第16話 神降臨

 聖騎士が大剣を振るう。

 帝国軍の騎士達の盾ではその刃を止める事は出来ない。

 次々と帝国騎士が殺されていく。

 「騎士には銃だ!銃を構えろ!」

 未だに帝国軍ではフリントロック式の先込め式銃が主流だ。派手な白煙を噴き上げながら銃弾が戦場を飛び交う。

 銃を撃ち終えた教国軍兵士が突撃を始める。列を成して進み、銃を敵陣に撃ち終えたら突撃するのがこの時代の戦法だった。

 騎士は馬を駆り、隊列を組む歩兵の周りで敵を攪乱し、隙を見付けては背後へと飛び込む。もしくは歩兵達の後ろで指揮を執り、背後へと攻め来る騎士や騎馬兵を討つ。そうしたもんだった。

 教国と帝国は一進一退の戦いを続けていた。数で圧倒している帝国軍だが、その中身は長期間の戦闘で疲弊し、足らない兵を制圧した国からの徴発の為、士気が限りなく低かった。ましてや相手はこの世界で圧倒的な数の信徒を抱える宗教の総本山である。戦いを拒み、逃げ出す者も現れる程だ。

 「大砲を撃て!敵陣を乱すのだぁあああ!」

 攻め上げる帝国軍は被害を垂れ流しながら、一歩づつ、前に進んでいた。だが、教国軍も自らの命を投げ出した狂信的な攻めで帝国軍に甚大なる被害を与え続けていた。

 聖騎士の分厚い甲冑も数十発の銃弾を浴び続け、元の形状が解らぬ程になった所で、倒れた。その騎士の死骸を跨ぎ、信徒達は気勢を上げ、火縄銃などの旧式銃を手に、帝国軍へと突撃を繰り返す。

 死体が折り重なり、血の池が出来る程に戦場は地獄へと変わっていた。これまで多くの戦いを経験してきた帝国軍ですら、これほどの凄惨な戦場は初めてだった。誰もが怯え、少しでも隙があれば、逃げ出したい気持ちだった。

 「前線が後退しているぞ?」

 前線指揮を執る帝国貴族は苛立っていた。彼とて、この凄惨な戦場に恐怖している。しかし、後退などあってはならない。もし、そうであれば、彼は責任を取らされ、その命を失う事になる。それだけじゃない。代々続いた家も断絶され、全てを失うのだ。家族は路頭に迷い、地獄を見る事になるだろう。それだけはあってはならない。

 「進め!進め!帝王からはどんな事があっても教国へと突入するのだ!恐れるな。教皇は決して神では無い!我らには力がある!」

 彼は必死に将兵達を鼓舞する。

 

 ウォルフ達は聖都へと近付いていた。

 「思ったよりも教国が頑張っているな」

 ウォルフは街の様子を見て、そう呟く。

 「こんな所で解るの?」

 不思議そうにラナが尋ねる。

 「帝国が迫っていれば、こんな静かなわけが無いだろう。さすがに兵士の殆どは最前線に送っているから、数が少ないな。居るのは教皇を守る奴らだろう」

 ウォルフの見解にラナ達も納得する。

 「それで・・・王都に潜入する方策はあるの?」

 ラナは心配そうに尋ねる。

 「そんなもん・・・あるわけが無かろう。何事もその時、考えるだけだ」

 「そんな生き当たりばったりな・・・」

 ラナは絶句する。

 「ふん。こんな状況なんて、考えた事も無いからな。さすがに想像もつかん。ならば、とにかく進むしかないだろう。帝王に直接対決する事は出来無くても教皇には会える可能性があるんだ。可能性の高い方に向かうのは必至」

 ウォルフは自信満々に答えるので、ラナもそれ以上は尋ねなかった。

 そうして、少し歩くと城壁が見えた。門にはいつも通り、門兵が立って居る。

 「聖騎士の姿が無いな」

 ウォルフが一番、恐れていたのは聖騎士の存在だった。ここで騒ぎが起これば、とても教皇の元へと辿り着くのは困難となる。出来る限り、敵に警戒をさせない事が大事だった。

 「ウォルフ・・・私がやるわ」

 ラナはそう言うと、一人で門へと迫る。そんな彼女を見付けた5人の兵士が声を掛ける。

 「おい、どこの村の者だ?」

 兵士達は苛立っているのか、かなり高圧的な物言いでラナに迫る。

 「えぇ・・・わたしはっ」

 ラナは答えるような仕草で近付いた瞬間、腰から短剣を抜いて、兵士の喉笛を切っ先で切った。鋭い斬撃にその場に居合わせた兵士は剣の柄に手を伸ばしたまでで次々と喉を切られていく。

