三百年の恋

「なんでも人魚の血肉には不老不死の効果があるらしい」

 そう父は言った。

 昔からこの人は突拍子のない事を言ってはそれを実現させてきた。しかし、今回の話ばかりはハッキリと眉唾物だと分かる。そもそも不老不死の薬が本当にあるというのなら、彼女は父以外の人間にも狙われているだろうし、妖が長生きだからといって不老不死の力があるとも限らないのだ。

「父上は不老不死になりたいのですか? 儚い人生こと人らしくあるのではないかと思うのですが」

「若いな。お前も年老いてみれば分かる。人の人生の短さを、時間の足りなさを痛感する事をな」

 父の考えと自身の考えがまったく違う事には驚きはしなかったが、人生をここまで成功に導いた人にまだやり残したことがあるというのが意外だった。父はどこまでも強欲で貪欲で、求め続けてしまう。

「そうですか……」

 だから決心した。彼女を父に近付けさせてはいけないと。父から彼女を守らねばならないと。


 お見合いの当日、俺は彼女を連れて屋敷を抜け出した。最初は狼狽えていた彼女だったが、父の目的を話すと、彼女も俺と共に逃避行する事を決意してくれた。

 確か、山を二つほど超えた所に広い湖があるのを覚えていたので、そこを目指して歩き続けた。

 やっと辿り着いた湖は静かで、暮らすにはちょうど良い場所だった。一応、雨風しのげる洞穴もあるし、水も豊富にある。野生動物を狩れば食料も問題なかった。だから

「これからここで一緒に暮らそう」

 と彼女に提案した。

「ふふ、素敵ね」

 彼女は頬を赤く染めてはにかんだ。

 それから俺と彼女は平穏な日々を過ごした。


 しかし、それは秋が来た時に崩壊した。


 赤く染まる木々を見上げ、その鮮やかな赤さに身震いをした。それは虫の知らせだったのだろう。俺は地面に耳をつけて集中する。野生動物とはまた違った動きをする音があった。しかもすぐそこまで来ているようだ。

「るい」

 木陰に彼女を呼び寄せ、鬼ごっこをして遊ぼうと提案する。ちょうど湖には紅葉が浮かんでおり、彼女の事だからあそこにきっと隠れてくれる。そう考えたからだ。

 彼女は「いいよ」と答え、俺は数を数える。


 一、二、三、四、五、六、七、八、九、十


 彼女は上手く隠れてくれた。パッと見ではどこにいるのかすら分からない。

「聡治」

「父上……こんな遠くの山へ紅葉狩りですか?」

 少数の付き人と馬に跨った父が俺をみ見ている。彼らの視線は驚きと軽蔑の色が混ざり合い、嫌な視線となって俺を射貫く。

「紅葉狩りと普通の狩りにな」

「そうですか……なら、ちょうど大きな獲物がこの付近にいますよ」

「ほぉ、それはどこにおる?」

「いま、俺の目の前にいますよ」

 言うが早いか、俺は狩りのために常に装備していた弓を引き、父を射る。俺の矢は父の喉元を射貫き、鮮血が吹き出るのが見えた。しかし、それと同時に俺は付き人の弓によって射貫かれていた。

「ざまぁみろ」

 意識が遠のいて行く中、俺は父が死んだという事に安堵した。


 そしてそのまま俺は、冷たい水の中で彼女の腕に抱かれながら眠りについた。


 あれから幾年が過ぎ、俺は二度目の人生で彼女の元へと訪れた。俺の死をきっかけに、彼女は人魚から怒り狂う龍となり、あの山の湖で暴れている。きっと俺の顔など忘れてしまっている。

 二度目の人生は陰陽師。きっと俺と彼女は神に高待遇されているのかもしれない。こうして巡り合わせてくれるのだから。

 怒り狂い力任せに暴れる彼女を見て、俺はあの時の選択が間違っていたのだと気が付いた。もっと遠くに逃げていれば……。父を討たず、遠くへ誘導すれば良かったのかもしれない。しかし、彼女の脅威になりかねない父を生かすという選択はあの時の俺には出来なかった。

 言葉も通じない彼女を洞穴へと封じ込め

「君が落ち着いたらまた会いに来るよ」

 と言い残し、俺はその場を去った。


 それから年月は経ち、現代へとなる。

 再び俺は生前の記憶を有したまま、三度目の人生を迎えた。しかも、あの山の近くの村の人間として。

 自由が効く義務教育を終えた高校生になり、俺は彼女に会いに行った。昔の自分が施した術式はまだ作動しており、当時の自分の優秀さに少し驚いた。術式を破り、中へと入る。

 そこには、あの日から少し成長した彼女いた。真っ赤な瞳が俺を見つめていた。

「聡治……?」

「そうだよ、るい。迎えに来たよ」

 彼女は俺に抱き着き、子供のように泣きじゃくった。

 こうして、長い年月を経て俺と彼女は一緒になることが出来た。

 きっと俺が死ぬのが先だろうけど、それまでの人生を共に謳歌しようと二人で誓い合った。



——三百年の恋—— 完

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ROMAN 八條ろく @notosikae

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