第7話

僕はあの日の夢をみた。最期の執行、失効。葬送人。

それはまことしやかで粛々と、その深刻の反動とは裏腹に静かに葬り去られた。

僕はすべてを終わらせる役目を負ったのだ。自分がその位置に居ただけだ。だが悲痛で無いといえば嘘にはなる、何十年と追いかけてきた強固な空想と立派な立ち姿。そこには芯がしっかと在ったのだ。少しのそれを引き継いだとは言うものの、僕の属して来た名は過去の遺産と沫に為った。

文字通りの泡屑だ。

泡、

あわ

あわ


あの日僕は声をあげて泣いていた。ずっと溜め込んでいた恩に触れるとそれまでの重荷が、肩を固めていた感覚がぽんと押されてカタリと崩れ去るようだった。そこで初めて僕は、終わったのだと悟った。よく終わりましたね、何処かで―遠いような処でそう謂われたような気がした。


――どうしようもなく貴い思ひを抱いて窮屈に、胸の内を空け放って哭いていた、そこで目を覚ました。身體は妙に脈打っていた。肩の重みはあの日のまま呼び起こされていたようだった。もう一度その感覚をそっくり、心労も含めて体験した気分だった。つい先ほどまで僕の体は重責と憔悴との混淆でがしりと固められていた、血圧だって天井を知れちゃいない。そこから目を覚まして初めてそれから解放された、…そんな感覚を僕の身は訴えていた。


抑々どうしてこのような夢をもう一度見たのかというとそれは恐らく、就寝前の静けさで僕は彼女の言葉を思い出していたからだろう。

どうしても彼女の遠い親戚の、軍人だった彼の事が去来して頭から離れなかった。一個人だ、されど一個人だ。僕は、彼を救えたのだろうかと途轍もない弱みが顔を出す。以前はこんな事決して、断じて無かったのだけれど、(本当に無いと君は言い切れるのか?そんな訳が)…疲れているのだろうか、反れとも彼女に会って何か僕の思考が変わったのだろうか、いやこの時代自体が僕を変えて呑んでしまうのだろうか。

夜中はいけない。一旦掴み出した誤りの弱い思考の端が、気が付くとどんどん幅を利かせて僕を閉じ込めようとする。已めよう、已めだ。

もう終わったのだ。


公園のベンチで、いつも隣に座って話す彼女の横顔は柔らかく、女性らしい柔軟さがあり少女らしい靡きがあるが、…芯があった。ふわりとした芯。そんな彼女をみると、どうもその親戚のかたの安否が彼女の芯に係わっていたように思えて僕はひそかに目線をおとしていた。心があるとは、芯があるとは、僕も言われた事がある。何度か。その理由はちょっと思えば簡単だった。真っ直ぐ僕は誠に進んでいたからだ。彼女の芯もそれに似た、…いや、僕のそれと同じものだろう。


「君は、強いよ。」僕は確か以前にそういった。それは僕がいつも感じていることの一端に過ぎなかった。彼女は屹度、僕の知らない過去を錘として吊るしている。良かろうと、そうでなかろうと。そして、錘は僕の背負っているそれとは全く違う。僕が背負っているのは、……義務と責務だ。言葉に尽くせば多岐の言に亘るが。ひとことで言えば天職の重みだ。いや、天職でなかったか知れない。でも僕はずっと役に着いて付いて尽いて生きていたのだから、(…思えば僕はあの時辞めればよかったのだが他が居なかったのだ)、これは確かだ。


真夜中に息を吐くと虚ろであるはずの僕の肢体も生気のあるような気がしてくるから不思議だよ。

僕は過去の人間であるから君を送り出さなければならない。君を送って僕はここに留まって去る。

それが時代の移り変わりというものだから。


しかし此処に僕は、…新たな潮風に好さを感じた。この世は少しでもきれいだと、僕はあの空のカーテンと、上を見る君の横顔をちらっと見てそう思ったんだ。綺麗だと。

僕らの残した世はこんなにも綺麗に色褪せて別世界のように、……若しくは以前の様に?、美しくかたどられてかたち作られて来て居たのだ、と!

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