森の奥の教会

 深い森の向こうに広がる野原に佇む教会。

 この教会は孤児院も経営しており、毎日子供達の元気な声が絶えずに溢れている。

 教会を営んでいるのはシスターのみで、神父はいない。

 ここにいる子供達は、ある理由で家庭に居れなくなった子供達で、ここに来るまでは痣が耐えないような生活を送っており、教会に来た当初は全てに諦めたような顔をしていた。

 しかし、シスターのおかげでこうして笑顔を取り戻して、広い野原を駆け回っている。

 教会の庭に設置されているテーブルでシスターと少女が談笑をしながらお茶を飲んでいる。

 柔らかなブロンドの髪の毛を片耳にかけ、紅茶を飲む緑色の瞳の少女は、そばかすのある頬を緩めて笑う。

「ねぇ、シスター。私を養子にしたいと言った物好きがいるんでしょ?みんな噂をしているわ」

 嬉しそうにはにかむ少女。

「物好き……いいえ、彼も私達と似た人よ」

 シスターは紫色の瞳を細め、どこか寂しげに笑う。

 少女はシスターにとって特別な子供だった。

 この教会に来た子供達はどの子も魔女や魔術師と言った血筋の子供で、親が自身の血筋の事実を知らずに"悪魔の子"だと言って置きさって行ったのをシスターが面倒を見ているのだ。

 そんな子供達の中でも、この少女は特別力が強く、魔女としての才能を齢12にして最大まで引き出すことが出来る子供だった。

 なぜシスターがそんな子供を惜しんでいるのかというと、彼女自身も魔女だからだ。

「ただ、あの人には無い力を貴女が持っているから、彼は貴女を養子にするの。彼は貴女の遠い親戚なのよ?」

 シスターの言葉に少女は大きな目をぱちくりと瞬かせ、クッキーを一口かじる。

「つまり、パパとママと同じ人?」

 少女の言葉にシスターは首を緩く左右に振り、その言葉を否定した。

「いいえ、同じではないわ。貴女のパパとママのように貴女を捨てないし、魔法に理解のある人よ。お金持ちでもあるし、きっとのびのびと暮らせるわ」

 お金持ちという単語を耳にした少女は、その日が待ち遠しくてたまらないという風にそわそわし出す。

「来週の日曜日にその人は来るわ。その前に、1つだけ貴女に忠告しなければいけない事があるの」

「忠告?何に気を付ければいいの?」

 少女は首をかしげて尋ねる。

 するとシスターは懐から純白の羽根を取り出し、少女に見せた。

「この羽根を持つ者が彼の傍に居るのだけれど、その物を信じてはダメよ。聖なる生き物の皮を被った悪魔なのだから」

「うん、気を付けるよ」

 強く頷いて少女は真剣な眼差しをシスターへ向けた。

「ありがとう。貴女がいなくなるとここも寂しくなるわね」

「大丈夫、私が大きくなって独り立ち出来るようになったら会いに行くから」

「ふふ、楽しみにしているわ」

「うん!…あ、最後の一枚…」

  クッキーが乗っていた皿に手を伸ばした少女は、このクッキーが無くなればシスターとのお茶会も終わってしまうと思い、さっと手を引っ込め、代わりにパチンッと指を鳴らした。

 すると湧くようにクッキーが増えた。

「あらあら、欲張りな子ね」

 遊んでいた他の子供達も丁度戻り、わらわらと庭へとやって来た。

「あ! クッキー! 」

「本当だクッキーだ!」

「シスター食べもいーい?」

 元気な子供達の声を耳に、シスターは柔らかく、幸せそうに笑った。

「えぇ、たんとお食べ」


 それから、次の週の日曜日はあっという間に訪れ、少女は身なりの良い口髭を蓄えた紳士に引き取られていった。

 その時、シスターは笑顔では見送れなかった。

 険しい顔で去っていく背を見送る事になってしまった。

 紳士の傍を歩く白い悪魔が歩を止め、振り向く。

『お馬鹿さん』

 薄い唇が動き、そう言っているようにシスターには見えた。

 ぞっとする程透き通るような碧い瞳が、小馬鹿にするように細められ、さっと視界から消えた。

 再び歩き出す白い悪魔。

 シスターは下唇を噛み締め、憎悪と嫌悪が混じったような瞳で見えなくなるまでその背を睨み付けた。

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