第14話 聖都潜入

 ウォルフ達は聖都を目指した。

 教国は険しい地形が多く、ウォルフ達が隣国へ行くのにかなり困難であったが、逆に全ての道は聖都に繋がっており、方向さえ間違わなければ、何処からでも聖都へと向かえた。

 幾つかの村や町、山を越えて、1週間後には聖都近くにまで到達した。

 「思ったより簡単に聖都に辿り着けたな」

 ウォルフは遠くに見える聖都で最も大きな大聖堂を眺めながら呟く。

 「当然でしょ。全ての道は聖都に繋がっているのよ。それこそ、東の果てにある帝国からもよ」

 ラナが自信満々に言う。

 「聞いた事があるな。聖人の道とか言う奴だな」

 ウォルフが思い出した時、サファイアは不安そうに尋ねる。

 「しかし・・・どうやって聖都に入り、情報を得るつもりですか?聖都は警備が最も厳しいかと思いますが」

 「まぁ・・・忍び込んで、情報を持っていそうな高位の奴を拉致って、吐かせる。それぐらいしか無いが?」

 ウォルフの答えにラナも頷く。

 「まぁ、それぐらいしか無いわよね。ただ、どいつが姫様の事を知っているか。品定めしないといけないわ」

 ラナは考え込む。

 「決めたわ。私が忍び込む」

 突然、ラナはそう告げる。

 「おいおい・・・即決かよ」

 あまりの突然にウォルフも驚く。

 「あのね。考えるまでもないわ。姫様はそもそも論外だし、あんたみたいな大男がどうやって隠密に行動するのよ。その点、顔はあまり知られていないし、女の私なら、忍び込むのも容易いわ。それに私だって、敬虔な信徒に違いないしね」

 ラナは聖書を取り出して言った。

 「とても敬虔とは思えないけどな」

 ウォルフは呆れたように言う。

 「しかし、大丈夫ですか。危険ですよ」

 サファイアは心配そうにラナを見る。

 「姫様・・・そんな事を言ったら、これまでだって、十分に危なかったですよ。いつ殺されてもおかしくない事の連続ですから」

 ラナは笑って答える。

 「それでは最低限の銃だけ持っていくから、あとは頼むわよ。三日、経って、戻って来なかったら・・・その時は・・・」

 「解った。姫は俺が守るから」

 ウォルフの言葉にラナは頷き、歩き出した。

 

 聖都・・・それは険しい山々の間にある峡谷に作られた都市である。その中心には古に神が人々に言葉を託したとされる聖地がある。その聖地の上には大聖堂が建てられている。

 ラナは街の入り口に近付いた。その姿は薄汚れた街娘であった。

 「止まれ」

 槍を持つ兵士がラナを止める。ラナはそれを見て、即座に胸元からペンダントを出す。それは銀で作られた円盤状の物で宝石と文様が描かれていた。

 「私は敬虔な信徒です。どうぞお通しください」

 ラナは涙目で懇願する。すると兵士は憐れみの目で彼女を見た。

 「分かった。神を信じる者に救いよ」

 兵士はそう告げるとラナを立たせ、門を通した。

 ラナは街の中に入ると、目の涙を拭い取る。そして、堂々と街中を歩き出した。

 帝都は古い街ではあるが、教国最大の都市である為にとても栄えている。中心の大聖堂へと延びる大通りの脇には店がひしめき、活気があった。

 街並みを眺めながら、ラナは静かにとある場所に向かっていた。

 この国は宗教が全てを支配している。その為、如何なる場所にも教会があり、その教会が街や村を支配している。その為、この大聖堂がある聖都においても八つの地域に分けられ、それぞれを支配する教会がある。