 「ひぃいいいい」

 残された一人の兵士だけが背中を向けて逃げ出す事でラナの軽やかで鋭い斬撃から逃れる事が出来た。

 「逃がさない!」

 ラナは追いかけようとするが、それよりも早く、ウォルフの放ったナイフが兵士の首筋に立った。

 「鍵を拾え」

 ウォルフとサファイアが姿を現した。ラナはすぐに鍵を拾い、門の隣にある扉の鍵を開く。その先には中を守る門兵が居た。ラナは即座にその首を掻き切る。同時に踏み込んだウォルフも数人の兵士を斬り殺した。

 「死体は適当にその辺に隠しておけ。僅かにしか時間は稼げない。大聖堂まで走るぞ」

 ウォルフは二人にそう告げると駆け出した。

 街中は平穏だった。とても、帝国と戦争をしているとは思えないぐらいに人々は穏やかに過ごしている。彼等とて、教国が帝国と戦争をしているのは知っているはずだ。それでも彼らは神を徹底して信じる者達だ。聖戦で帝国に負けるはずが無いと信じているのだろう。

 そんな街中を疾走するウォルフ達。住民からすれば、奇異な感じではあるが、ただ、走っているだけでは誰も彼らを不審者だと通報はしない。

 そうして、大聖堂の前まで到着したウォルフは少し様子を伺うように建物の影に潜む。

 「息を整えておけ。チャンスがあれば、即座に中に入るぞ」

 ウォルフは乱れた息を整える。他の二人もかなり必死に走ったのか。今にも吐きそうになっていた。

 「だが、中はさすがに聖騎士が居るだろう?大丈夫か?」

 「大聖堂の中でもあの分厚い甲冑を着ているわけがないだろ?ならば、問題は無い。凄腕と言っても所詮は人間同士だ」

 その時だった。遠くから爆音が聞こえた。

 「なんだ・・・大砲の音か?」

 ウォルフはそれに気付く。

 「音が聞こえるって事は・・・帝国軍が聖都に近付いているって事ですか?だとすれば物凄い進軍速度って事になりますよ?」

 ラナが恐れたように尋ねる。

 「元々、戦力差はあったからな。一度、前線が崩れれば、戦争慣れをしている帝国軍が一気に雪崩れ込んでもおかしくは無い。こうなると聖都まで一気に帝国軍が押し寄せてもおかしくない。多分、聖都防衛の為に慌ただしくなる。大聖堂の守りも薄くなるだろう」

 ウォルフの狙い通り、大聖堂から聖騎士や兵士が次々と出て行く。可能性としてはウォルフ達が殺した門兵の死体が見つかったのが、帝国軍の仕業だと思われたのかもしれない。どうちらにしてもウォルフ達には都合が良かった。

 兵士の数が減り、警備の隙間が出来た大聖堂へと彼らは忍び込む。大聖堂の中はとても静かだった。多分、戦争に備えて、殆どの関係者が彼方此方へと送り込まれ、または部屋などに閉じ籠っているからだろう。

 「楽なもんだ」

 ウォルフはほくそ笑んだ。

 「笑わないでよ。あと少しで教皇の間なんだから」

 ラナはそんなウォルフを怒る。

 「そうだな。さすがに・・・教皇の間の前には・・・居るわな」

 ウォルフは曲がり角で覗き見る。そこには大きな扉を守るように黄金色の甲冑を着た聖騎士が二人、立っていた。

 「持っているのは長柄の斧か。幾ら廊下が広いとは言え、あんなもん、振れないだろ」

 ウォルフは刀を抜いた。

 「やれるの?」

 「出来る限り・・・音は出したくない。銃は最終手段だ」

 ウォルフの言葉にサファイアも手にした拳銃を握り締める。

 小走りから始まるウォルフの突進。静かに加速して行く。

 廊下の角から姿を現した男の姿を捉えた聖騎士達はその素早さに声を上げるより、身構える事を先にした。手にした長柄の斧を前に構え、突進してくる男を止めようと狙う。

 「鈍いよ」

 ウォルフは彼らの構えた斧を軽々と飛び越す。いかに鍛え抜かれた者と言えども、長柄の斧を素早く動かす事など出来ない。それを見越した素早い動きだった。

 聖騎士達は斧が間に合わなかった時点でそれを手放した。その判断は相当の手練れである事の証だった。彼らは即座に腰の大剣に手を伸ばす。

 「そんばバカみたいにデカい剣がすぐに抜けるかよっ!」

 ウォルフの刀が一閃した。鋭い切っ先は聖騎士の手首の僅かな隙間を切り裂いた。剣の柄を掴もうとした右手は床に転がり、手首から多量の血が噴き出した。

 「きさまぁあああああ!」

 もう一人の聖騎士は大剣をスラリと抜く。だが、ウォルフはその大剣の刃を刀の峰で弾き飛ばす。大剣を抜いたばかりの不安定な姿勢で剣を弾かれた事で聖騎士の体勢も僅かに揺らぐ。それだけでウォルフには十分だった。

