第13話 新たな火種
帝国では御前会議が行われていた。
帝王の玉座の前に置かれた円卓に腰掛ける帝国軍の将軍達。
「王国の制圧は7割程となり、残っている王国側の貴族達もすでに休戦の意思を見せている事から、王国での戦闘も間もなく終わる事でしょう」
将軍の一人がそう告げるとその場の空気は僅かながら緩む。
「陛下、すでに王国側は陥落寸前であります。兵力の一部を撤退させても問題が無いと思います」
軍を統べる大将がそう帝王に具申する。
「ほぉ・・・そうか。だが、王国の姫を逃したままのはずだが?」
帝王は大仰に答える。
「王国の姫の件でありますか。報告では教国に逃げたとか・・・」
大将は渋々と答える。
「捕らえよと命じたはずだが?」
「確かに・・・しかしながら・・・王国の制圧に関しては姫君が居なくても可能なのかと・・・」
大将が恐る恐る答えると帝王は彼を睨みつける。
「私が望んでいるのは姫である。王国などどうでも良い。姫が教国に逃れたのであれば、追え。必要であるならば、教国に攻め入っても構わない」
帝王の言葉にその場が凍り付く。
「しかしながら・・・我が国は長期に渡り侵略を続けて参りました。ここで教国との戦となれば、大陸全土を巻き込む戦争となります。それに耐えきれるほどの国力が残っているとは思えませんが」
大将は国の実情を吐露するように告げる。
「ふむ・・・お前達の言いたい事は解る。だが、それでも私にはサファイア姫が必用なのだ。姫さえ手に入れば、そのような事は些末な事になる」
帝王は含み笑いをしながら答える。それに誰もが不安な表情をする。
「帝王、教えてください。姫にサファイア姫にどのような力があると言うのですか?」
その言葉に帝王は怒りを露わにする。
「我の言う事が聞けぬと言うのか?」
玉座から立ち上がった帝王は圧倒的な迫力にて、将軍達を黙らせる。
「陛下・・・すぐに教国侵攻と姫捜索を開始致します」
教皇は深い溜息を漏らした。
「サファイア姫を殺す事に失敗しましたか」
「申し訳ありません」
聖騎士団を率いる団長は深々と頭を下げる。
「問題は・・・大きくなりますね。多分、帝国は攻め入って来ます」
教皇の言葉に団長は驚く。
「な、なぜ・・・帝国が?」
「簡単ですよ。サファイア姫がこの国に居るからです」
「サ、サファイア姫が・・・たかだか、姫一人を追って、攻め入って来ると言うのですか?」
「そうだ。帝王は姫を欲しがっているだろうからね」
「一体、サファイア姫とは?」
団長の問い掛けに教皇は笑みを浮かべるだけだった。
「このまま、教国を抜けて隣国へと思ったが・・・険しいな」
山超えを行っていたウォルフ達は途中で休憩を取っていた。
「当然です。教国は神々の住まう土地として、険しい峡谷を中心に広がる聖地であります。その多くは高い山々が連なる場所なのですから」
ラナは当たり前と言わんばかりに言う。
「悪いな。ここは帝国から遠く離れていて、俺は噂でしか聞いた事が無いんだ」
ウォルフはつまらなそうに答える。
「しかし・・・何故、聖騎士が姫様の命を狙っているのでしょうか?」
ラナは不思議そうに二人に尋ねる。サファイアは考え込むも答えは出ない様子だ。
「帝国も・・・姫を狙っている感じだった。あんた、何かあるのか?」
ウォルフの問い掛けにサファイアは嫌そうな顔をする。
「何かって何ですか?まるで私が王国に戦を呼び込んだみたいに」
顔を真っ赤にして怒るサファイアを見て、ウォルフは少し笑う。
「ただ・・・何にしても・・・狙いがこいつならば、この国もまずいかもな」
「まずいとは?」
サファイアが心配そうに聞く。
「帝国が攻め入って来る可能性が高い」
「教国に帝国が?」
ラナは驚く。
