第12話 再び逃走

 宿ではサファイアが手紙を書いていた。

 「姫様、教皇様は本当にその手紙で動いてくれるのでしょうか?」

 ラナは隣で彼女に尋ねた。

 「解りません。しかし、帝国軍は目前まで迫っています。とにかく、国境を越えねばなりません」

 「確かに・・・しかし・・・教国はとても、入国を認めるようには思えません。正直、今日がダメなら別の方法を考えた方が良いかと思います」

 「確かに・・・」

 その時、扉が開かれる。

 「そうだな。逃げて、隠れるにしても、今日が限界だろう」

 現れたのはウォルフだった。

 「そうですね」

 サファイアは覚悟を決めたように手紙を封筒に入れて蝋で封をした。

 「それでは検問所へと向かいましょう」

 三人は検問所へと向かった。

 彼らが検問所の前まで来ると、いつもと雰囲気が違っている。

 聖騎士達は訪れた三人を睨むように見ている。

 「なんか・・・殺気立っているな」

 ウォルフは少し警戒した感じになる。

 「サファイア姫様・・・来てしまいましたか」

 聖騎士の一人がそう告げた。

 「はい。今日は教皇猊下に手紙を渡してもらいたくて」

 サファイアは手紙を取り出す。

 「その手紙は受け取れません」

 聖騎士はそう告げた。

 「何故ですか?」

 サファイアは聖騎士を睨むようにして尋ねる。

 「お答えは・・・そうですね。猊下からの勅命により・・・この場にて姫様のお命をいただきます」

 聖騎士達は腰の大剣を抜いた。同時にウォルフも刀を抜いて、サファイアの前に出る。

 「聖騎士が友好国の姫を殺害するなど・・・どういうつもりだ?」

 ウォルフは彼らを睨みながら尋ねる。

 「ふむ。我らは猊下の命に従うだけ。悪いが・・・姫には死んで貰います」

 聖騎士の一人が大剣を振るい上げる。

 「本気か?」

 ウォルフは聖騎士の懐に飛び込む。彼の刀の切っ先が聖騎士の鎧の顔当ての隙間を狙う。だが、聖騎士は大剣の柄でそれを防ぐ。

 弾き合うようにウォルフと聖騎士が離れる。

 「聖騎士の腕前は噂に聞くが・・・並じゃない。そんなバカでかい大剣を易々と振り回すとはわな」

 「ウォルフ!どうする?」

 ラナはサファイアを庇いながら、彼に問い質す。

 今なら、王国側に逃げる事で聖騎士から逃げられるはずだった。

 「悪いが・・・我らは姫様の殺害を命じられている。仮に王国側に逃げたとしても、どこまでも追いかけて殺害する事を命じられた。逃がさぬからな」

 5人の聖騎士が三人に迫る。

 「その割には5人しか居ないようだが・・・余裕か?」

 「むっ・・・。5人で十分なだけだ」

 そう告げると聖騎士は大剣を振るう。その剣をウォルフは刀で受け流す。だが、あまりの威力にその身体は吹き飛ばされそうになる。

 「なんて、力だ。化け物どもめ」

 ウォルフはかつて、聖騎士についての噂を聞いた事がある。彼らは教皇によって、体内に神の力が封じ込められ、人間以上の力を得ているという眉唾ものの噂だ。

 「まんざら・・・噂は嘘じゃないのか?」

 5人の聖騎士は身に纏った白金色のフルアーマーの鎧を重さも感じぬように歩き、手にした身の丈程の大剣を軽々と振るう。その姿はウォルフの目から見ても化け物であった。

 「ウォルフ・・・そいつら・・・ヤバいよ」

 ラナにもその異様さは解った。

 「解っている。だが・・・逃げ切れる自信も無いな」

 相手には馬もある。ここで逃げ出しても逃げ切れるとは思えなかった。

 「悪いが・・・俺はすでに騎士は捨てたんでね」

 ウォルフは突然、そんな事を告げる。その呟きに対峙した聖騎士は少し戸惑ったようにウォルフを見た。

 「騎士じゃないとすれば・・・姫は守らないと?だとすれば、そこを開けよ。さすれば、お前の命は助けよう。我らは姫の命しか興味が無い」

 聖騎士もウォルフの実力を感じ取り、戦わずに済むならと思っていたようだ。

 ドン

 その瞬間、聖騎士の兜の顔当てに穴が開いた。そして、彼はそのまま、ゆっくりと倒れた。

 白煙が靡く。

 ウォルフの左手には拳銃が握られていた。

 「あぁ・・・騎士じゃないから、どんな卑怯な戦いも出来ると言いたかっただけだ・・・悪いな」

