第9話 古城

 夜通し馬車を走らせたラナはとある小さな村で馬を休めていた。

 「姫様、ここなら大丈夫です」

 樽から頭を出すサファイア。

 「ここは?」

 「城から北へ20バートル程度にある村です。馬を休めますが、すぐに立ちます。目的地である古城までは5バートル程度ですから」

 「はぁ・・・古城まで辿り着いて、どうするおつもりですか?」

 サファイアはよく解らないといった感じで尋ねる。

 「古城は百年以上前に王国から放棄されて、地図にも載っておりません。山の上の古城でして、今は木々が多い茂っていますので、帝国軍に見付からない可能性があります」

 「そこに潜めと・・・?」

 「帝国がどのような理由で姫様を求めているのか解りませんが、帝国はかなり疲弊しているとの情報もあります。時を待てば、壊滅する可能性もあります」

 「なるほど・・・解りました。あなたに従いましょう」

 「ありがとうございます」

 ラナに何か明確な計画があるわけじゃなかった。それでも王国を裏切るという行為があまりに浅ましく、それだけは許せない行為だった。

 「それでは、追手が気になりますから、そろそろ、行きます」

 ラナ達は再び、馬車に乗り込み、北へと目指した。

 部隊から離れたウォルフは公爵の城を目指していた。途中で手に入れた農耕馬は足が遅いながら、頑張ってくれたので、なんとか休まずに、城の近くまで迫ることが出来た。だが、城からは煙が上がっていた。

 「おいおい・・・どうなってやがる?」

 事態が飲み込めないウォルフ。

 「おい!ライザの泉に何がある?」

 突然、声が掛けられた。振り返ると銃口を向けた男達が居た。

 「おいおい・・・」

 彼等が手にした銃を見て、帝国軍だと解る。

 「俺も帝国軍だぜ。見ろよ。同じ銃を使っているだろ?」

 それを見た男達は訝しげにウォルフを見る。

 「取り敢えず、合い言葉を言え」

 「すまんな。侵攻開始で一気にここまで駆けて来たもんで、あんたらの合い言葉は知らないんだ」

 「ちっ・・・それで、お前の部隊は何処だ?」

 「あぁ、俺は斥候だからな。3バートル程度後方だ」

 「そうか。我々は公爵の首は取ったが、サファイア姫の姿が無い。捜索するには人手が足りないからすぐに応援を寄越すように言ってくれ。公爵軍などすでに烏合の衆だ。構わないから部隊全てを連れて来い。この領土の街や村を全て焼き払ってでも姫を捜し出さねばならない」

 兵士は必死の形相でそう告げる。多分、彼等なら、街を焼き払うだろう。それぐらいの覚悟が見て取れる。だが、そこまでして手に入れたいサファイア姫には何があるのか。ウォルフは当初から思っていた帝王の姫への執着への疑念が膨らむ。

 「解ったよ」

 ウォルフはそう答えて、彼等に不審に思われないように来た道を戻る。

 「そうか・・・帝国め。痺れを切らして、奇襲したか。しかし、姫がまだ、捕まっていないのは行幸だ」

 そう呟くと、彼は街道を外れて、裏道を突き進む。普通に考えれば、公爵が自らの手元から離して隠すとすれば、公爵の別邸ぐらいだと思うが、その程度なら、すでに帝国軍が襲撃しているだろう。だとすれば、公にはされていない場所だろう。

 「ここいらの事は解らないが・・・俺なら・・・何処に行くかな?」

 ウォルフは力無く、空を見た。

 彼が途方に暮れている間にも帝国軍は公爵領へと押し寄せる。統率を失った公爵軍は次々と撃破されていく。敗走する公爵軍を追撃しながら、帝国軍はサファイア姫の捜索を行っていた。奇襲した部隊からの報告もまだ、上がらず、馬車の中で移動しながら全軍の指揮を執るバルティアクス大公は苛立っていた。

 「まだ、見付からないのか?街や村の捜索は?」

 「報告が上がっているのは2割にもなりません」

 大公の言葉に参謀が報告をする。

 「急がせろ。市民からの情報収集は拷問してでも構わない」

 「御意」

 帝国軍は村を焼き払い、平民を次々と拷問に掛けていく。平民に扮した姫が居るとの話が帝国軍に流れた事で、その拷問を苛烈なものにした。


 ラナ達は何とか古城へと到着した。確かに鬱蒼と茂った森に埋れた古城であった。立地があまりにも悪い為に、放棄された城だが、今はそれが逆に功を奏したわけだ。

 「確かに・・・人が入った形跡がありませんね」

 サファイアは蔦の絡まる城門を見て、感慨深げに呟く。

 「忘れ去られた城ですからね」

 城門の扉はすでに朽ちて無い。彼女達は雑草を踏みしめながら城門を潜り抜ける。城内も同様に荒れ放題で、建物にも蔦が絡まり、鬱蒼としていた。

 「なんだか・・・怖いわね」

 サファイアはあまりの荒れ具合に少し怯えたように歩く。

 「安心してください。私がお守りします」

 ラナはサファイアの前を歩きながら応える。二人はそのまま城内の散策を行う。建物の中は長い間の埃がしっかりと溜まっている。だが、石を積んで作った城はしっかりとその佇まいを残していた。

