第15話 滅びの悪魔
ラナは険しい山道を歩く。修道女の姿は踝まであるスカート丈が邪魔で歩き辛かったが、それでも何とか、ウォルフ達が隠れる場所まで到達した。
「無事に戻ってきたみたいだが・・・まともな情報はあったのか?」
ウォルフは退屈そうに尋ねる。その態度にラナはかなり不満そうな顔をした。
「あんた・・・まぁ、良いわ。こっちは苦労したんだから」
ラナはサファイアを見る。
「姫様・・・向こうの総長と呼ばれる高位の僧侶から聞いた話ですが・・・滅びの悪魔という言葉に聞き覚えは?」
「滅びの悪魔?」
サファイアは少し考え込む。だが、思い付かなかったようだ。
「その滅びの悪魔って何だ?」
ウォルフはラナに尋ねる。
「何でも神を倒す力らしいわ。それが姫様にあるらしい。帝国はそれを手に入れたいらしいし、教皇は誰にも気付かれぬまま、葬り去りたいって事らしいわ」
ラナも考えながら言う。
「面倒な事だな・・・しかし、神を倒す力ってなぁ・・・意味が解らん。そもそも俺は神様なんてものは信じてないし・・・それを倒す力があるからって・・・これだけ世界を乱す程に求めるものかね?」
ウォルフの疑念は当然であった。不可思議な力が仮にあったとしても、それが国を滅ぼし、民を貧窮に貶めてまで、求める程の力がこの世界にあるとは思えないからだ。
「あるとすれば・・・この世界の民の半分を信徒として占める教国を亡ぼして、新たな神として、君臨する?」
ラナの言葉にウォルフは笑った。
「神だと?くだらない。帝王が神となって、真の意味で世界を統一するって事か?残されたのは戦禍によって、荒廃した世界だけだぞ?」
ウォルフの言う通りだった。すでに帝国本土を含め、侵略した地では荒れ果て、酷い有様になっていた。民の多くは現在の王に対して、大きな不満を抱えていた。しかしながら、帝王はそれらを力と恐怖で完全に封殺した。結果、民は彼の事を陰で魔王と呼んでいた。
「まぁ・・・私も敬虔な信徒ではあるが・・・正直、神という存在がどうこうと言われても困るな。その神を倒せる力がどのような効果があるかもよく分からない」
ラナも考え込む。
ある程度、科学が発展してきた昨今では古来より信じられてきた事の多くが覆されている。その中には当然ながら、神や悪魔とか言った事柄も否定されていた。そんな状況でサファイアに神を殺す力があるとされても、あまりに信じられる事では無かった。
「魔法とか・・・あったら、正直、剣や弓、鉄砲なんて不要になっちまうよ」
ウォルフは笑った。
「魔法ですか・・・」
魔法という言葉にサファイアが何かを思いついたようだ。
「魔法かどうかわかりませんが、王家の者には稀に神の力を宿す者が現れるとかって言い伝えがあります」
「神の力を宿す者・・・まぁ、王家の血統を裏付ける為のほら話だろ?」
ウォルフはサファイアの話を一蹴する。
「あながち、嘘じゃないかもしれない。私もその話は聞いた事があるわ」
ラナも何かを思い出したようだ。
「そもそも神の力ってのは人間の叡智を大きく凌駕した力。それでかつて、神は人間を惑わす悪魔と戦い、滅した。そして、神は人々を導き、世界を創世したとか。まぁ、それらの話がどうなのかとは思うけど、その話の終わりに神はいつか、人間が再び、悪魔に魅入られた時、神の力を宿した者が立ち上がり、悪魔を焼き尽くすだろうと」
ラナの話にウォルフは大笑いをする。
「くだらないな。そんな作り話の為に帝王は多くの国を侵略したのか?」
サファイアはその言葉に青褪める。
「姫様が怖がっている。そんな言い方は止めろ」
ラナはウォルフを睨んだ。