 その一つが聖マルチネス教会である。神の神託を受けた一人と呼ばれる聖人の名前を冠した教会の扉を叩く音。

 慌てて、修道女が扉を開いた。

 「あぁ、修道女様、お助けください」

 飛び込むように一人の少女が修道女に抱き着く。

 「ど、どうなされました」

 「私は夫に酷い仕打ちを受けまして・・・逃げて参りました」

 「夫に?」

 まだ、年端もいかない少女ではあるが、この世界ではこれぐらいでも結婚をする者は多く存在する。あまり不思議な話では無かった。修道女は彼女を教会の中へと誘う。

 「安心しなさい。ここは信徒を救う為の教会であります。あなたの身は我々が守りましょう」

 修道女は真剣な瞳で少女を見た。少女は安堵した表情で笑った。その少女こそ、ラナだった。

 彼女は教会を探してた。何かを知るならば、教会が一番だった。政治、行政、軍事の全てを統べるのは宗教だ。ここならば、サファイアの秘密を知る鍵があると踏んだ為だ。

 ラナは修道女に連れられて、教会の主である司祭の前に向かった。司祭は小太りの優しい笑みをした高齢な男だ。笑顔ではあるが、それなりに貫録のある雰囲気を持っている。

 「私は司祭のネルだ。あなたの名前は?」

 「ブレンダであります」

 ラナは用意しておいた偽名を出す。

 「ブレンダ・・・ですか」

 司祭は少し訝し気に名前を呼んだ。その仕草にラナは少し緊張する。

 「ふむ。それではブレンダ。あなたの信仰を見せて貰いますか?」

 信仰を見せる。それは信徒にとって、とても大事な事だった。

 ラナは胸元からペンダントを見せる。それは先程、兵士に見せた物だ。それこそが信徒としての位を示す物である。

 「おぉ・・・あなたはどこかの貴族の子弟ですか?」

 それを見た司祭は驚いた。それ程の物であった。

 「はい。隣国の貴族の娘でした」

 「そうですか。これは多大な信仰の証であります。解りました。あなたを丁重に保護させて貰います。この教会のゲストルームをお使いなさい」

 「はい・・・それと勝手ながら、一つ、お頼み事が」

 ラナは神妙な面持ちで司祭に尋ねる。

 「なんですかな?」

 「一度、大聖堂へ礼拝に訪れたいのですが・・・」

 「なるほど・・・厚い信仰心があれば、当然の事ですね。明日、参りますので、ついて来てください」

 「ありがとうございます」

 ラナは心中でほくそ笑んだ。

 

 翌朝、司祭は数人の牧師と修道女を連れて、出掛ける準備をしていた。その中にはラナの姿もあった。昨日までの薄汚れた姿では無く、借り受けた修道女の姿だ。

 「ブレンダさん、お似合いですよ」

 同じ年頃の修道女が笑顔でラナに告げる。それに呼応するに笑みを見せるラナ。

 彼らはゆっくりと大通りを歩き、大聖堂に向かった。


 大聖堂には多くの人々が行き交う。政治、行政、経済、宗教。全ての中心である為に当然であった。礼拝に来る人々だけでも日に数千人に達する。それはこの国だけじゃなく、周辺国や遠い国からも訪れるからだ。

 司祭達は人混みを掻き分けながら、大聖堂へと入る。大聖堂には兵だけじゃなく、聖騎士まで立っていた。彼らは長柄の槍と斧が一つになった得物を携えて、不審者が居ないかを見ていた。

 聖騎士の数は見える限りで2人。他の場所に居る可能性も考えると10人以上は居ると考えるべきか。兵士は100人ぐらい。

 ラナは冷静に警備の状況を確認する。とにかく必要な情報を仕入れたら、逃げなければ意味が無い。チャンスはそれほど多くは無いだろうと覚悟していた。

 司祭に連れられて、一向は礼拝堂へと向かう。そこは一度に数百人が入れる程の巨大な礼拝堂であった。だが、そこにはびっしりと押し込められるように礼拝者が集まっていた。

 「ブレンダさん。私たちは大司祭様に御用があります。ここで礼拝に参加していてください。また、後で正門前で会いましょう」

 そう言い残して、司祭達は奥の扉へと向かった。それを見ていたラナはまず、礼拝者の群れの中に紛れた。静かにその中を動き、周囲を観察する。礼拝を司るのは祭事を執り行う司祭長と呼ばれる人物が行う。偉そうに彼は集まった信徒達に教えを説く。ラナは話を聞く事も無く、礼拝者達の中を動き回る。そして、僅かに暗がりになる部分に出た。だが、そこには当然ながら、兵士が立っていた。

 「おい、司祭長様の説法を聞かぬか」

 兵士は諭すようにラナに告げた。

 「あの・・・トイレに」

 ラナは恥ずかしそうに答える。

 「トイレか・・・解った。漏らされては敵わないからな。しかし、貴重なご説法なんだぞ?」

 兵士はそう言いながら、ラナを連れて、奥の扉を開く。

 「この先にトイレはある。ここは本来、関係者以外、入れぬ場所故に私がトイレの前に立っているからな」

 トイレの前に着いた時、ラナは背後から彼の首筋にナイフの刃を当てる。

 喉笛を断ち切る事に躊躇はしない。

 一瞬の事で何が起きたか解らない兵士をそのままトイレに投げ込む。

 「あっあぐぅあっ」

 喉笛を切断された男は苦しみながらラナを見上げる。

 「黙っていろ」

 ラナは黒い修道服に血が飛び散るのも厭わずに兵士が持っていた短槍で彼の胸板を貫いた。

 「さて・・・後戻りは出来ないわね」

 ラナはすぐにトイレから出て、奥へと向かった。

 

 ラナの目標はサファイアの秘密を知っていそうな高位の者。大抵、それは部屋で解る。高位の者程、当然ながら、豪奢な部屋が与えられる。間取りが解らぬ共、自然と建物はそこへと辿り着けるものだった。城や宮殿での生活が長かったラナには嫌というほど、それが解った。

 兵士などの目を避け、彼女はとある豪奢な部屋を見付けた。ただし、その前には聖騎士が二人、立っている。それは明らかに最も重要な人物がそこに居るのだと言わんばかりだった。

