった。確かにずっこけるようなコトが展開が続くとはこの時は思いもしなかったのだ。
あれこれ話をしているうちに異世界側、つまり浅葱町側の雨は止み始めた。薄日が差して人々は傘を折りたたみ始めている。
ケイさんがその風景を眺めながら、切り出した。
「じゃあ、とりあえずまだ日が暮れるまで時間もあるし、浅葱町側に戻っていろいろ案内しよう」
ケイさんが浅葱町側に向かって歩きだしたので、ワタシはウキウキして後をついていった。
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