「ちっ・・・だが、何はどうであれ、帝王の狙いが姫の中に宿る力って言うなら・・・帝王はこの国にも攻め込んで来る。そして、姫様を狙ってくる」
「やはり、逃げるしかないですか?」
ラナは不安そうに尋ねる。
「だが、姫様の命を狙っているの教皇も同じだ。多分、俺らは逃げられない。教皇も帝国に攻め込まれたとすれば、もっとも帝国に渡って欲しくない姫様を簡単に逃がすとは思えない」
ウォルフは立ち上がる。
「どうするつもり?」
ラナに尋ねられて、ウォルフはニヤリと笑う。
「だったら・・・俺らの手で姫様を神様にしてしまおうじゃないか」
その言葉に真っ青な顔のサファイアは茫然とした感じにウォルフを見上げた。
帝国軍が集められる。
多くは歴戦の勇士達。これまでに幾度も戦場を渡り歩き、生き残ってきた猛者共。傷付き、疲れ切った身体ながらも彼らは士気は高かった。相手は多くの者が信仰しているであろう神を司る国だ。だが、それでも彼らの士気は衰える事など無かった。
砲撃と銃撃で土手は硝煙で包まれていた。
「教国軍の数が増えている気がするが?」
帝国軍の前線指揮を執る男爵は望遠鏡で相手陣地を眺めながら隣の参謀に尋ねる。
「はっ。噂でありますが。信徒が次々と志願兵として集まっているそうです」
「ふん・・・烏合の衆だろう。まともに剣も振るえない奴など数に入れるだけ無駄だ。そろそろ、川を超える準備をしろ。上からは早く、国境を突破しろと催促が煩い」
「解りました。すでに手配した船が予定の数になる頃です。明朝にも渡河作戦を開始します」
「解った。被害を恐れるな。敵前逃亡や繊維消失は即刻死刑と決まっているからな。俺がこの手で殺してやる」
男爵の瞳は本気だった。
帝国軍は予定通り、明朝、川を渡り始めた。各地で集められた船に兵士が乗り込み、激しい砲撃と銃撃を潜り抜けながら、彼らは教国領へと雪崩れ込んだ。多くの血が流れ、川は真っ赤に染まっていた。
川を渡り終えた帝国軍兵士は野蛮で獰猛な肉食獣のように教国軍に襲い掛かる。これまでまともに戦闘などをした事の無い彼らも神への信仰心だけを糧に必死に抗戦した。それはまるで地獄のような光景だった。
普通ならば、圧倒的な戦況になれば、負けている側は退くのだが、妄信的に戦いを続ける教国軍は例え、一人になっても折れた剣を振るい、帝国軍兵士に向かってくる。その姿は獰猛な帝国軍兵士さえ怯えさせるほどだった。
圧倒的な戦力で押し続ける帝国軍は国境を越えて、一気に5キロを進軍した。その間に流れた血は双方合わせて、1万人に下らなかった。
「ふふふ。帝国の愚か者よ。神に背いた罪を償わせる」
教皇は大聖堂にて、祈りを捧げていた。その背後に多くの信徒が同様に祈りを捧げる。この一大事に何をやっているかと思う人も居るだろう。だが、この国において信仰は全てであった。一大事においても全てを神に請う事が大事なのだ。
「神よ・・・今こそ、我らに力を」
教皇が立ち上がり、そう天に向かって叫んだ時、天から一筋の光が教皇へと注がれた。この瞬間を見た人々はれこそ、奇跡の始まりだと感じた。
光の中で教皇は笑っていた。
この時、帝国軍の猛撃に後退を続けていた教国軍は天啓を受けたとされる。そして、聖騎士達の身体は輝き、その身体は鋼と化し、それまでにない怪力が発揮された。彼らは幾ら弾丸や砲弾を受けて傷付くも痛みを感じぬかの如く、敵陣へと飛び込み、その怪力で多くの帝国軍兵士を殺した。その狂気に染まった戦いぶりに帝国の猛者達すら怯え、前進を停める程だった。
帝国軍の指揮官達は突如として教国軍の抵抗が強くなった事に驚く。