 拳銃があると言っても、これじゃ、あの分厚い鎧を貫通する事は難しいわね。

 ラナは懐に隠した小型拳銃を思った。確かにこの銃の威力では聖騎士の鎧は貫けない。兵士の革鎧や薄い鉄板の鎧さえも貫けないかもしれない。あくまでも護身用の代物だった。

 ラナはそこを諦めて、別の部屋を探した。すると並の兵士が立って居る部屋があった。並の兵士とは言え、立哨が立つような部屋は重要人物であるに違いなかった。

 この辺で妥協するか。ラナはそう思い、部屋の前へと近付く。

 「んっ?お前・・・何だ?ここは総長様のお部屋だぞ?」

 兵士の1人がラナに気付いた。

 「要件を述べよ」

 兵士は手にした短槍でラナを歩みを制止するようにする。だが、それでもラナは近付き、刹那、右腕を振り上げた。刹那、兵士の左目にナイフが突き刺さる。それは深々と刃が刺し込まれ、兵士は倒れた。

 「な、何をぐぁあああ」

 ラナはもう一人の兵士に飛び掛かり、その首をへし折った。

 「楽なもんね」

 ラナは扉を開いた。

 「何事かね?」

 中の人物は兵士が扉を開いたと思い、大仰に尋ねる。

 「えぇ、少し尋ねたい事があってね」

 女の声が聞こえたので男は驚いて顔を上げる。その時には彼の目前に銃口があった。

 「サファイア姫・・・知ってるわね?」

 ラナがそう尋ねると男は震えあがる。

 「サファイア姫・・・滅びの悪魔・・・お前、何者だ?」

 「滅びの悪魔?面白い事を言ったわね。もう少ししっかりと教えなさい。じゃないと殺すわよ?」

 ラナは銃口を男の額に押し付けた。

 「や、やめろ・・・」

 男がそう言った瞬間、拳銃を握る別の手で握ったナイフで彼の耳を切り取る。

 「ぎゃあああああ」

 激痛に叫ぶ男。それを拳銃の銃把で殴りつけ、黙らせる。

 「早く言え。あと3数える間に言わねば、殺す」

 突きつけられる銃口。流れ出る血。痛みが緊迫感を高める。

 「わ、解った。サファイア姫は神を殺す力を持っている。だから殺さねばならない。そして、神が殺せる力があるなどと信徒が知っては混乱するから極秘にせねばならない。そうも仰っていた。正直、私にはよく分からない事だ。頼む。これ以上は知らない。教皇様のお考えは多分、教皇様しか知らない。誰にも解らぬのだ」

 男は必死だった。多分、嘘は無い。

 「そう」

 銃声が鳴り響いた。銃弾は男の眉間を貫き、頭蓋骨で止まった。

 ラナは扉を開ける。これだけ広い建物で尚且つ、基本的に高位の人間の部屋の周囲は人払いがされているせいで、これだけの事が起きても駆けつける者は居なかった。

 「ふん・・・警戒中でも無い限り、何が起きても解らないものよね」

 ラナは余裕でその場から離れた。そして、再び、礼拝堂へと戻った。

 

 礼拝が終わる頃に何か騒がしくなる。兵士達がウロウロとしているのを横目にラナは正門へと向かう。そこには司祭達が戻ってきた。

 「いやはや、大変ですよ。総長様がお亡くなりになったようです」

 司祭が驚いた様子で言う。

 「総長様とは?」

 ラナは何気に尋ねた。

 「総長様は教皇様の下で全ての僧侶を束ねるお方です。教皇様に次ぐ方なのですが・・・まさか、大聖堂でこんな事が・・・」

 司祭は相当に動揺しているようだ。彼を支えるように従者が寄り添う。

 なるほど・・・それぐらいに高位の者であれば、あの話も嘘じゃないか。しかし神を殺す力とは・・・意味が解らないが・・・帝王が手に入れたい理由も教皇が殺したい理由も何となく合致するわけだ。

 ラナはニヤリと笑いながら考えを纏める。

 「司祭様、私、少し、街に用事が出来ましたので、後程、教会へと向かいます」

 「そうですか。遅くならないように」

 ラナは司祭達から離れた。街中は大聖堂で起きた事が原因なのか。兵士達の姿が多くなっている気がする。このままだと街から出るのも難しくなるだろう。ラナはそう思って門へと向かった。


 門には兵士が倍ぐらいになり、外に出る者を検めていた。

 「門から出る者は持っている物を全て検める。武器の類を持っている者は尋問を致すから正直に出よ」

 兵士達は厳しい目で人々を見ている。総長が殺されたことで命じられたのであろう。このまま、拳銃が見つかれば、確実にラナは尋問に掛けられる。下手をすれば、そのまま投獄されてもおかしくは無かった。

 ラナは門に近付く。

 「お前、何処へ向かうつもりだ?」

 兵士は修道女姿のラナに尋ねる。

 「司祭様のお使いで隣村へ」

 ラナはしれっと答える。

 「そうか・・・解りました。ただ、上から命令でありますので、持ち物を全て検めさせて貰います」

 兵士はラナの持ち物を探すが、彼女は何も持っていなかった。

 「何も持ってないな。お使いとは何ですか?」

 「言伝であります。半日程度で終わる仕事なので」

 ラナは平然と答えると兵士も納得した様子で、彼女を放った。

 門から抜けたラナはそのまま、街道を歩み、そして山道へと逸れて行った。


 

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