大王の1日

 別の銀河のある惑星はとても地球と酷似している。

 その惑星の名は〈コーポリフ〉。地球より数倍大きく、太陽より遥かに大きい恒星を回る生命力に溢れた惑星だ。この惑星が地球とどう似ているかと言うと、コアが鉄とニッケルで出来ているという点と、生命体が存在しているという点と、恒星からの距離だ。

 もちろん地球とは違う所もある。この惑星は他の生命体が存在している惑星と交流があり、この惑星のテクノロジーはどの惑星をも凌ぐ程発達しており、気軽に他惑星へ旅行に行くことが出来る。

 そしてこれから語られる話は、この惑星に住む一人の男の一日の物語。


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「実に暇だ」

 退屈そうな声が室内に静かに響く。発せられた声は小さく、ただのボヤキだったのだが、室内に音を吸収するような物があまりなく、小さなボヤキでも響いてしまう。

 声の主は備え付けられた真っ白なソファーに寝っ転がり、真っ白な天井を見上げてる。

 真っ青な青色から徐々にピンク色に移り変わる頭髪、オーロラのような多色の瞳、中性的な顔立ち、人形なのではと思う様な美貌を持ったこの人物こそ、声の主であり、この部屋の主である。

 彼の名は〈アンゴルモアの大王〉人からはアンゴルモアか大王と呼ばれている。その名の通り、見かけによらない絶大な力を持っているので、こうして何も無い部屋に押し込まれているのだ。

「ご飯も食べた、歯も磨いた、宇宙を見ても一日くらいじゃ何も変化なし……外に出られればなぁ」

 アンゴルモアはソファーから起き上がり、改めて自身の部屋を見回す。床、壁、天井、机に椅子にソファー、全てが白色で揃えられた殺風景な部屋だ。唯一の色味と言えば彼自身なのだが、彼は自分で自分を見る事が出来ないので意味が無い。

「……あまり気は進まないが……」

 右手首に着けているバングルを軽くタップすると、空中にメニュー画面が表示される。さらにタップをして通信のモードを選ぶと、ある人物にコールがかかった。

『どうかしましたか? 大王』

 画面に男の顔が映る。長いウェーブした前髪が特徴的なハンサムな男だ。

「どうもこうもない。暇すぎて死にそうだ……外に出たい。お前もずっと何日も研究所に籠りっぱなしではないか」

 アンゴルモアの言葉に、男は怪訝そうな顔をして黙る。暫しの沈黙が二人の間に流れた。

『……分かりました』

 沈黙を破ったのは男の方だ。

『エレベーターを使えるようにしたので、研究室まで上がってきてください』

 丁寧な口調に若干の面倒だという感情を交えて、そう答えると、部屋の扉の方でベルの音がなった。この音はエレベーターが着いた音で、アンゴルモアは嬉々としてエレベーターに乗り込む。

「クロムス」

『なんですか?』

「ありがとうな」

 男——クロムスは口元に柔らかな笑みを浮かべると通信を切ってしまった。

「……なんか、嫌な予感がするな」

 何も考えずにエレベーターに乗った事を後悔しながら、アンゴルモアは減っていく数字を見る。

 このエレベーターは一階までしか上がらず、一階に着いたら別のエレベーターに乗り換えて四五階まで上がらなければならない。彼の部屋から研究室まではだいぶ距離があるのだ。

「あいつが毎回俺に意地悪してくるわけじゃないし

……もしかしたら今回はなんかの奇跡で、ほいっと外に出してくれるかもしれない」

 そんな淡い期待を胸に秘め、一階で降りて別のエレベーターに乗り込む。

 この建物は様々な分野の研究室と研究員の部屋が用意されており、クロムスのいる研究室は中間くらいの回にある。

 今度は増えていく数字を見ながら、アンゴルモアはもし外に出た時のことを考えた。

「……あれだな、ジャンクフードをまず食べて」

 エレベーターのドアが開き、アンゴルモアは口を噤み、奥の隅っこへと下がる。エレベーターが止まった階は15階でレストランが入っている階だ。

 エレベーター内の時計は13時となっており、丁度昼休憩が終わった時間。となると、必然的に大勢の人がエレベーターに乗ってくる。多種多様な体格の研究員が乗り混んでくると、エレベーター内はあっという間にぎゅうぎゅうになってしまった。

 ——苦しいっ!

