一途

 私は生まれた時から海水が駄目。

 だから私の父はお屋敷に大きな水槽を作ってくれた。

 父は私を大事にしてくれている。だから、父が認めた人と添い遂げると私は誓った。

 でも、添い遂げようなんて思わなければよかったと、今、この暗い湖で私は後悔した。


 私はあの人を殺してしまった。


 ある商家の息子と私は恋に落ちたのだけれど、その事は父には内緒にしていた。

 ある日父はその息子さんと私を見合いさせると言い、私は胸が弾んだ。きっと彼も同じ気持ちだったと思う。

 でも、お見合いをする時、彼は私を連れてお屋敷を飛び出した。誰にも言わずに。

 暗い夜道を、私を背負いながら歩く彼は自身の父親が私の血肉が目当てなんだと教えてくれた。だから逃避行を選んだのだと。

 それから山を二つほど越えた谷に深く広い湖があるのを見つけ、彼はここでいっしょに暮らそうと言った。勿論私は彼と一緒ならどこでもよかったので、二つ返事で答えた。

 暫くは平和に過ごせたと思う。しかし、私のこの姿は余りにも目立つ。

 あれは、ある秋の出来事だ。彼は私に隠れんぼをして遊ばないかと提案してきた。そんな子供の遊びはしたくなかったが、絶対に見つからない自信があったので、私は「いいよ」と答えた。

 この時に、彼の異変に気付けていれば私は彼と共にいられたのかもしれないと、今でも後悔している。

 この谷は紅葉がとても鮮やかで美しかった。水面には赤い布が敷かれているかのように紅く、私を隠すには10分な程に広がっていた。

 鬼役は彼だった。数を数え始めた彼から少し離れ、静かに湖へと潜りその布の下へと身を隠した。ここなら絶対に見つからない、でも彼の事だから直ぐに気付いてくれると。確かに彼は気付いていた、と思う。隠れんぼと称して私を隠したのだから。

 私が隠れてから暫くして、彼が湖の中へと飛び込んできた。

 見慣れた彼の顔はとても穏やかな死に顔となっていた。

 私は怒りを覚えた。今なら誰彼かまわずに当たり散らしてしまう程に、気が狂いそうな程に、憎悪と悲しみが入り交じり私を包み込む。水面へと勢いよく飛び出した時、私の体は以前よりも遥かに大きく、重たくなっている事に気が付いた。

 これなら殺せる。

 生まれて初めて向けた殺意の相手は彼の親だった。

 尾を思い切り叩きつけてやった。虫が潰れるような感触だ。呆気ない。

 私と彼の二人の人生も同じくらい呆気なく終わってしまった。そう思えば思うほど、私欲に塗れた人間が憎くて憎くてたまらなかった。


 あれから私の怒りはいまだ晴れず、こうして暗い湖に閉じ込められている。あれからどれほどの年月が経ったのかすらもう分からない。

 私を閉じ込めたのは、とある陰陽師だった。同情はするが、少し頭を冷やせと言っていた。時が来れば出してやると。

 その陰陽師が生きているのかは分からない。

 別に出してくれなくてもいい。


 私が願うのは、彼にもう一度会う事。それだけ。

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