 彼はクスリと笑う。

 刹那、残りの聖騎士が襲い掛かろうとした。

 次々と銃声が鳴り響く。

 ウォルフとラナが手にした回転式拳銃を撃ち捲ったからだ。

 弾丸は聖騎士の鎧を激しく叩く。

 至近距離からの銃撃を防げる程、鎧の厚みは無い。鎧を貫通して、大きく変形した弾丸は体に大きなダメージを与える。それは一撃で致命傷を与える程だった。

 「もう・・・鎧の時代じゃねぇな」

 聖騎士5人が倒れた姿を見て、ウォルフはそう呟く。

 「貴様・・・卑怯だぞ・・・そんな・・・道具に頼るなんぞ」

 まだ、意識のある聖騎士が恨み言をウォルフに吠える。

 「卑怯・・・俺は目的を達成する為なら何でもやるさ・・・悪いが・・・お前らみたいに日の明るい所ばかり歩いているわけじゃないからな」

 ウォルフは刀を振るい、その聖騎士の息の根を止めた。

 「ウォルフ様・・・このまま、進みますか?」

 ラナは周囲を見渡す。検問所は聖騎士によって、人払いがされていたようで、まったくの無人だった。

 「チャンスを逃す手は無い。このまま、教国内に入る。あとはとにかく逃げ回るしかないだろう。それに気になる事もあるしな」

 ウォルフの決断に二人も同意して、彼らは教国内へと入り込んだ。

 

 「ほぉ・・・聖騎士5人が殺されていたと?」

 教皇は傅き、報告を上げる司祭長に聞き返した。その問に震える司祭長。彼は教国の政務の統べてを取り仕切る役目を負っている。だが、そんな彼でも目の前に居る教皇に対しては恐怖を露わにする程であった。

 「申し訳ありません。まさか、聖騎士が5人掛かりで始末する事が出来ないとは思わず」

 司祭はひたすら謝るだけだった。

 「まぁ・・・良い。出来る限り、見た者を減らせと命じたのは私だ。しかし・・・姫の周りにそれ程の腕の騎士が居るとはな。王国を甘く見ておったかな?」

 「はぁ・・・それで捜索の方は如何致しますか?」

 「そうだな。なるべく、この事に関しては知る者を減らしたい。少数精鋭で頼むぞ。何としても姫の命を奪ってくるのだ」

 「承知しました」

 司祭長は教皇からの命を受けると即座に立ち上がり、部下を連れて、去って行く。その姿を見届けた後、教皇は疲れたように嘆息する。

 「なるほど・・・全ては運命と言う奴かね・・・あの娘・・・」

 彼はそう呟いてから喉の乾きを潤わす為にぶどう酒を飲み干した。

 

 教国内に潜入した3人は身を隠す為に山中に分け入り、山を越え、川を越え、とある小さな村へと辿り着いた。

 「貧しい小さな村だけあって、役人の姿は無い。村人には巡礼に来たと説明したら、すんなりと信じたよ」

 ウォルフは空き家に寝泊まりする事になった二人にそう告げる。

 「大丈夫?いきなり、夜中に襲われるなんて無いでしょうね?」

 ラナが疑う。

 「大丈夫でしょう。この村の人たちの目は明らかに敵意を感じません」

 サファイアは笑顔で答える。

 「まぁ、教国へ巡礼に来る者は多いだろうけど、大抵は街道を進むでしょ?こんな辺鄙な村に来る巡礼者が居るなんて思えないけど」

 ラナはやはり疑い深く、話す。

 「確かに・・・だが、先ほど、聞いた話だとこの村の近くにもあまり有名じゃないが、聖地があるらしく、稀に巡礼者が寄るそうだ」

 ウォルフは村人から聞いた話を思い出す。

 「有名じゃない聖地って・・・まぁ、とにかく、疲れたわ。ここしばらく、いつ帝国軍に襲われるかと神経が高まっていたから」

 ラナは疲れたようにあくびをする。

 ウォルフは村の様子を警戒しながらも、穏やかな村の様子に少し、安堵していた。緊張が続いた二人はすでに寝息を立てている。

 「さて・・・これからどうするか・・・事態は多分、悪い方にしか転がっていかないだろうけど・・・」

 手にした拳銃を磨く。黒色火薬の燃えカスは銃身内に残る為、こまめに清掃をしてやる必要があった。

 「火薬と弾丸はまだ、大丈夫そうだが・・・この先・・・どうすべきか。教国を超えて、スヴェンザーク王国かグライブラクト共和国へと行くべきか・・・それにしても教国を突っ切らないと難しいし・・・聖騎士が姫の命を狙っているとすれば・・・相当に苦労するだろうな」