 この時、この体が細身で良かったとアンゴルモアは思った。

 ——ん……?

 ふと、隣に立つ人物の雰囲気に覚えがあり視線だけを動かして、自分の肩くらいの高さにある顔を見る。褐色の肌に黄緑色の瞳が輝く美しい女性。ウェーブした髪がクロムスに良く似ている。

「……フェンじゃないか」

「え?」

 突然名前を呼ばれて女性は目を丸くしたが、アンゴルモアを見るなり笑顔を零す。

「大王様じゃないですか、クロムスに呼ばれたんですか?」

 親しげにクロムスの名前を呼ぶ彼女——フェンはクロムスの実妹であり、彼よりも先輩の研究員だ。この兄妹はアンゴルモアの事を大王と呼ぶ。

「外に出せと言ったら研究室まで来いと言われてな」

「なるほど……なんか企んでそうですね」

「やっぱり?」

「はい、愚兄の事ですから」

 さらっと実兄の事を愚兄と呼ぶ妹。アンゴルモアは奴は妹にも嫌われているのかと呆れた。

 これから会いにいくクロムスという男は、はたから見ればシスコンと言わざるを得ないほどに妹に甘く、何かと世話を焼きたがる男で、「シスコンではない、仲が良いだけ」と言っているが、年頃のフェンからすればどうしようもないほどに気持ち悪いのだ。

「あ、今度大王様に素敵な物を差し上げますね。大王様の瞳に似た石を見つけたんですよ」

 アンゴルモアの返答を聞かず、フェンはそれだけ言い残して、30階でエレベーターを降りていった。

「……石?」

 気が付けばエレベーター内は彼一人だけとなり、狭い空間に間の抜けた疑問の声が響いた。


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 45階でエレベーターを降りると、大きな扉が目に入った。この大きな扉の向こうこそ、クロムスがいる研究室であり、アンゴルモアが足を踏み入れても良い場所となっている。

 扉の前に立ちバングルを付けた手で触れると、扉が開く仕組みになっており、アンゴルモアが触れるといとも簡単に研究室の扉は開かれた。中へ踏み入れると、数人の研究者が何やら作業をしている。

「おーい、クロムスー」

 研究室を探し回るのも面倒なので名前を呼ぶ。すると、飲み物を片手に持った太ましい男が答えた。

「クロムスなら研究室の奥にいるぜ。ほら、ナノマシンを研究してる箇所」

「あぁ、あそこか……ナノマシンって事は、やはり嫌な予感しかないな……」

「まぁ、そう言ってやるなよ。大王の力が強すぎて体の方がイカレちまうんだからよ」

「言っとくが、オレはモルモットじゃないからな」

 そう吐き捨てると、アンゴルモアは研究室の奥の方へと向かう。ナノマシーンとは、その名の通りとても小さな機械で、複数機使う事によって様々な事を可能に出来る優れものだ。アンゴルモアの口ぶりからすると、彼はナノマシンに対して良い思い出がないようだった。