「あぁ・・・それぐらいの事はやるだろう。帝国は・・・いや、帝王は狂っているからな。自国の事など一切、無視して、進軍に次ぐ、進軍だった。今、思えば、それらはすべて、王国に攻め入る為の準備だったのかもしれない」
ウォルフは思い出したように言う。
「しかしながら帝国内でも教会の力は大きいはず。帝国の半分は信徒ですよ?教国に攻め入るとなれば、帝国内でも大きな問題が起きると思いますが」
ラナの言葉にウォルフも少し考える。
「まぁ・・・そうだな。反乱が起きてもおかしくは無い。現状でも困窮した農民や市民が度々、反乱を起こしている。帝王はそれを徹底的に武力で弾圧して、厳しい罰を与えて黙らせて居るが・・・それが信徒ともなれば、下手をしたら貴族の中からも反乱が起こりかねない。現状でもかなり多くの貴族が反感を抱いているからな。まぁ、帝国内で反乱が起きたとすれば・・・俺らに好都合だがな」
ウォルフは最後にニヤリと笑った。
「確かに・・・だけど・・・教国と帝国・・・姫様には一体、どんな事があるのでしょうか?まったく、意味が解りません」
ラナとウォルフは不思議そうにサファイアを見る。見られたサファイアも恥ずかしそうに俯くだけだ。
「まぁ・・・相当な何かを持っているんだろうな。それも国を賭してでも良いぐらいに。教国だってそうだ。濫りに人を殺す事を禁じているのに、サファイアには慈悲なく、殺害を試みている。あの聖騎士様がね。どうにも解せないし・・・むしろ姫様の謎ってのに興味が湧いてきたな」
ウォルフは引き攣ったような笑い方をした。それがラナにはどうにも我慢が出来ないぐらいに嫌だったらしく、ウォルフの腹に蹴りを入れる。
「ふん。そんな細い脚の蹴りぐらいじゃ・・・俺の腹に響きもしない」
ウォルフは笑って、ラナの足を払い除ける。
「ちっ、筋肉バカが・・・だけど、姫様の秘密を探るにしてもどうやって?そもそも姫様自身が知らないって言ってるぐらいだし」
「そいつはぁ・・・知っている奴に聞いてみるだけさ」
ウォルフはそう言うが、他の二人は不安だった。
王国と教国の境界線には帝国軍が終結しつつあった。それに呼応するように教国軍も終結を始めていた。連戦に次ぐ、連戦でボロボロの帝国軍と揃いに揃った鎧を身に纏った真新しい教国軍。どちらも士気は高い。片方は狂気とも思える血生臭い感じの勢い。片方は神に全てを捧げた妄信的な高まり。
境界を分け隔てる川を境に両軍は異様な雰囲気を醸し出していた。互いの銃口や砲口は相手に向けられ、一触即発の状態にあった。
「ロイエン卿・・・本当に侵攻なさるのですか?」
この最前線の指揮を任されたロイエン卿は悩んでいた。彼自身、代々、敬虔な信徒である。その聖地がある教国に攻め入るなど想像もつかない愚行であった。しかしながら、現帝王の怒りを受ければ、彼だけじゃなく、彼の家族、親族に至るまで皆殺しにされる。それが解っている為に愚行とも呼べるこの侵略に躊躇するしか無かった。
「卿・・・すでに刻は過ぎておりますぞ」
そこに声を掛けて来たのは帝王の直属の配下である男爵だ。貴族としても軍属としても地位はロイエン卿よりも下であるが、帝王からの勅命を受けて、ここに来ている為、彼の言葉は帝王の言葉とも言える。
「解っている。しかしながら・・・相手の兵力も考えると・・・このまま、進軍しても・・・かなり苦戦するかと」
歴戦の将であるが故に解っている事だった。
「弱音を吐かれますか?帝王が知れば、どんな事になりますやら」
男爵は厭らしい笑みで告げる。
「解っている。では・・・進軍を始めろ」
ロイエン卿はいつものような覇気のある声では無く、まるで呟くように命じた。