 切っ先が兜の顔当ての目に当たる横一文字のスリットを貫いた。刃は彼の脳にまで到達して、一瞬にして、彼を肉塊にした。ウォルフは刃を抜き、手首を落とされて、悶絶している聖騎士の兜の後頭部を峰で打った。鋭い一撃は気絶させるには十分だった。

 「済んだぞ」

 倒れた二人の聖騎士を前にウォルフはサファイア達に向かって、そう告げる。1分にも満たない戦いだった。あまりに素早い戦いにラナも驚くしか無かった。

 「前から凄いと思ったけど・・・あんた、何者?」

 ラナの問い掛けにウォルフは微かに笑いながら扉を開いた。

 

 「なにかね?」

 書斎にしては広く、壁にはびっしりと本棚が並ぶ。その部屋の中央に大きな書斎机が置かれている。そこに大仰に座っている初老の男性。それが教皇である事は顔を知らないウォルフでも解った。

 「あんたに用があって、来た」

 教皇の視線はウォルフには無かった。その背後に居るサファイアに注がれているのは明らかだった。

 「お前が・・・悪魔か・・・」

 教皇は顔色一つ、変えないながらも、口から絞り出された声には恐怖や怒りが滲み出ていた。

 「悪魔・・・とは?」

 サファイアはウォルフの背後から出て、そう問いかけた。

 「そうか・・・自らの事を知らぬか」

 教皇は立ち上がった。同時にラナがサファイアの前に立ち、拳銃を構える。

 「お前ら・・・サファイア姫が悪魔だと理解して無いのか?」

 教皇は向けられた刃や銃口に怯える事無く、そう問いかけた。

 「悪魔とは何だ?」

 ウォルフがそう尋ねる。

 「よかろう。話をしてやる」

 教皇は静かに話を始める。

 「かつて・・・この世界を神が収められるまではとても野蛮で秩序など無い世界だった。神はそんな世界に秩序をもたらし、人間に知恵を与えた。それがこの世界の始まりである」

 その始まりにウォルフは鼻で笑う。

 「だが、その神に抗うのはかつて、この世界を支配した恐怖だった。神はそれを悪魔と呼び、人間達に戦う事を命じた。永きに渡る戦いの中で神と人々は悪魔を倒し、平穏な世界を手に入れた」

 「教典に書かれている始まりの章ですね」

 ラナがそう告げると、教皇は頷いた。

 「じゃあ・・・その悪魔ってのがこの姫様ってことかい?」

 「その通りだ」

 ウォルフの問い掛けに教皇は同意する。

 「笑えないなぁ。こんな姫様のどこにそんな野蛮な奴だと?」

 ウォルフは笑いながら教皇に尋ねる。

 「野蛮かどうかではない。神と同等の力をその娘は宿している」

 教皇がそう断じた時、ウォルフが一気に教皇に迫り、その刃を胸元に突き付ける。

 「わらねぇって言ってるだろ?神だとか、悪魔とかって、ありもしないもんで戦争なんてやってるんじゃねぇよ」

 ウォルフは教皇に怒鳴りつける。

 「主は・・・解らんだろうな。世界は神によって絶対的な秩序を保っている。だが、その秩序が崩壊すれば、この世界は再び、暗黒の時代へと帰るのだ」

 「その暗黒の時代ってなんだよ?神様が秩序を保っているだ?ふざけるな」

 ウォルフは切っ先を教皇の喉笛に向ける。

 「神を信じぬ愚か者め!」

 教皇がそう言葉を発した時、彼が輝き出した。

 「ぬぉ」

 一瞬だった。ウォルフは教皇から弾き飛ばされた。彼は大きく弧を描くように飛ぶと背中から床に落ちる。

 「ぐぅうう」

 「何が・・・」

 サファイアは教皇を見た。

 「ふふふ。神を愚弄するとは・・・神の力は偉大だ。お前ら如きがどうこう出来る存在ではない。私は神の言葉を預かる者として・・・お前らに天罰を与え、そこの悪魔を滅ぼす。そして、神に仇名すあの愚かな王もな」

 教皇は笑いながら宙へと浮かんだ。

 「ラナ!撃て!撃て!化け物だ」

 ウォルフに言われて、咄嗟にラナが発砲した。だが、その銃弾は教皇の身体に当たる前に弾道が大きく逸れて、壁や天井に当たった。

 「嘘だろ・・・弾丸が・・・」

 ラナは全弾、撃ち尽くした拳銃を構えたまま、凍り付いた。

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