 「水は井戸が使えそうですね・・・あとは食料の調達だけですか」

 ラナはサファイアを中庭に残して、城内の探索に出掛ける。サファイアは疲れた身体を庭園に置かれた石のベンチに委ねる。

 1時間程度、経った頃にラナが戻ってきた。

 「姫様・・・外の森に罠は仕掛けましたから、獣が掛かれば、食料には事欠かないでしょう。薪も枯れ枝を集めて参りました。とにかく、ここで、暫く潜み、国外へ逃げ出すタイミングを謀りましょう」

 ラナの説明にサファイアはただ、従うしか無かった。


 公爵の首を討ち取った報告を聞いて、帝王はニヤリと笑う。

 「それで、サファイア姫は?」

 帝王は返す刀で報告をした将軍に尋ねる。

 「それが・・・公爵の娘が連れて逃げたとの事です」

 将軍は怯えながら答える。帝王が欲しているのはサファイア姫である事は重々承知しているからだ。だから、答えなければならない。

 帝王は彼の答えを聞いた瞬間、激しく顔を歪ませた。当然ながら、サファイア姫が手中に収まったと思ったからだ。彼の期待は大きく裏切られる。その怒りを抑える事が出来ず、手にした杯を将軍に投げ付けた。将軍は直立不動のまま、陶器の杯をその身で受ける。鎧に当たり、割れる杯。

 「馬鹿者・・・領地を焦土にしてでも、見付け出せ。必ず、生きて連れて来い・・・出来ねば・・・お前の首を晒してやるからな」

 帝王は将軍を睨み付ける。その怒りに染まった瞳は人間のそれとは違う。まるで悪魔のように恐ろしい力を感じて、その場に居る誰もが怯えた。


 公爵領の街や村に火が放たれた。帝国軍は家を焼き、田畑を焼いた。食料庫から全ての食料を奪い、家々から金品を奪った。それだけじゃなく、逆らう者に容赦ない暴力を与え、若い娘は連れ去った。全てはサファイア姫を探索するという目的だったが、多くの兵士にとって、それは名目だけとなり、ただ、彼等の欲求を満たすだけの行為となっていた。

 それを遠くから見ている男が居る。村人の服装をした巨躯。明らかに並じゃない豪腕を持った男。

 ウォルフだった。

 彼は燃え上がる村を見て、眉間に皺を寄せる。かつて、自らが仕えた帝国軍の仕業だと思えば、怒りも込み上げる。

 「さて・・・そろそろ、行くか。下手に見付かれば、死刑だからな」

 ウォルフ自身も帝国からはお尋ね者の身である。その手が伸びて来ているのではあれば、ここから逃げ出すしか無い。逃げる場所は隣国となるわけだが、そんな簡単では無いのは考えるまでも無く、どうやって国境を越えるかを考えていた。

 「おい、お前!」

 突如として声を掛けられた。出会い頭での遭遇にさすがのウォルフも無防備だった。彼は目の前に現れた一団を見る。20名程度の騎士と兵士である。声を掛けたのは馬に跨る騎士である。

 「何でしょう?」

 ウォルフは半笑いの顔で騎士に尋ねる。

 「どこの村の者だ?」

 騎士はウォルフに大仰に尋ねる。

 「はぁ・・・すぐ近くの村です」

 ウォルフは咄嗟に答える。正直、この地の村の名前など頭には無い。

 「だから、何処の村だ?」

 騎士はその受け答えが気に入らなかったのか、改めて聞き直す。さすがのウォルフも躊躇う。有りもしない村の名前を言えば、騎士はこの場でウォルフを殺すだろう。

 「えぇ・・・」

 ウォルフは考える素振りをして、手にしたナイフを騎士の顔面に向けて投げ付ける。騎士の兜はゴーグルを上げて、顔を晒した状態だったので、ナイフはその右目に突き刺さる。突然の事で騎士はそのまま、落馬してしまった。

 「レイナード様!」

 騎士の傍に居た兵士が慌てて、騎士を抱える。他の兵士達は慌てながらも手にした槍や斧を構えようとする。だが、ウォルフは騎士にナイフを投げ付けた流れで手前に居た兵士の持つ槍に手を掛ける。兵士は奪われまいと手に力を込めるが、ウォルフは彼の股間に蹴りを入れる。身体の動きを確保するために股間に守る物は無い。その一撃で兵士はその場に崩れ落ちる。そしてウォルフは槍を奪い取った。

