第11話 国境

 朝になり、ウォルフは古城の探索を始めた。

 「こんな古城に何か残っていると思うのか?」

 ラナはウォルフに付き添いながら退屈そうに尋ねる。

 「古城とは言え、とりあえず城だからな。武器などの類が備蓄されているかも知れない。さすがに丸腰で国境までってのは厳しいからな」

 「ふーん・・・でも、数百年も経っている城に備蓄されていた武器なんて、残っていたとしても、使い物にならないんじゃないの?」

 「解らない。保存の仕方にもよるしな」

 ウォルフは城の奥へと進むと頑丈そうな扉を発見した。

 「鍵が掛かっているな・・・まぁ、錆び付いているか」

 ウォルフは扉に掛けられた赤錆に染まった鉄の鍵を見た。そして、思いっ切り、扉を押した。その瞬間、錆び付いた鍵は引き千切られ、扉は開いた。

 「凄い力ね」

 ラナは驚く。

 「錆付いているからモロかっただけだ」

 ウォルフはそう言いながら埃臭い室内へと入る。

 「やっぱり、ここが武器庫か。城の造りからして、ここじゃないかと思った」

 暗い室内に踏み込んだウォルフは周囲を見渡す。そこには埃が積もった武器や箱が多く積まれていた。

 「盗まれたりしてませんね」

 ラナは不思議そうに室内を見渡す。

 「何せ森の奥深くにあった城だからな。山賊にも解らなかったのだろう」

 ウォルフは手近にあった剣を手に取る。

 「さすがに・・・数百年、放置されただけあって・・・ボロボロだな」

 今にも崩れ落ちそうな鞘から抜いた剣も錆だらけでモロくなっていた。

 「火薬があっても使い物にならないだろうし・・・鉛とかは溶かして弾に出来そうだけどね」

 ラナは奥にあった鉛弾の入った木箱を見た。

 「弾も大事だからな。取り敢えず、使えそうなのを貰っておけ」

 ウォルフは古びた武器を眺めながら、とある石造りの箱を見た。

 「珍しいな・・・石の箱とは・・・」

 蓋のように置かれた石の板を取り外すと真っ黒な液体が入っていた。

 「何・・・それ?」

 ラナは不思議そうに覗き込む。

 「油だな。多分、腐食しないように何かを漬けこんでいるだろう」

 ウォルフは近くにあった剣を使い、中の物を取り出そうとした。

 「何か・・・入っているな」

 箱からは数振りの刀や剣、古式銃が出て来た。

 「銃は火縄銃だな。油に漬け込んでいたから保存状態は悪くない」

 「使えるって事?」

 「バネも正常な感じだ。火縄を装着して、火薬を仕込んだら、撃てるだろう。だが、かなり古臭い。正直、この引金と造りじゃ、コケ脅し程度だろうな」

 ウォルフは火縄銃を眺めた後、再び、油の中へと落とした。

 「問題はこっちだ。こいつは凄いな」

 油に塗れた片刃の刀だった。それは細身ながら、肉厚で、研ぎ澄まされていた。

 「綺麗な刃ね・・・見た限り、この国の物じゃない」

 「俺も噂で聞いた事があるが、異国の刀だ。とても硬い鉄で出来ているらしく、刃こぼれもしないし、よく切れるとか・・・確かにそんな感じはするな」

 油に漬け込むためか柄が無かった。

 「柄を適当に用意しないとダメか」

 ウォルフは周囲を見渡したが、適当な柄は無かった。

 「鞘はあるんですか?」

 「見当たらないな。風化したか」

 ウォルフは鞘が見つからなかったので、仕方が無しに刃を麻布で巻いた。

 「ナイフぐらいは手に入ったか・・・。朝になったら出るぞ」

 ウォルフに言われて、ラナは頷いた。

 旅支度の済んだ三人は朝日が昇ると古城の門から外に出た。

 