 月灯りの中でこれからの事を考えると憂鬱になった。

 

 朝が訪れる。

 ウォルフは宿代を払い、村の中で食料などを調達した。

 旅の準備を終えたサファイアとラナを連れて、村を出る。

 「聖騎士を殺したんだ。お尋ね者になっていると思うが・・・」

 ウォルフはいつ、追手が現れるかと心配だった。

 「小さな村だったから、多分、連絡が後回しにされているんじゃ?」

 ラナは気軽に答える。

 「姫様方々はお気楽だな。聖騎士5人を殺せたのも偶然に近い。まともに剣でやり合っていたら、こっちらが殺されていたかもしれない」

 ウォルフは呆れた感じに言う。

 「そんなに・・・聖騎士は強かったのですか?」

 サファイアは不思議そうにウォルフに尋ねる。

 「あぁ、強いだろう。あの大剣を軽々と振っていた。普段の鍛錬がしっかりとしている証拠だ。あいつらは化け物だよ」

 ウォルフは心底、嫌そうな表情だった。

 三人は誰も使わないような山道を歩いていた。

 「こんな険しい山道を歩かないとダメですか?」

 サファイアが音を上げる一歩手前だった。先頭を歩くウォルフは振り返る事もせず、答える。

 「あぁ、追手を躱すにはこれしか無い。王都から逃げた時もそうだっただろ?」

 「あの時も結局、追いつかれたと思いますが」

 「あぁ、山に詳しい奴らはどこにでも居るからな。この国にも山に精通した連中は居るだろうから、休んではいられないんだよ」

 「なるほど・・・しかし、姫様には少々、キツいと思います。休憩をしては?」

 ラナが額に汗をかきながら、言う。

 「姫様って言うか・・・お前が休憩したいだけだろ?」

 ウォルフに言われて、ラナは驚く。

 「そ、そんな事はありません。私はまだまだ、歩けますよ?」

 ラナは速足で歩き始める。

 「無理をするな。転ぶぞ。それより、休憩は大事だ。少し休もう」

 ウォルフは路肩に荷物を置いた。サファイアとラナもその周りに座る。

 「俺は周囲を警戒してくる。30リリグしたら出発するかな」

 ウォルフはそう言って、山に入ろうとした。

 「あなたは休まないの?」

 ラナが心配そうに尋ねる。

 「俺はまだ、大丈夫だ。それより、追手が気になるからな」

 

 ウォルフ達が発った小さな村には10人の男達が居た。

 「ライオネル様、やはり、この村に彼らが居たようですね」

 男の一人が村人に聞いて回った事を報告する。

 「そうか・・・それで向かった先はあの街道か?」

 報告を聞いた端正な顔立ちの若者は村から伸びる街道を指差す。

 「みたいですね。食料も三日分程度は手に入れた様子です」

 「節約すれば一週間はどこにも寄らずに歩けるか。出発した時間からすると・・・街道を歩いているとすれば、すでに三つは村を超えているな」

 「馬で追いかければすぐかと」

 「街道を進んでいればだ。多分、奴らはこちらを欺瞞する為に脇道に逸れているだろう。それがどの道なのかが問題だが・・・」

 ライオネルと呼ばれた若者は馬に跨り、他の男達を従え、街道を進み始めた。

 「ライオネル様、やはり、追うにしては数が足りません。地元の軍に追跡の命を下しては?」

 「ふむ・・・しかし、これは秘密裡に処理をしろと命じられたからな。安易にそのような方法は取れない。話では奴らの狙いはあくまでも帝国軍からの逃亡らしいから、教皇の元へは目指さないだろうとは聞いているが・・・可能性としては教国の隣国へと逃れるかだ」

 ライオネルは考え込む。

 「そうだとすると・・・なかなか難しいですね」

 「そう言う事だ。とにかく、奴らよりも先に回り込み、立ち寄るだろう場所で待ち構えるのが一番だろう」

 「御意」

 彼らは教国がウォルフ達を追跡する為に聖騎士団から選出した者達である。ライオネルは若いながら、聖騎士団の中でも小隊を任される者であった。彼以外にも優秀な聖騎士が選ばれていた。彼らは詳細な事は聞いていないが、5人の聖騎士を殺害した一人の騎士と二人の女性を追う事を命じられていた。

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