 ウォルフは槍を的確に近場の兵士の喉元に突き刺す。鋭い突きを繰り返しながら、次々と兵士を貫く。貫いては槍の尻で殴り、倒して、貫く。槍を回しながら、兵士達の攻撃を避けて、そして貫く。

 「ば、化け物だぁ!」

 ウォルフと対峙した兵士達は一瞬にして半数の兵士を地面に叩き伏せたウォルフを前に完全に浮き足立つ。ウォルフは軽く肩で息をする程度で彼等を睨む。

 「久しぶりの槍だが・・・なかなか使えるな」

 ウォルフは槍を構えながら兵士達に迫る。

 すでに逃げ出そうとする兵士が居る中、数人の兵士がウォルフに飛び掛かる。だが、ウォルフはそれを容易く、貫き、叩き、蹴り飛ばした。

 弓を持つ兵士が矢を番える。ウォルフは慌てずにゆっくりと狙いを定める彼に近付く。兵士は狙いながらも、近付くウォルフに怯む。怯えから慌てて放たれる矢をウォルフは紙一重で躱す。そのまま、兵士の首筋を槍で貫く。

 ウォルフは逃げ出した兵士以外はほとんどの敵を倒した。まだ、息のある者も居るが、それに構っている暇は彼には無かった。逃げ出した兵士が仲間を呼んで来る可能性があるからだ。とにかく逃げ出すしか無かった。

 

 ウォルフはどれだけ走ったか解らない。敵に見付からないように街道から外れたのが失敗だった。自分がどこを進んでいるか解らない内に道すら失われたからだ。来た道を一度、戻ろうとしたが、すでに暗闇が迫る時間。このままだと森で遭難するしか無かった。

 「ちっ・・・これじゃ、国境を超えるどころじゃないな」

 ウォルフは仕方なしに野営をする準備をする。森には狼などの凶暴な野生動物が居る可能性がある。用心しないと危険だった。しかも、今のウォルフには武器は何もない。槍は逃げる途中で捨てた。あとは腕力しか無い。

 「まぁ、干し肉があるから、腹は何とかなるけど・・・正直・・・」

 月夜に遠吠えが聞こえる。

 「明らかに野犬・・・いや、狼か。猪でもヤバいな。丸腰じゃ・・・」

 ウォルフは危険を察した。とても寝ていられる状況じゃない。彼は森から抜け出すために歩き出す。だが、どんどん、森は深くなる様子だった。

 グルルル

 どこからか、呻き声が聞こえる。それは明らかに人間のものじゃない。

 「くそっ・・・この森は本当にヤバそうだな。並の森よりも動物が多い感じがする」

 ウォルフは自分に言い聞かせるように呟いた。その瞬間、ガサリと叢が動く。彼は身構えた。何かが暗闇の中から飛び出してきた。

 ウォルフは何か解らない物を殴打した。

 ギャウン

 何かが啼き声を上げながら倒れる。

 「犬か」

 ウォルフは額に汗をツーと流す。それは危険を察したからだ。相手が人間ならば、恐れる事を知らない彼だが、動物となると別だ。

 犬は群れで生きる動物だ。一頭だけが襲って来るとは思えない。多分、この周囲はすでに犬に囲まれているだろう。武器があれば、まだ、幾分か怖さは無かった。しかし、今は丸腰だ。素手で犬と戦うのは危険だった。

 犬は人以上に堅い肉体と強い歯を持つ。俊敏さだって、人間よりも上だ。それが群れで襲って来るとなれば、危険だった。

 「逃げるしかない」

 ウォルフはこの非常事態を逃げ切るしかないと駆け出した。それに合わせるように叢が一斉に動き出す。


 サファイアは古城の中で眠っていた。

 ラナはそんな彼女の寝姿を見ながら、城にあった剣などを磨いていた。鉄器などは腐らないまでも錆び付いている。使えるようにするにも磨くしか無かった。

 「古い城だけあって、火薬や鉄砲などは無かったわね」

 ラナはこれからどうするかを考える。

 はっきり言えば、このまま、この城に居てもいつかは見つかる可能性が高い。さすがに一人で姫を守り切る事など不可能だ。だからと言って、方法は無い。あるとはすれば、身分を隠して、一般人に紛れ込むぐらいだ。それをするにもやはり、サファイアの顔を知る者が少ない遠い国へと行った方が良いだろう。

 だが、国境を通り抜けるのはかなり難しい。現在は帝国軍の侵攻にあった王国からの難民を追い払うために隣国は国境線沿いに兵力を集めているだろう。簡単に言えば国境は閉ざされたと言える。

 「さぁて・・・どうするか」

 勢いとは言え、やっちゃったという感じで、ラナは溜息をつき、月を見た。

 「そう言えば・・・森が五月蠅いわね」

 さっきから犬の鳴声が聞こえた。

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