 三人は国境へと目指す途中で小さな村へと立ち寄った。

 「久しぶりのまともな飯だ」

 村で唯一の食堂で三人は久しぶりの食事をする。

 「旅人さん、帝国に攻められて、王様と妃様が殺されたと聞くけど、この国はどうなっちまうか知っているかい?」

 店の女主人が不安そうに三人に尋ねる。

 「あぁ・・・そうだな。多分、帝国に制圧されるだろうな」

 ウォルフは軽くそう告げる。

 「帝国ってのはどうなんだろうね?税とかもの凄く高くなったりしないかね?」

 「さぁ・・・」

 ウォルフは少し口を濁らす。

 「それよりも・・・ここから国境は近いと思うが、教国の検問所の出入りってのはまだ、続いているのか?」

 「あぁ・・・検問所だけど、帝国が攻め込まれた時に封鎖しちまったよ」

 「封鎖?」

 「あぁ、自国へ戻る教国民さえ通さないみたいだ」

 その答えに三人は落胆の色を見せる。

 「まぁ、王国がこの有様でこの辺りにも多くの避難民が集まっているからねぇ。それを入れてしまったら、教国と言えども混乱するって事なんだろうね」

 女主人の言葉に三人は納得した。食事を終えた三人はとりあえず、検問所の様子を伺う為に向かった。

 国境はザクリアス川と呼ばれる広大な川であった。そこに掛かる橋の上に検問所がある。

 「初めて見る川だが・・・大きいな」

 ウォルフは川幅200メルクルもある川に驚く。

 川は広く、濁流であった。

 「この川は常に流れが速く、船も出せない。向こう岸に渡るにはこの橋しかありません」

 ラナの説明にサファイア姫も初めて知ったという顔をしている。

 「問題は検問所か・・・通れる通れない以前に封鎖されているのでは・・・」

 三人はとりあえず、橋を渡り始め、検問所へと向かった。

 50メルクルはあるだろう石造りの橋の真ん中に検問所があった。それは煉瓦造りで門のようになっていた。

 「ふむ。門が閉められ、その前に5人の聖騎士が立っているのか」

 ウォルフは冷静に検問所の様子を観察する。

 門には扉が閉められ、その前にはフルアーマーに大盾を持った騎士が立っている。

 「あんなのが5人も居たら・・・力づくで突破するのも無理だな」

 「そもそも、強行突破したら、教国で指名手配になるわよ」

 ウォルフの言葉にラナが呆れたように応える。

 「指名手配になってでも、帝国から逃れる為には渡った方が良いかもしれないがね・・・この川を渡る事が出来ないとすれば・・・俺らに逃げ道は無い」

 ウォルフは川を見ながら呟く。

 「確かに・・・姫様はどう思いますか?」

 ラナに意見を求められたサファイアは少し考えていた。

 「一度、検問所の聖騎士に尋ねてみましょう・・・。私の身分を明かせば、向こうも無碍にはしないでしょうし」

 「まぁ、逆効果かも知れないが・・・聞かないよりは聞いた方が良いだろうな。すんなり通してくれたら、こっちとしては有難いしな」

 三人は検問所へと向かった。

 三人が迫って来るのが見えると5人の聖騎士は少し警戒をしたような動きをする。

 ウォルフはサファイアを守るように前に立つ。だが、サファイアは敢えて、その前に出て、5人の騎士の目前に立った。

 「私の名はサファイア=エルケレス。王国の第一姫であります」

 その名乗りに聖騎士達は動揺した。

 「失礼ながら・・・本当にサファイア姫様でしょうか?」

 一人の聖騎士がサファイアに尋ねた。するとサファイアは右手を前に出す。

 「この指輪はかつて、教皇様から王国が授かった物であります」

 聖騎士はその指輪をマジマジと眺めてから首を垂れる。

 「確かに・・・それは猊下が友好国に与える代物。あなたが王族である事の証であります」

 「ならば・・・検問所を通して貰えますね?」

 ラナは勢い良く、そう告げた。だが、聖騎士は動揺しながらも答える。

 「そ、それは・・・何人たりとも通すなと事なので・・・一度、中央へと問い合わせる時間を頂きたい」

 「・・・承知しました。それで返答はいつほどいただけるのですか?」

 ラナは毅然とした態度で尋ねる。

 「い、いつと言われても答えかねます。とにかく時間をお与え願います」

 聖騎士はそれ以上のやり取りを拒否するように三人に橋向こうへと戻るように告げるだけだった。仕方が無しに三人はそれに従い、村へと戻った。

 村は国境境にあるだけあり、多くの宿があった。無論、そこには足止めを食らっている商人や避難してきた王国民などが泊っている為に空室が少なかったが、場末な感じの部屋が一つだけ取れた。

 「とても、貴族が泊る場所じゃないわね」

 ベッドが一つしかない狭い部屋にサファイアとラナが入る。

 「俺は外で適当に野宿でもする。近くには居るから安心しろ」

 ウォルフはそう言い残すと、部屋の前から去って行く。

 「ベッドは姫様が使ってください。私は床で寝ますから」

 「そ、それは悪いわ」

 サファイアが心配そうに言う。

 「しかし・・・姫様と一緒のベッドで寝るわけにもいきませんしね」

 ラナは笑いながら答える。

 