帝国側から一斉射撃が始まった。銃弾は対岸の教国軍の兵士達に襲い掛かり、砲弾が木々を薙ぎ倒す。それに応じるように教国軍も発砲を始める。川を挟み、両国軍は激しい銃撃戦を始めた。
川に掛けられたたった一本の橋を巡って、両軍が押し寄せる。聖騎士はその圧倒的な力で帝国軍の騎士や兵を薙ぎ倒す。だが、マスケット銃を構えた歩兵が至近距離で聖騎士に銃弾を叩き込む。橋の上は死体が山積みとなり、血が橋から滴り落ちて、川を真っ赤に染めた。
教皇は静かに古い本を読んでいた。
「教皇様・・・帝国軍が攻め入って参りました。現在、ローレン聖騎士団を中心とする軍が守っておりますが・・・敵は次々と兵力を投じてきているようで・・・このままでは国境を突破されるのも時間の問題かと」
軍を統括する聖騎士団総長が不安そうに告げる。
「ふふふ。帝王は神にも剣を振るいますか・・・良いでしょう。帝王を神敵として、この事を全ての教会に伝えなさい。そして、信徒達に神の為の戦いに挑むように鼓舞するのです」
「民を戦に巻き込むのでありますか?」
総長は驚きながら尋ねる。
「無論です。相手は聖地を蹂躙しようとしているのですよ?まさに悪魔の仕業。神を守るために信徒が戦うのは当然だと思いますが?」
教皇は当たり前だと言わんばかりの顔で告げた。それに反論する事が出来る者など居なかった。
新たな戦が始まった事など知る由も無いサファイア姫一行は教国軍の目を盗みながら隣国との国境線へと向かっていた。
「やはり・・・地形が険しいから、どうしても道が限られるな」
ウォルフ達は森の中に潜み、休憩を取る。教国の地理はまったく解らない。辿り着いた村々でその付近の地理を聞いて、進んでいるが、険しい地形故にその道が本当に自分達が進みたい方向なのかも怪しかった。
「どうする?道が解らないでは・・・路銀も底を尽いてしまう」
ラナは不安そうに路銀の入った袋を見る。
「そうだな。ここは賭けに出るべきかもしれない」
ウォルフは真剣な表情で切り出す。
「賭け?」
サファイアは不思議そうに尋ねる。
「あぁ・・・原因はどう考えても姫様だ。姫様の秘密が何か・・・解れば、それを交渉の材料に出来るんじゃないかと思う。逃げてばかりでは最後は野垂れ死ぬだけだからな。ここは一度、姫様の秘密を知る為に敵地に入り込むしかないかもしれない」
「そ、それは・・・」
ラナは少し気圧された。そのせいで言葉が出ない。
「まぁ・・・危険な仕事だ。俺一人でやって来る」
ウォルフはそう言って、立ち上がった。
「あんた・・・一人で聖都へ行くつもり?」
ラナも立ち上がる。
「あぁ・・・そうだ。帝都に行くよりも簡単だからな。どうせ、教皇も帝王と同じように姫様の秘密を知っている。だから、暗殺を試みた。だが、不思議なのは何故、暗殺なんて面倒なやり方をしているか。それも姫様の秘密に関わっていると思う。多分、教皇は姫様の存在を公にしたくない何かがあるんだろうな」
ウォルフの説明を聞いたサファイアが立ち上がる。
「ならば・・・私も行きます。私の秘密なのであれば、私が知るべきです。その上で帝国にも教国にも交渉しようじゃありませんか」
サファイアは珍しく強きな表情をしていた。
「どうでも良いが・・・流石に今回ばかりは守り切れるとは限らないぞ?」
ウォルフはそんなサファイアを見て、呆れたように言う。
「大丈夫です。私だって、いつまでも守られてばかりじゃいられません。銃の使い方だって・・・覚えました」
その細い腕、細い指の先には黒光する回転式拳銃が握られている。
「まぁ・・・ここまで来たら、どうなるも姫様次第だからな」
ウォルフはニヤリと笑い、歩き出した。
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