「銃弾が効かぬとは何事だ?」
まるで魔物ように飛び込んで来る聖騎士達に帝国軍は翻弄される。
「奴ら、人間じゃありません。死ぬことを恐れず、突入をしてきます。陣の奥に入られ、こちらの被害が甚大になってきています」
怯えた様子で兵が報告を行う。
「これが神の力と言う奴か。伝説かと思っていたが・・・」
指揮官は愕然としながら、僅かな兵で大軍を蹂躙する教国の戦いぶりを見ていた。
聖騎士が切り開いた前線に恐れを知らぬ教国軍が次々と飛び込む。彼らを包囲せんと動く帝国軍は混乱し、同士討ちまで起きる騒ぎになっている。
「この戦いで死んでも天へと召される!神は我らを救ってくれるのだぁ!」
聖騎士は怒声を上げ、大剣を振るった。その一振りで帝国軍兵の首が二つ、飛んだ。銃弾が鎧を貫く。だが、彼は動きを停めない。剣を振るい、片っ端から兵を殺す。不思議だった。彼の内側から湧き上がる信仰心。それが全ての恐怖や苦しみから解放してくれる。何も怖くは無かった。ただ、神に仇名す者を滅せよ。それだけが頭の中を支配する。
「殺せ!殺せ!殺せ!」
身体はすでに限界を超えている。鎧から流れ出る血がそれを物語っている。だが、彼は動きを停めない。そんな彼の後ろから同じように血を流しながらも手にした銃を撃ち、銃剣で敵を刺し殺す兵士達。誰もがまるで生きる屍のように敵陣深くへと歩みを止めない。
彼らが通った後は屍が山積みになる地獄の有様だった。
そんな激戦が行われているとも知らないウォルフ達はラナの案内で聖都を目指していた。
「まさか、聖都に戻るなんて思わなかったわ」
ラナは嫌そうな顔をしながら、ボヤく。
「ふん、街に詳しくなっただけでもこっちとしては分がある。大聖堂までの道案内を頼むぞ」
ウォルフはそんなラナに気軽に声を掛ける。
「し、しかし、本当に大聖堂に私が行って大丈夫でしょうか?」
サファイアは不安そうにウォルフに尋ねる。
「まぁ、問題は無いだろう。ようは教皇を殺して、あんたがその位置に座れば良い。神の力が宿っているって事は・・・神になれるって事だろ?」
ウォルフは笑いながら答える。
「楽観的ねぇ。教皇様は悪魔のって呼んでいるのよ?」
「神だか、悪魔なんてのは見方の問題だ。自分にとって、都合の悪い事は皆、悪魔さ」
ウォルフは解ったような事を口にする。
「まぁ・・・こっちは崖っぷちだから、逃げ道が無ければ、進むしか無いけど・・・まさか、信仰まで裏切る事になるとは思わなかったわ」
ラナは溜息をつきながら胸のペンダントを掴む。
「そんなもん。貴族の飾りだろ?まともに信じている奴は今頃、発狂しているよ」
ウォルフの言葉にラナは笑った。
帝王は玉座から立ち上がった。
「これより、余自ら、戦場へと向かう。全ての帝国軍兵力を最前線に向かわせろ」
その言葉に側近達は目を見開いて、まるで時間が止まったように固まった。
「早くしろ。僅かな時間でも惜しい。行くぞ」
「し、しかしながら、ここからではどれだけ急いでも1カ月は掛かりますぞ?」
側近の一人がそう進言する。
「ふん・・・それは地上を歩いているからだろ?我らにはあれがあるでは無いか?」
帝王はニヤリと笑った。
「あ、あれ・・・あれとは飛行船の事でありますか・・・危険過ぎます。あれはいつ爆発するかも解らぬ代物ですぞ?」
「だが、すでに実用化はされている。問題は無い。あれならば、5日も掛からぬだろう」
帝王は歩き去った。側近達は一瞬、茫然とするものの、慌てて、駆け出した。
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