「おい、クロムス」

 デスクの上に頬杖を着いてカラフルなバーガーを頬張る男に声を掛ける。

「あぁ、来ましたか」

 男——クロムスはバーガーを一旦置き、アンゴルモアの方へ体ごと向ける。フェンと同じく褐色の肌に黄緑色の瞳が輝いている。

「で、なんで研究室に呼んだ?」

「ナノマシンの制度を上げてみたので試してほしくて」

「やっぱり……」

 明らかに嫌そうな顔になったアンゴルモアに対して満足気な笑みを浮かべると、クロムスは椅子から立ち上がりアンゴルモアを見下ろす。

「以前作ったやつは大王の力に耐えられずに壊れましたからね」

「とんだへっぽこマシンだったよ……フレアに似た熱波を放っただけ溶けだすんだもんな」

「普通の人はそんな物出しませんからね」

 アンゴルモアの言葉にツッコミを入れつつ、クロムスは黒い輪っかを五つ差し出す。

「これを手足に付ければ意のままにナノマシンを操る事が出来ますから」

「なるほど」

 アンゴルモアはさっそく両手首に装着し、動作を試す。すると暗黒色の鉄が両手を覆い隠す。

「……この素材なら確かにちょっとやそっとじゃ壊れそうもないな」

 このナノマシンに使われている金属が特殊な素材だと見抜き、アンゴルモアはそう言葉を零した。その金属はこのコーポリフから近い惑星に存在しており、今の所見つかっているどの鉱物よりも丈夫で、かなりの高温にも耐えられる代物だ。

「えぇ、惑星ウルガナにある鉱物を溶かして作りました」

「だが、敵も何も居ないのにどうやって性能を試せと?」

 そう疑問を投げると、クロムスは口元に笑みを浮かべて窓の外を指さす。

「なっ……」

 アンゴルモアが窓の外へ視線を向けると、軍の戦闘機がこちらに銃口を向けているのが分かった。

「外へ出かける代わりに、軍の模擬訓練に付き合ってもらいます」

「待て待て、こんな街中でやるつもりか?」

「既に民間人は避難済です。ですので思い切り暴れても構いませんよ?」

 ——アホだ。

 ニッコリ笑顔で答えるクロムスに対してアンゴルモアはそう評価した。元々こいつが救いようのないアホなのは分かっていたが、今回は本当に呆れるしかない程に度が過ぎている。

「お前……本当にアホだな……ある意味戦闘狂じゃないか」

「最高の武器を作るのが技術者の夢ですから。いかなるデーターも必要なんですよ」

「フェンに怒られるぞ」

「かも知れませし、じゃないかも知れませんね」

 怒られるのを承知でこの男は実験データを手に入れるつもりだ。と、アンゴルモアは確信した。そしてそれと同時にこのナノマシンをまたぶっ壊してやろうと考えた。クロムスや政府は自分を上手く利用し、武器にしようと考えているのが透けて見えるのでそれに従うのが癪だったのだ。

「ふん、規格外の俺を相手に良いデーターが取れるとは思わないけどな!」

 そう吐き捨て、アンゴルモアは研究室の窓を叩き割り、目の前の戦闘機へと飛び付く。

「!?」

 飛びついた機体の運転席には誰も乗っておらず、無人だった。

 ——やられた。

 これは、ナノマシンの実験では無い事に気が付き、アンゴルモアはクロムスを見上げる。クロムスは表情をひとつ変えることなく、様子を見ている。

「うぉっと」

 機体が大きく動き、振り落とされる。落ちた瞬間に、無数の機体が待ち構えていたかのように現れ、アンゴルモアに一斉射撃を行う。

 ——ナノマシンではなく、無人機の実験だったとはな……いや、どっちのデーターも取るつもりかっ!

 両手のナノマシンを使い、射撃を防ぐ。光か圧縮された光弾の熱にも耐えるその耐熱性に、アンゴルモアは感心した。

「ほぉ……少し楽しくなってきたな」

 くるりと膝を抱えて周り、足を下にすると、そのま空気の上に着地をした。

「なるほど、シールドを張ってるのか……これなら街も壊れずに済むな」

 ぐるりと首を回し、どの程度までシールドが貼られているのかを目視で確認する。僅かな歪みを視界に捉え、これが2kmほどは張られており、ちょっとしたドーム状になっているのが分かった。

 辺りを観察しているアンゴルモアに再び光弾の雨が降る。攻撃を察知して空気の床を蹴ると、一番近くにいた機体に腕を突き刺し、そのまま上空へと遠心力を掛けて投げ飛ばし、機体同士をぶつけて破壊する。