 「すでに国境まで到達したか・・・下手をすれば教国に渡った可能性もある」

 帝王は苛立ちを抑えながら、そう告げた。その場に言わせた側近達は怯えた。

 「申し訳ありません。ダルケ公爵でこれほど、時間が取れれるとは思いませんでした。しかしながら、教国は王国からの出入りを完全に閉ざしていると報告を受けております。簡単に渡れるとは思いませんが」

 側近の男はそう告げた時、帝王はギョロリと彼を睨んだ。

 「教国が・・・サファイアを受け入れないと思っているのか?」

 帝王は彼に向けてそう冷たく言い放った。

 「は・・・はぁ・・・しかしながら、サファイアを受け入れたとすれば・・・教国は我らと敵対していると思われても仕方がない事になるかと・・・」

 側近は怯えながら言葉を紡ぎ出す。

 「我らと敵対か・・・まぁ、よい。とにかくサファイアを捕まえよ。如何なる術を用いても構わない。いや、王国内の全ての戦力を捜索に回しても構わない。とにかく・・・捕まえろ。そして、私の前に連れて来い」

 帝王は怒気を孕んだ言葉で側近達に命じた。その場に居た者は怯えて、即座に席から飛び上がり、自らの職場に逃げるように向かった。

 

 王国内は未だに混乱していた。

 「バカな。王国諸侯のほとんどは確かに討ち倒したが、王国内を平定したとは言えない。そもそも統治する為には様々にやる事だって多い。土地は荒れ、民だって疲弊している。それを放置して、姫を探す為に帝国軍全てを投じるなんて、ありえないだろう?下手をすれば、王国内で反乱が続発するぞ?」

 攻め込んだ帝国軍の最高指揮官であるグセライド大将は帝王からの命令に驚いた。

 「しかしながら、帝王からの勅命、従わないわけにはいきません」

 彼の側近は告げる事はグセライドも理解していた。

 「解っているが・・・全軍をサファイア姫の捜索に向けるとして・・・教国との国境周辺に数百万の部隊が集結する事になるぞ・・・教国に大きな警戒を与えることになりはしないか?」

 「姫様が捕まれば問題は無いかと・・・」

 側近の言葉にグセライドは嘆息する。

 「万が一にも姫が教国に渡った場合は我らは教国に攻め入る事になるのかね?」

 グセライドの言葉に答える声は無かった。

 だが、王国内に入り込んだ全ての帝国軍が教国に向けて移動を開始した。


 返事を待つ事、三日が過ぎた。

 サファイアは安全の為に部屋で殆どの時間を過ごした。そして、彼女を守る為、ラナも所用を済ませる以外は部屋に居た。その間にウォルフは検問所へ尋ねに行ったりと色々、動き回っていた。

 「情報収集とは名ばかりに酒場などを飲み歩いたが・・・さすがにまずいな」

 ウォルフはほろ酔い加減で街角に置かれた木箱に座る。

 「帝国軍が一斉にこちらに向かって行軍を始めただと?奴ら・・・教国にでも攻め入るつもりか?それをやれば、世界を敵に回すぞ。とても帝国にそれほどの力が残っているとは思えないが・・・」

 ウォルフは少し考える。

 「何故・・・帝王は姫を手に入れたいのか・・・それも自滅するかもしれない程に国力を削りながら・・・以前、一度、お見掛けした事があるが・・・ここまで愚かな印象は無かった。一体、何が目的なのだろうか・・・。それとも姫に何か・・・。いや、何かって何だ?」

 ウォルフはそこで思考が停止した。

 「まぁ、考えても仕方がない。そろそろアレが出来た頃だろう」

 ウォルフは考えるのを止めて、とある店に向かった。

 そこは鍛冶屋であった。

 「親父、頼んだモノは出来たか?」

 ウォルフがそう尋ねると、刃物を研いでいた店の主人がコクリと頷き、店の奥へと向かう。

 「あいよ。急ぎだったから、在りもので作ったから少し不細工だが、しっかりとはしている」

 店の主人の手には鞘に収まった刀があった。

 「悪かったな。流石に刀身だけじゃ、斬れないからな」

 刀を受け取ったウォルフは鞘から刀を抜く。

 「悪くない。確かに素気が無いが、今の俺にはピッタリだ。少ないが残金だ」

 ウォルフは賃金を主人に渡す。

 「しかし・・・王国はどうなるんだい?帝国軍が迫っていると聞くが」

 主人は不安そうに尋ねる。

 「ここにはもう、王国軍は居ないから・・・帝国軍も無茶はしないだろうが・・・略奪には遭うかもな。娘とか居たら、隠しておく方が良いな」

 ウォルフの言葉に主人は怯える。

 それからウォルフはサファイア達の泊る宿へと戻る。

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