第8話 奇襲
公爵は連日の激務で疲れ、眠っていた所だった。だが、部下に叩き起こされて、不機嫌そうに執務室に来た。そこには警備を統括する指揮官が居た。
「公爵様。サファイア姫様が帝国の手の者によって、襲撃されたようです」
「なにっ・・・まさか・・・」
指揮官の報告に公爵は絶句した。
「ラナ様がサファイア姫様をお救いしたので、間違いがなさそうですが」
「ラナが?」
「はい。塔で銃声があった時に警備兵がラナ様からそう聞いたそうですが」
公爵は少し考え込む。
「それで・・・サファイア姫は今、何処に居る?」
「えっ・・・それが・・・サファイア姫様を安全な場所にお連れすると聞いただけでして・・・」
指揮官は困惑気味に答える。
「ラナは?」
「お部屋では?」
公爵は再び、絶句した。
「すぐにラナの部屋へ行け!」
この後、城内を隈無く探すもラナもサファイアの姿も無い事に気付くのに1時間が掛かった。それを知った公爵は怒り狂い、すぐに捜索隊を作り、城から四方八方へと差し向ける事を命じた。
停戦中の帝国軍は公爵領を目前にして、退屈そうに並んでいるだけだった。無論、兵士からすれば、それはとても有り難いことだった。戦って、戦功を挙げれば、報償も得られるが、戦えば、死ぬ可能性もある。こうして居るだけでも最低限の給金は与えられる。それで満足している兵士だって多い。
「陛下が・・・そうか・・・」
天幕の中で王国攻撃の総指揮を執るバルティアクス大公は文を読みながら、考え込む。彼が読む文は帝王からの手紙だった。そこには痺れを切らした帝王からの催促だった。帝王はどんな手を使ってでもサファイア姫を奪えと言ってきている。
「さて・・・どんな手を使って・・・無事にサファイア姫を奪うかだな」
大公は考え込む。現在、敵対する王国軍の公爵はサファイア姫の身柄を確保しており、何かあれば、殺害すると言ってきている。その上で彼女を交渉材料としていた。これまでなら、そんな交渉に乗る事は無かったが、今回は帝王が直属にサファイア姫の命を最優先にしろとの命だったので、大人しく、交渉を続けていた。
「相手の懐に入って、奇襲するのがよろしいかと」
参謀がそう答える。
「懐か・・・相手もかなり用心しているが・・・出来るかね?」
「手練れがおります。奴らに任せれば、公爵を殺して、姫を連れ去る事低度なら」
「解った。とにかく、サファイア姫は無事にお連れしろ。それ以外はどうなっても構わないがな」
「はい」
その日も講和の為の会議が予定されていた。会議は公爵の城にて、行われる。帝国側から5人の士官が送り込まれ、公爵側も王国の代表として、5人の士官が出る。当然ながら、両方とも武器の類は一切、持たない。それを一瞥で解るような服装で来る事も決まっていた。
訪れた帝国側の馬車から降りてきた5人はそのまま、円卓の置かれた会議室へと通される。そこにはすでに公爵側の士官達が待っていた。
「お待たせしました」
帝国側の代表がそう告げると公爵側の代表も頭を深々と下げる。
「それでは、早速、始めましょうか」
公爵側の代表がそう告げて、円卓へと彼等を迎える。
「えぇ・・・早速・・・」
銃声が重なり合うように鳴り響く。王国側の代表者はその場に崩れ落ちた。彼等は手に小型の拳銃を持っていた。それはマッチボックスと呼ばれる小型の拳銃で、それを彼等はベルトのバックルに仕込んでおいたのだ。取り出した小型拳銃は威力こそ、弱いが、至近距離なら十分に性能を発揮する。彼等はそれを熟知して、確実に敵の命を奪う。相当の訓練を積んだ手練れだ。
「武器を奪え!狼煙を上げろ」
男の一人がテラスに出て、彼等が持ち込んだインク瓶の蓋を開け、火打ち石で着火する。すると瓶からは赤い煙が濛々と吹き出し始める。それを合図に城の付近に潜んでいた男達が姿を現す。城の外で銃声が鳴り響く。
公爵の執務室の扉が開かれる。守衛が慌てた表情で公爵に呼び掛ける。
「帝国の奇襲であります!」
「なにっ?」
公爵は慌てて、机の引き出しからパーカッション式リボルバー拳銃を取り出す。それはラナの持っている物と同じメーカーの物だが、銃身は3インチと短い。この時代は黒色火薬のみの装薬なので、銃身の長さは弾の威力に大きく関わる。それでも携帯性や秘匿性の高さを求めて、短銃身の拳銃は多く作られた。
公爵は執務室から飛び出す。
「城内の敵を駆逐しろ!前線はどうなっている?狼煙を上げて、知らせろ」
城内は彼方此方で戦闘が起きていた。銃声と刃が混じる音が響き渡り、鮮血が飛び散る。公爵はその中を駆け抜ける。
「公爵だ!」
敵が公爵に気付き、手にした歩兵銃を向けるが、それより先に公爵の拳銃が唸る。銃弾は革の胸当てを貫く。鉛玉故に革の胸当てを貫通させるのが精一杯だが、倒すには十分だたった。
「くそっ・・・いつの間に、これだけの兵力を・・・」
公爵は城内に押し入った敵国軍の数に狼狽する。すでに多くの部下が死んでいる。相手は並の戦闘能力じゃない。幾ら戦争でも確実に相手を殺すような戦い方はそうは無い。少数の死者と大量の負傷者が発生する事で、戦局が決まる。それが戦争だ。こんな圧倒的な力で虐殺するのは、戦争じゃない。
公爵が最後の一発を撃った。刹那、飛び込んできた男の手にした歩兵銃のストックが公爵の顔面を叩く。彼は派手に床に転がった。
「取り押さえろ!」
帝国軍の兵士は倒れた公爵の身体にのし掛かった。公爵は悲鳴を上げながら抵抗するも、すぐに大人しくなる。彼の後頭部に小銃の銃口が突き付けられる。
「サファイア姫は何処か?」
「サ、サファイア姫か・・・ふふふ。ここに居らんよ」
公爵は笑いながらシラを切った。
「貴様・・・何処に隠した?」
公爵の身体を蹴りながら、彼等は尋問する。彼等にとって、目の前の男はただの情報源でしか無い。彼等が知りたいのはサファイアの居場所だけだ。
「ははは。お前等が欲しがっているサファイア姫の居場所は言えぬ。私を裏切ったのだ。もう、手に入らないと思え」
公爵は床に這い蹲りながら、そう叫んだ。男達は互いに顔を見合わせる。
「ちっ・・・こちらで探させていただく」
銃声が鳴り響いた。
公爵領を取り囲む帝国軍は一斉に進軍を始めた。掘られた塹壕へと突撃してくる帝国軍。まるで津波のように幾重にも押し寄せる帝国軍に公爵軍は壊滅していく。防衛線は次々と決壊していった。
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