事件

 部活帰りに頼まれていた買い物を済ませて家に入る。ノブを引くとカチャリと軽い音を立てて玄関ドアは開いた。

 靴を脱いで綺麗に揃える。玄関の土間には私の靴の他に父の靴と母の靴が綺麗に揃えられていた。兄の靴が無いのを見る限り、兄はまだ帰ってきていないようだ。

 買った食材を置きに居間へと向かう。居間は酷くちらかっていたが、母も父も知らん顔で仲良くソファーに座って、テレビを見ていた。

 なぜ片付けないのかと聞いても返事はない。よほどテレビで流れているバラエティ番組が面白いらしく、私の言葉は2人の耳にはとどかなかった。

 ふと、私は窓の外から視線を感じた。しかし、顔を向けては行けない気がしたので、前髪を直す振りをしてテーブルの上にあった手鏡で窓を見る。すると、見知らぬ男がじっとこちらを見ていた。

 私は瞬きひとつせずに見てくる男に悟られないように、手鏡を持ったままキッチンへと移動し、武器となる包丁を手にした。ぬるっとした感触が掌に広がる。ハッと包丁を握った手を開いてみると、ベッタリと鮮血が私の手に付着していた。

 私は包丁を握り直して、父と母の元へと向かい、2人の前へと回り込み絶句した。

 父と母の瞳は何処か虚空を見つめており、耳は切り取られ、下顎が無くなっていた。一目見ただけでも異常と分かるその様に、私はじっと見てられなくて思わず顔を背けてしまった。

 その時、ばちりと外の男と目が合う。ニタニタと口元を歪めて笑う男は玄関側へと走って行った。その時、庭の木に兄が打ち付けられている事に気が付いた。大事な家族を男に殺された事に私は悲しみよりも怒りが湧いた。

 生まれて初めて怒りが殺意へと変わった。

 男を捕まえる為に玄関へと向かう。案の定、男は玄関の外に立ってニタニタと笑いながらこちらを見ていた。

 包丁を投げつけるが、男が駅の方へと走り出したので、当たらなかった。

 私は素早く運動靴を履いて後を追いかける。

 足に自身はあった。あんな男はすぐ捕まえられると思った。

 駅までの距離は200メートルくらいだろう。実際はもっとあるかもしれないが、陸上部の力の見せ所だ。

 暗い道を男を追って走る。しかし、なかなか距離が縮まらない。男も足が早かった。こちらが速度を上げれば男も速度を上げるので、なかなか距離が縮まらない。

 全力を出してやっと少しづつ縮まっていく感じだ。踏切の音が徐々に近づいてくる。駅が近い。

 心臓が破裂しそうなくらいバクバクと脈動しているし、喉も鉄の味がしている。脚も吊りそうだった。しかし、ここで脚を緩めてしまえば、男を取り逃してしまう。私はさらに無理をして無我夢中で追いかけた。

 踏切の音が大きくなり、男の背中も手を伸ばせば届く距離にまで迫っていた。しかし、男が踏切を潜ったのを見て一瞬だけ躊躇してしまった。逃がすわけには行かないので私も潜り、そのまま飛びついてやった。

 しかし、私達の体は地に着く前に強い衝撃を受けて飛ぶ。

 ざまぁみやがれ。

 私が最後に見た景色はバラける男と眩しい光だった。


 午前のニュースで、他県の事件が報道されている。家族一家が惨殺されたニュースと、その犯人と娘が心中したと。包丁からは娘の指紋があった事から、警察は娘も共犯だと判断したそうだ。

「怖いわねぇ……そんなに家族が嫌だったのかしらね?」

 僕の母は別の国で起こった事件のようにニュースを眺めている。

「さぁ?思春期の女子の考えなんて分かるはずがないよ」

 僕は母の作った美味しい朝ごはんを平らげる。

「それじゃあ行ってきます」

 ニュースで報道されていた家族を不憫に思いながらも、僕は今日も学業に励むため、晴天の下を友達とふざけながら歩くのだった。



~完~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る