第20話 生贄

 潰走を続ける帝国軍を追い上げる皇国軍。

 互いの戦力差は数十倍にも及ぶも、圧倒的な士気の違いがこの状況を産んだ。

 死を恐れぬ皇国軍は恐怖に怯えた帝国軍の兵士を皆殺しにしていく。

 折れた剣を捨て、許しを乞う帝国軍兵士の首を落とし、狂気に満ちた瞳の彼等は誰一人として救う気など無かった。それはかつて、王国であった民に対してもだった。彼らは民に慈悲など与えず、助けを求める者を殺し、村を焼き払った。

 まさにそこは地獄の有様だった。

 神の名の下に地獄が繰り広げられる。だが、そんな事は教皇には興味の無い事だった。彼の瞳はただ一つ。帝王と彼が連れ去った姫だけである。

 「遅い・・・。早くしろ」

 彼は事ある毎に部下にそう叱責する。だからと言って、進撃速度が速まるわけじゃないが、それでも聖騎士達は自らの体力が削れるのを感じながらも強引に突き進んだ。寝る暇もなく、昼夜を通して、突き進む教国軍。

 帝国軍は完全に瓦解し、帝王が居城としているかつての王国の王城へと道が拓かれた。教皇を乗せた馬車は聖騎士に守られながら、街道を突き進む。

 

 その間にウォルフ達は馬を調達して、裏街道を突き進む。すでに戦意を失った帝国軍兵士などに遭遇するが、彼らは怯えており、ただ、逃げ惑うしかしなかった。

 「徹底的にやられたな」

 ウォルフに解る。彼らの多くは帝国とは無縁の国々の兵士達だ。帝国の為の忠義などあるはずもなく、尚且つ、徹底的に敗北を味わえば、叩く意志など無くなるに決まっていた。

 「この調子なら、二日で着きそうだね」

 隣でラナがそう問いかけて来る。

 「あぁ・・・だが、それは教皇も同じだ。それにそれだけ時間があれば・・・帝王が姫に何かをする時間もあるって事だ。間に合えば良いがな」

 「儀式ね・・・神がどうとか・・・本当なんだろうか?」

 「本当か嘘か・・・これだけ世界を巻き込んだんだ。信じないわけにもいかんだろう」

 ウォルフは笑った。そんな話は彼にすれば、どうでも良い事だった。今からすることは全て、自分の信念を貫くためだけの事なのだから。

 

 王城は崩れ落ちていた。

 中は酷い有様でかつての様子は微かにしか残っていない。

 謁見の間も装飾品の全ては奪われ、放置された為、酷い有様だった。

 その中央に縛られたまま、転がされるステラ。

 その周りを囲む目深にフードを被った者達。

 そして、それを玉座で大仰に眺めている帝王。

 床には血で描かれた文様があり、これから何かしらの魔術的儀式が始まる事が解る。

 「準備は整ったか・・・」

 帝王は周囲を見渡し、立ち上がる。そこに1人の騎士が駆け込んで来る。

 「帝王様。王城の南に教国の軍団が現れました。圧倒的な強さで進軍して参ります」

 「ふん・・・教皇か。あの老いぼれめ。思ったよりも早かったな」

 帝王が笑った。

 「解った。とにかく時間を稼げ、ありったけの兵力をそこに集中しても構わない。あと少なくとも2ギルグはこの城に近付けさせるな。そうすれば、俺がそいつらを一掃させてやる」

 それを聞いた騎士は不安そうな表情を浮かべながら、去って行った。

 

 ウォルフは王城が見える丘に居た。

 「ほほぉ・・・帝国軍の布陣が変化するぞ」

 王城の周囲に居た帝国軍の兵士達が慌てて南側へと動き始めていた。

 「教国軍に対応する為じゃない?でも・・・全軍を動かして大丈夫なのかしら?」

 「大丈夫だろう。教国軍もかなりの強行軍だ。二手に分かれてとか考えられる話じゃないだろ。教国と帝国が衝突する。多分、あの化け物みたいな教皇もそこで足止めを喰らうだろう。幾ら、雷を扱うって言っても限度ってのがあるだろうしな」

 ウォルフは剣を確認した。帝国の騎士から奪った安物ではあるが、それなりに手入れのしてある物だ。

 「さぁて・・・何が起きるか解らないが・・・間に合わせないとね」

 ラナも拳銃を確認した。手に入れた火薬などで爆弾なども作り、彼らは突入の機会を伺っていたのだ。

 「さぁて・・・後戻りは出来ないが・・・行くか?」

 ウォルフはラナに尋ねる。

 「ふん。当たり前じゃない。どうせ、戻るあてもないんだ」

 

 床に転がされるステラ。不安ながら、彼女は何が起きるのかを見ていた。

 フードを被った者達は何かの呪文を唱え、手にした宝石を胸の前に掲げている。それを帝王は笑みを浮かべながら見ている。

 どれだけの時間が経ったのだろうか。

 ステラの身体が燃え上がるように熱くなる。

 「あ、熱い!」

 ステラはあまりの熱さに耐え切れず、悶え苦しむ。それに合わせるかのように血で描かれた文様が輝き出す。

 「ははは。あと少し・・・あと少しで、お前の中の聖なる力が覚醒される。それを我が身に納めるのだ」

 帝王は高笑いをしながら、悶え苦しむステラの前に立つ。

 そして、腰から剣を抜いた。そして、彼はその切っ先をステラに向けた。

 

 教皇は力の限りを尽くした。

 あと一歩で王城へと辿り着くというところで、帝国軍の大軍に阻まれたのだ。

 士気は落ちているとは言え、戦争の経験値は圧倒的に多い彼等の戦いぶりは疲れが出てきた教国軍を押し返した。

 教皇の激しい雷撃にも帝国騎士は馬を駆り、一気に肉薄してくる。

 教国軍の兵士は蹴散らされ、教皇へと迫りくる騎士達。

 教皇は自ら剣を持ち、騎士の身体を真っ二つにした。

 フルアーマーの騎士を甲冑ごと、縦に真っ二つにする者など、とても人間業には思えなかった。だが、それに恐れをなす騎士達では無い。あらん限りの力を持って、教皇に飛び掛かる。

 戦場は死体に埋もれ、血の海と化していた。

 そこが地獄だと誰もが思った。

 そして、その中心に教皇が居るのだと。彼が神なのか・・・悪魔なのか。誰にも解らなくなっていく。

 

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