「おぉっ!」

 こんな事をすれば普通は腕がもげるのだが、ナノマシンのおかげで負担はだいぶ軽減されているようで、特に腕を無くすこともなく投げ飛ばすことができた。

 ——残り4機か

 更に激しくなる雨の中、空気の壁を駆け上がり、機体の上空へと舞い上がるとそのまま踏み付ける。すると、重力が突然増したように、機体の中へと体がめり込み貫通し、そのまま勢いを増して、下にいたもう1つの機体を穿いた。


 アンゴルモアの戦いぶりを見ながらクロムスは、深い溜息を吐いた。

 ——生身の体にしておくのが本当に勿体ない。

 アンゴルモアの体は、彼をこの惑星に呼び出した時に器となった一般の少年の物で、中に入っている巨大な力に耐えれる代物ではないのだ。

 なので、クロムスは以前、アンゴルモアにもっと丈夫な体を与えると言ったのだが、要らないと断られてしまった。

「思い入れがあるのかは分からないが……宝の持ち腐れだぞ」

 窓越しに、そんな言葉を宇宙そのものである人物へと投げ、自分ならもっと似合うものを与えられるのにと歯噛みをした。


 残りの2機からの弾幕をナノマシンで受けながら、アンゴルモアは次はどうしようかと考えていた。

 本当はこのナノマシンを壊すつもりだったが、なかなかに丈夫なので、壊れる前に機体が無くなるのが先だろう。

「流石に太陽並の熱量は耐えられないとは思うが、このシールドが耐えれる保証もないしな……よし」

 アンゴルモアはナノマシンへ自分のエネルギーを与える。すると、ナノマシンが見る見る赤く発光していき炎を纏う。隕石くらいだったら、シールドも持つだろうと考えたのだ。

 炎を纏ったナノマシンは火矢の如く上空へと放たれ、小さな隕石としなって2機をあっという間に塵にした。全てのナノマシンを撃ち放ったので、多少アンゴルモアも怪我を負ったが、特に生活に支障をきたす程でもない。傷をも再生出来る彼からすれば、怪我をしたというカウントにすら入らないだろう。

 アンゴルモアは再び空気の床を蹴り、僅か1回の跳躍でクロムスの研究室の窓へと舞い戻った。

「で、いいデータは取れたのか?」

「えぇ。まだまだ改善しないと、大王みたいな規格外は倒せないって事が分かりました」

 クロムスの言葉にアンゴルモアは肩を竦める。

「あーあ、これで外出終わりか。スペースバーガー食べたかったな」

「そう簡単に出してあげられませんからね……今度買ってきて上げますよ」

「俺は自分で頼みたいの!」

 そう言いながら、アンゴルモアは久し振りに激しく動いて疲れた体を癒す為に、研究室を後にした

「……私だって、本当は一緒に出かけてあげたいんですけどね」

 クロムスの呟きは、アンゴルモアに届くこと無く、空中に吸い込まれる。

 ——いつか、フェンを含めた3人で食べに行ければ良いんですが……

 手元の端末の画面を見ながら、叶う事が無いであろう願いに、若干の思いを馳せ、クロムスは仕事へと戻る。


 長いエレベーターを降りると、相変わらずの真っ白な空間がアンゴルモアを受け入れる。

「ん?」

 その空間の中に、自分以外の色味を見つけた。それは、ソファーの前にある背の低いテーブルの上に置かれており、照明の光に色を乗せて影をテーブルの上に落としている。

 手に取ってよく観察する。形状は板のようで、両面ともよく磨きあげられており、滑らかな触り心地だ。色は翠、蒼、紫の3色。

「フェンが言っていた石とはこれの事か」

 手紙も何もないあたりが、フェンらしいとアンゴルモアは口元に笑みを浮かべ、石をテーブルの上に戻し、ソファーに横になる。

 ——目が覚めたら、この石の名前をフェンに尋ねるとしよう

 薄れゆく意識の中で、起きた時の予定を立てて僅かに口元に笑みを浮かべる。


 今朝以上の静寂が部屋に訪れた。




——大王の1日——  〜完〜

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