1-5 確かに異世界だ、魔法はないけれど。
「ではでは、案内お願いします。異世界の先輩。」
ワタシは恭しく頭を下げた。
「と言ってもなあ、何度も言うがこの街の微妙さについてこられるかな。」
先ほどから何回も出ているフレーズ、『微妙さについてこられるか』一体どんな違いなのだろう。先ほどの行き帰りで見た限りは普通の町に普通の人だった。いや、それよりも先に確認したいことがある。この建物を出る前にケイさんに聞こう。
「まずは、この建物。ここはなんですか?空き家にしてはきれいだし、でも人は住んでる気配はないし。」
彼は少し振り向いて答えた。
「ああ、ここは浅葱町の史跡の『旧浅葱邸』の一つ。この町を発展させた浅葱という名士がいてな、浅葱翁とか呼ばれている。彼はかつての浅葱町の実力者でもあり、この屋敷は昭和の初期までは使われていたアトリエだそうだ。現在は町の文化財として一般公開されている。」
なるほど、だから普通に人が入れて行き来できるのか。だけど活気が無いというか、閑散としている。
先ほどから二人で話していても他に見学者はいない。
「浅葱邸という文化財なのなら、もっと見物客がいそうだけど。今日は土曜日でしたよね。浅葱町の暦も同じならば。」
「そう、浅葱でも暦は同じだ。ここは数ある別荘の一つで主に接客やパーティ用にしていたらしいが、ある事件が起きてからはアトリエに転用したと。本館はもっと明るくて賑やかだね。」
「ああ、だからここの一階は広いと思ったらパーティースペースだったのか。」
言われて見ればかなり広いから2、30人くらいの規模の立食パーティーならできそうだ。
「そう。ただ、この建物の後にもっと豪華な別荘が作られ、ここは寂れていく。ある事件、つまりパーティーに招待された客が神隠しにあった事件も別荘新築のきっかけになったらしい。」
神隠し?それはもしや?
「…それって、それって。まさか。」
「そのまさかだろうな。その頃から異次元、つまり俺らの世界と繋がっていて誰か俺たちの世界へ行ったのだろうな。推測だけど。」
「は~なんだ。スタート地点の浅葱邸からして、すごいじゃないっすか。浅葱町の探索、楽しみだわ。」
ウキウキしたワタシにケイさんは釘を差した。
「いや、さっきも言ったがショボイ異世界だって、ホントに。」
そう言いながらケイさんはドアを開けた。さっきまでの雨がウソのように上がり、夏の日差しが眩しい。
この異世界だと言う浅葱町はケイさんの言った通り普通の町並みだ。幻獣も妖精もいない。ゲームにありそうな家もなく、普通の瓦葺き屋根の民家、店舗、コンビニ、何もかも自分達と変わらない…。
夏の風物詩のわらび餅屋台の呼び声も普通に…。
『♪わらびぃぃぃ~~もちぃぃぃ~~~』
な、なんだ?あの低音に、あの陰気なトーンは?!ワタシは思わずずっこけた。
「な、なんすか、ありゃ。まるで演歌歌手のような歌声ですが。」
「あ~こちらの世界は演歌調なんだ」
「…やっぱ異世界だ。しかも嫌な違い方だ。まさか焼き芋屋の掛け声はヒップホップではないでしょうね。」
「惜しい、焼き芋屋はサンバのリズムだ。」
…それって季節的に逆ではないのかとツッコミたい衝動を抑えつつ、ワタシは体勢を立て直した。
異世界に踏み出して僅か30m。しかし、早くもずっこけて疲労感を感じる。ってこんなに音楽センスが違う世界で腕試しするケイさんはかなりのツワモノかチャレンジャーだ、うん。
気を取り直して、目の前のコンビニに入ってみた。
商品や雑誌もほぼ同じだが、よく見ると確かに微妙に違う商品名がある。それだけではなく、元の世界には売らなくなった昔懐かしのドリンクが堂々と売ってるし、聞いたことないお茶やお菓子もあるし。なんかパチモンを見てる気分だ。でも、面白い。
そして、やはりアサツキ物が多い。ざっと確認しただけでもアサツキ味噌おにぎり、アサツキのサラダ、アサツキスムージーにアサツキポテチ…なんだかアサツキばかりで紹介が疲れてきた。さらにこのコンビニにはソフトクリームも売っているので品書きを覗いてみる。
『豆腐ソフト216円』
『アサツキソフト324円』
この二種類しかない。ずいぶん偏ったチョイスだな、おい。
「豆腐アイスはわかるけど、アサツキのアイス???ケイさん、これって何ですか?」
「この街は名前の通り
「よーし、試食するかな。アサツキはゲテモノっぽそうだから回避しよう。豆腐ソフトをください。」
ワタシは意外とヘタレなので、アサツキソフトを試す勇気はなかった。店員さんはてきぱきとソフトクリームを注いでいく。
「トッピングはしますか?」
トッピング?チョコやコーンフレークかな?
「はい、たっぷりかけてください…え?」
種類を聞かずに答えたワタシも甘かった。店員は豆腐ソフトにアサツキをふんだんにかけ、醤油を回しかけた。てっぺんには生姜のすりおろしがちょこんと乗っている
ほ、ホントの豆腐かよ。
ケイさんは笑いをこらえているらしく、肩が震えている。
「どうだ、美味いだろ?」
ケイさんは笑いをこらえながら聞いてきた。きっと彼も同じ目に遭ったに違いない。ひきつった笑顔でワタシは精一杯見栄を張って答えた。
「ええ、豆乳が濃くて醤油とアサツキのハーモニーが絶妙でございますよ、はい。
そ、そうだ。図書館へ案内してもらえません?それで新聞や本を読めばこの町が大体つかめるかも。」
「…まあ、いいけど。」
彼はまたも微妙な顔をしたのであった。そして笑いを押し殺した顔になったのは気のせいと思いたかった。
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